二十七話 油断大敵 そして、極振りはまるでバグのようだ
「二回戦三試合目です! 先ほどの試合は一瞬で終わってしまいましたが、次の試合は第一試合で活躍をした二人の対決です! 必ずやみなさんの期待にそう試合になるに違いありません! みなさん、二人の活躍に注目してください!」
月金が観客たちを見まわしながら言う。
確かに先ほどの試合は呆気ない結末になってしまった。
筋肉魔法使いと村人Aの試合だったのだけれど、村人Aは何も出来ずに筋肉魔法使いによって倒されてしまった。
戦闘開始後10秒かからずにやられてしまった村人Aに対して少し可哀そうに感じてしまうほどだった。
多分、村人Aはこういう戦闘で効果を発揮するような称号スキルじゃなかったんだろうな……。
第一試合は三貴神同士の戦いとあって見所が満載だったために余計に物足りなく感じたのかもしれないけど。……第一試合ですらスサノオのスキルは全く分からなかった。何せ見えない攻撃を繰り返し、それに月読命が対応するなんてとんでもない試合だったのだから。
いや、今はそんなこと考えている暇なんてないな。
僕は目の前の残像剣を視界に入れた。
見た目は西洋風の青年といった感じだ。着ている緑の服と金髪が合わさり、まるでゲームの主人公のようにも見える。……いや、ゲームなのはWOSOの中だし、当たり前なのだけど。
剣と盾を構えた姿は一見するとただの戦士のようにも見える。その様子からはルースを圧倒したプレイヤーであるとは思えない。
しかし、油断は出来ない。何せ、戦鬼と呼ばれているルースを圧倒し、あまつさえHPを1ドットも減らすことなく勝利したのだ。ただの戦士であるわけがない。
幸いなことに残像剣の試合前にルースと出来たために多少は残像剣に対する対策は立てられている。だが、それでも見えない斬撃以外の対策は出来ていない。……いや、HPを減らすための攻撃ポイントがその姿通りではないことも僕のスキル≪弱点看破≫によって看破出来るかもしれないな。
しかし、相手は少なくとも他に一瞬で移動するスキルを持っている。
このスキルもまたルースから得た情報によって、発動する瞬間に姿がぶれるということが分かっている。でも、相手の速さは相当なものだ。ルースさえ、一瞬でやられてしまった。ましてや僕は敏捷にステータスを全く振っていない。何の対策も取らなければ容易に懐へ潜り込まれるだろう。
あのスキルを使われ、見えない斬撃の攻撃範囲に入ってしまった瞬間、僕の命運は尽きてしまうに違いない。
僕は改めて残像剣は勝つのが難しい相手であると認識した。
残像剣は剣を構えている。
きっと月金が試合開始の合図を出した瞬間に飛び掛かってくる気なんだろう。
もしかするといきなり見えない斬撃を出してくるかもしれないな。
そうなると僕は何も出来ずにやられてしまうわけか――いや、そんなことは絶対になってなんかやるもんか。
「それではみなさんもお待ちかねの二回戦第三試合を開始することにしましょう! ……はじめっ!」
月金が合図を終えた瞬間、残像剣は剣を振るう――が、僕のいる場所へ近づくことなく、その場で剣を振るった。
何をしているのか全く分からない。
しかし、これをチャンスと思うにはルースとの試合が強烈過ぎた。
「≪縮小≫!」
僕は残像剣から距離を取るとスキルを使用する。
対象はいぬではなく、僕だ。
「なに、を……」
いきなり僕の姿が消えた――実際には縮小しているだけ――ように見えたのだろう。
残像剣は目を大きく見開き、言葉を漏らした。
対する僕は残像剣を気にすることなく、いぬに騎乗する。
「わうっ!」
いぬは僕の意思を読み取ったかのように残像剣から離れていく。
よしっ! これなら何とかなる。
作戦がうまくいった僕は内心で喜びの声を出した。
僕が立てた作戦は簡単なものだ。
残像剣は見えない斬撃という近接攻撃と瞬間移動という移動手段を持っている。
本来なら近接攻撃は敏捷が高いプレイヤーには当たることはあまりないのだろう。
実際、ルースの敏捷でも残像剣の見えない斬撃自体は避けることが出来ていた。
避けられなくなる理由は瞬間移動のスキルがあったからだ。瞬間移動のスキルが使われればルースはもちろんのこと、敏捷が高いプレイヤーもまた簡単に残像剣の見えない斬撃を避けることは難しいのだろう。
しかし、それはあくまで敏捷が高いプレイヤーであって敏捷極振りなどの極端なステータス振りをしているプレイヤーであれば話は違う。
闘技大会では称号やスキルによる格差は存在しているが、ステータスの格差は実のところそれほど存在していない。
それは何故か。
WOSOの運営曰く、「闘技大会はあくまでプレイヤーの力量を競ってほしいのです。その力量はただ廃プレイをして得られたレベルといった力ではなく、プレイのうまさを競ってほしいと考えています」とのことだ。
もちろんのこと、プレイヤーがこういった力を得ることが出来るといったパフォーマンスに使いたいなんて思惑もあるに違いない。
しかし、この運営の考えが入った闘技大会は僕に打ってつけの仕様となっていた。
その仕様は――闘技大会に参加するプレイヤーはレベルが最大レベルで固定されるというものだった。しかも、その最大レベルとなっているプレイヤーのステータスはそれまでに振っているステータス割振りにそって振られるのだ。
よって今の僕たちのステータスはこんな感じとなる。
プレイヤー名:ヒカリ
レベル:100
HP:30(+25)
MP:1295(+70)
SP:30(+25)
筋力:5(+5)
魔力:259(+3,+6,+5)
体力:6(+5)
耐久:6(+5)
精神:9(+5)
器用:7(+5)
敏捷:6(+5)
成長点:0
補正値:魔力の指輪(魔力+3)、魔力の実(加工済み)(魔力+6)、絆(全ステータス+5)
魔獣名称:いぬ
状態:獣魔(友好度:100)
種族:犬
レベル:100
HP:20(+12)
MP:8(+12)
SP :32(+12)
筋力:10(+3,+1)
魔力:2(+3)
体力:8(+3)
耐久:5(+3)
精神:4(+3)
器用:3(+3)
敏捷:256(+3,+25)
成長点:0
補正値:絆(全ステータス+3)、友好度MAX(全てのステータスに対し、10で割った切り捨ての値を上昇)
……我ながらひどいステータスの偏りになっているな。
僕の魔力は補正値込みで271だし、いぬに至っては敏捷の補正値込みの値は284もある。
いわゆる敏捷が高いというプレイヤーの敏捷は闘技大会で底上げしたとしてもいいところ150ぐらい。なんとプレイヤーよりも100以上もいぬの敏捷は高いぐらいなのだ。
また、僕の魔力は通常のプレイヤーよりもありえない数値になっている上に≪耐性無視≫のスキルも持っている。そのため、本来なら天敵であるはずの魔法の無効スキルが意味を成さなくなっている。……まあ、精神極振りなんてステ振りをしているプレイヤーがいればさすがに魔法は効きにくくはなるけど。
とにかく、だ。これだけひどいステータスであるがゆえに僕の魔法はとんでもない威力を発揮しているし、いぬもまた並のプレイヤーでは追い付けないほどの速さを得ている。
本来ならステータスの格差をなくすはずの闘技大会によるレベル補正によってだ。レベル補正万歳。
そんなある意味バグった敏捷を持ったいぬに対して、これまたバグったかのような魔力を持った僕が騎乗する。
それはつまり、高速機動式魔法砲台の誕生だ。
「なんてやつらだ……!」
僕が騎乗しているいぬが高速に動き回る。
その様子を見ていた残像剣が呟いたのが聞こえた。
ふふっ、このまま勝ってやるぞ!
「≪ライトアロー≫!」
僕はいぬに騎乗したままスキルを放った。
しかし、そのスキルは残像剣に当たる前にかき消された。……いや、違うな。
消える瞬間、剣で切り裂くような音が聞こえた。つまり、もう残像剣は見えない斬撃を発動しているらしい。
それにしても妙だな。
僕はいぬに乗りながら、残像剣の放った斬撃の威力に疑問を持った。
WOSOでは魔法はオブジェクトとして扱われ、一定のダメージを与えると威力が減衰するか、魔法自体が消えてしまう仕様となっている。魔法の威力を下げたり、魔法自体を消したりするための一定のダメージは魔法を発動したキャラクターの魔力に依存する。
僕の魔力は271という本来ならあり得ないような数値となっている。それはつまり、魔力に依存する魔法のオブジェクト耐久値は相当なものになっていることを示している。
しかし、残像剣はそんな僕の魔法を一瞬で切り裂いた。この事実が示していることはつまり――
「あり得ないほどの高威力か。それとも超高速の斬撃を行っている……?」
魔法が消える瞬間に聞こえた剣戟の音から後者であると僕は判断した。
超高速の斬撃を繰り返しているのなら近づくことは許されない。例え敏捷がいぬのようにあり得ない数値になっていても、近づけば一瞬でやられてしまうだろう。
だが――それならば近づかなければいいというだけの話だ。
「≪ライトアロー≫!」
僕は高速で動き回るいぬに乗りながら魔法を放ち続ける。
幸いにも魔力と一緒にMPも大幅に上昇しているため、魔法を何度放っても消費MPを自然回復が上回るためにMPが減少することはなく、実質使用コストはゼロの状態だ。
いぬもまた行っている行動は単に走るだけのため、コストの消費は全くない。
我ながらひどい攻撃コンボになっているな……。
「くそっ! ちょこまかと……!」
僕たちの攻撃に対して必死に抵抗する残像剣がいらだちを口にする。
いぬの敏捷が高くても僕の魔法を放つ速度は早くならないために今まで魔法を防げていたのだろう。しかし、僕の魔法を防げるのは見えない斬撃が出来る間だけだ。
あれだけのスキルは僕たちみたいなおかしな状態にならなければ消費コストはそれなりにあるはず。つまり、耐久勝負に持っていけば僕の勝ちだ――
「――」
残像剣が何かのスキルを発動した瞬間――僕たちの動きが固まった。
――まさか、他にもこんなスキルを持っていたのか!
固まったのは一瞬だけですぐに動けるようになったのだが、その一瞬が命取りだった。
残像剣の姿が一瞬ぶれたかと思うと僕たちの目の前に現れ――見えない斬撃による攻撃を繰り出した。
「わんっ!」
残像剣の動きに反応したいぬが鳴く。そして、いきなり僕を背中から振り下ろした。
投げ出された僕が見たのは残像剣による見えない斬撃で一瞬のうちにHPを削り取られるいぬの姿だった――
◇
僕は目の前でHPを全損したいぬが消えていく姿を見て叫びたい気持ちでいっぱいだった。
しかし、ここで叫んではいぬが作ってくれたチャンスを無駄なものとしてしまう。何しろ僕の目の前にいる残像剣はいぬが消えていく姿の方を見ているのだ。つまり、≪縮小≫を使った僕の姿を見ていない。
僕は残像剣に対し、≪弱点看破≫を使う。やはり、予想通りというべきか、弱点は残像剣の身体には出てきていない。残像剣の右に出ているようだ。
そうか。スキルを使って本体がいる位置を隠していたんだな。あの位置にいたからこそ、右斜め前――本来の残像剣がいる位置からすると前方――にしか攻撃が当たらなかったのか。
疑問が解決した僕はゆっくりと腕を伸ばして残像剣の弱点へ手を向ける。
そして、スキルを発動した。
「≪ライトアロー≫!」
「――なっ!」
驚きを隠せていない残像剣は僕の魔法をまともに受けてしまい、一瞬でHPを消し飛ばした。
そして、闘技場には僕だけが残った。効果時間が終わったのか、煙を上げて僕の大きさが元に戻る。
「勝者は――ヒカリ選手です!」
僕の姿を見た月金が宣言し、大きな歓声が沸き起こったのだった。




