二十四話 戦いの前 そして、決して負けない
「ヒカリちゃん! いよいよだね!」
「ああ……」
いかにも元気いっぱいです、といった様子のリーンに対して僕はひどく憂鬱だった。
つい先ほどまで僕達の目の前で繰り広げられていた戦闘。それが僕から元気を奪った原因だ。
第一試合。スサノオと勇者ああああの試合。
これは試合というのもおこがましいものだった。
何せ、開始してから一分も経たずに終了してしまったのだから。
試合が開始し、二人が何らかの動きをするかと思われた直後、唐突に勇者ああああが倒れたのだ。
訝しむ観客を無視するかのように司会がスサノオの勝利を言い渡し、勝敗は決した。今でも何が起こったのか、僕には分からない。まるで見えないスキルでも使われたかのような勝負だった。
第二試合は……。こちらもすぐに決着は付いたが、なんというかプレイヤーの力量が違っていた結果によるものだった。変態紳士が終始天使ちゃんがどうとか言っていたのがひどく気になりはしたけれども、この結果は仕方がないだろう。
第三試合。これもまた僕の気分を落ち込ませる原因の一つになっていた。
人――プレイヤーを殺した数と種類で攻撃力を上げる割れなかったコロンブスの卵に攻撃をすればするほど攻撃力が上がる筋肉魔法使い。
両者ともに僕では到底出せそうもない攻撃力になっていたのだ。僕が食らえば一撃でやられてしまうに違いない。
幸いと言うべきか、敏捷の値はさほど高くはないようで攻撃は避けることが出来るかもしれない。しかし、それでもオブジェクトに攻撃が当たり、一撃で破壊するほどの攻撃力を持っていたのだ。更には僕のステータスは知力特化。敏捷を一切上げてないが故に避けることは厳しいだろう。……闘技大会に出ることになるならもっとちゃんとしたステータス振りをしていたのにな……。今更ながらに悔やまれるよ……。
勝者は筋肉魔法使い。割れなかったコロンブスの卵が乗っていた岩のオブジェクトを破壊し、空中に投げだされた直後に今まで見せていなかった空中での連撃によって勝利を収めた。途中まで何度か拳に短剣をぶつけて攻撃を相殺しようとしていた割れなかったコロンブスの卵ではあったが、どうやら慣れない空中戦でミスをしてしまったらしい。……そもそも短剣に拳を当てても一切ダメージがないのもどういうことなんだという気はするけれど、あまりにもあんまりな称号スキルが多すぎるみたいだし、僕は気にしないことにした。
第四試合はなんというか、異色の戦いだった。
ただのプレイヤーにしか見えない村人Aに芸術戦とやらを仕掛けるレオナルド。よく分からないうちにレオナルドが村人Aに負けていた。最後に交わしていたセリフはこんな感じだった。
『くっ、平凡すぎるが故に我が芸術を理解できぬとは……』
『芸術っていうけど、お前の絵ってすっげー下手じゃん』
『……運営には上手いって言われたんだぞ』
『……あー。子供が書いた割にはうまいとかそういう意味合いだったんじゃね?』
『…………うぅ』
最終的にはレオナルドは涙目になっていた。それを見た司会がすぐさま村人Aの勝利宣言を出したのだ。
……僕にもよく絵のことは分からなかったけど、なんとなくかわいそうだったな。
そして、極めつけの第五試合。
ルースの実力を知っていたが故にルースが圧勝すると考えていた。あれだけ強いプレイヤーはルースとスサノオだけ。二人を攻略すれば闘技大会だってなんとかなる。そんな僕の考えは甘かったのだとこの試合で思い知らされた。
第五試合が始まり、すぐさまルースは装備をメニューからだしていく。その様子を残像剣はまるで気にもしないように盾を構え、剣をつき出す動きをしていた。
そして、ルースの準備が終わり、刀剣が残像剣に降り注いだ。その飛んでいく刀剣の数は以前見た時よりも遥かに多く、ルースのスキルレベルが上昇していることを否応にも感じさせられた。
――しかし。
残像剣はその場を一切動くことなく、ただ斜めにルースの飛ばす刀剣へ身体を向ける。たったそれだけでルースの刀剣を全て防ぎ切ったのだ。
驚きの声を漏らしたルースだったが、残像剣はそれを気にすることもなく、少しだけ斜めに身体を向けながらも、真っ直ぐにルースへ向かって歩いていく。
その残像剣に繰り返し、刀剣をぶつけるルース。しかし、剣同士がぶつかる激しい音を響かせるだけで全てを残像剣が撃ち落としていき、一切残像剣にたどり着くことはなかった。しかもその剣は全く見えることがなかった。まるで見えない壁が残像剣の前に現れているかのようだった。
ルースが少しずつ歩いてくる残像剣を見ていたが、何かに気付いたのか、唐突にその場から飛びのく。
そして、その場に瞬間移動したかのように現れる残像剣。
咄嗟に動いたルースだったが、その見えない剣による攻撃範囲内から逃れられていなかったのだろうか。ルースに対して攻撃エフェクトがいくつも発生し、一瞬でルースのHPが削りきられてしまったのだ。
あまりにもあっさりと予想もしていなかった結末になった第五試合。
観客は想定外とはいえ、今の試合にひどく興奮したものが多かったのだろう。歓声を上げ、騒ぐものがひどく多かった。
対する僕はルースという僕から見ても格上のプレイヤーですらあっさりとやられてしまう闘技大会に、勝つのは無理なんじゃないか、とどんどん弱気になっていくのを止められていなかった。
「わう?」
そんな僕に不思議そうな鳴き声を出して見つめてくるいぬ。
……そうだった。勝つのが無理なんて諦めている場合じゃなかった。
僕は絶対に勝たないといけないんだ。例え、どんな相手が来たとしても。そうしなければ僕の大切な――相棒を永遠に失うことになるのだから。
僕は挫けそうになる気持ちを打ち消すために頬を両手で叩いた。
「わっ! 急にどうしたのよ、ヒカリちゃん?」
怪訝に感じたのだろうリーンがこちらを見る。
ミイもまた目を丸くして見ていた。
「ただ頑張ろうと思ったんだ」
「え?」
「どういうこと、お姉ちゃん?」
二人が不思議そうに僕を見るけど、僕はもう決めたんだ。
いぬを――僕の相棒を助けるためにも絶対に闘技大会で勝ってやる。
「行くよ、いぬ!」
「わう!」
僕はいぬと一緒に闘技場へと移動し始めた。




