二十一話 前戦の力 そして、呆気ない幕引き
「いつになったらエクストラボスのところに辿り着くんだ?」
僕達はルースに案内され、第二の町セカルドからエクストラボスがいるという渓谷地帯を進んでいた。
道が分かれていない分、リーンによって未知の場所へ連れて行かれる心配はないのだけれど――いや、そもそもセカルドに来たことがないのだから全てが未知なのは違いないが――歩き続けてからもう三十分は経とうとしていた。なかなかつかない場所がどこにあるのか心配になった僕はルースに訊ねた。
「そうですね。もう出てきてもおかしくはないと思いますが……」
「出てきてもおかしくない?」
ルースが言った言葉の意味が僕には分からなかった。エクストラボスなんだから、目的の場所に行けば出会えるだろうに。ルースの言い方だとまるでエクストラボスが動きまわっているみたいじゃないか。
そんな僕の思考が分かったのだろうか。
ルースはふふ、と意味深長な笑みを浮かべながら口を開いた。
「ええ。今回私達が挑むエクストラボスは移動するんですよ。……ほら、噂をすれば――」
「え?」
ルースが指を指した方を僕達は向いた。そこには白く輝く毛を持った大きな――狼がいた。
『ふむ。お主たちは――そうか、資格者を揃えたようだな』
「ええ。あなたに――フェンリルに挑むための条件を揃えましたよ。約束通り、戦ってくださいますね?」
『くくっ、よかろう。我と戦い、力を示すがよい!』
ルースが僕達に何も言わずに戦いの前口上を始め、対する狼――フェンリルが答えた。
このまま戦いが始まる。僕達は否応にも戦いに挑むことになるのだろう。
しかし、僕には一つどうしても気になることがあった。それは――
「エクストラボスって龍じゃなかったのか……」
「何を言ってるのよ、ヒカリちゃん! 早く構えて!」
僕の疑問に誰も答えることなく、リーンに叱咤された。
うう……。だって不思議に思ったんだから、仕方がないじゃないか!
そんな僕の内心を気にすることなく、フェンリルは僕達に向かって迫ってくるのだった。
◇
「ヒカリ! すみませんが、少しだけ時間を稼いでください!」
「あ、ああ!」
フェンリルの初撃である突進――いや、雷のようなものを纏っていたのだから、きっとただの突進などではないのだろう――を何とか避けた僕にルースが叫んだ。
「いぬ! フェンリルを攪乱してくれ!」
「わうっ!」
僕はいぬに向かって指示を出す。
いぬは短く吠えるとフェンリルに向かって技を繰り出し始めた。同時にリーンとミイもフェンリルに対し、隙をついて攻撃を始めた。
『小癪な……』
フェンリルは二人と一匹の猛攻を受けながらもほとんどHPを減らすことはない。しかし、いぬが視界の中で激しく動き回っているために技を出しづらくなっているようだ。
よしっ。以前の水龍と違って大きさが小さい分、いぬの攪乱がうまくいっている! これなら、何とかなりそうだ。
僕は少しだけ出来た余裕からルースの方を見てみた。ルースはアイテム欄を操作しているようだ。
そして、ルースがアイテム欄を操作するごとに異様な光景が広がりつつあった。
ルースが選んだと思われる刀剣類を装備スペースに移すたびにルースの周りに刀剣類が浮かぶ。一本ごとに待機時間があるのか、一、二秒に一本というペースではあるが、どんどん刀剣類がルースを中心とした空中に増えていく。
≪刀剣の担い手≫は刀剣類の装備制限をなくすと記載されていたけれどもこういう風になるのか。
時折、フェンリルに対して≪ライトアロー≫を放っていた僕が再度ルースを見ると、そこには幾本もの刀剣を周りに浮かべたルースの姿があった。
「すみません。ようやく準備が整いました。みなさん、下がっていてください」
ルースが僕の前に歩み出る。声で気付いたのか、リーンとミイがフェンリルから離れた。
「いぬ! フェンリルから離れるんだ」
「わうっ!」
僕もいぬに指示を出す。突然、猛攻を加えていた二人と一匹が離れ、フェンリルが疑念のこもった声を漏らす。
しかし、ルースはそんなフェンリルを気にすることもなく、フェンリルへ近づいていく。
『ぬ、お主の周りに浮かぶ装備は、一体……』
フェンリルの声におびえの色が混じっているのが分かった。
ルースの周りに浮かぶ刀剣は50本。どうやら、アイテム欄に限界まで詰められていたそれはフェンリルにさえ、恐怖を与えていたらしい。
「今からあなたを滅ぼす死神の鎌ですよ」
ルースが軽く言い放つ。
そして――蹂躙が始まった。
◇
ルースは何かのスキルを使ったのか、一瞬でフェンリルに近付いた。そして、右手に構えた刀を振り上げ、一気に振り下ろす――すぐさま左手に構えた刀がその後を追う。
フェンリルは斬撃を避けようと後ろに飛び退いた。しかしてそれは最初の一撃を掠るレベルで食らいつつも二撃目を完全に回避することに成功した。
『ふむ。確かにお主の攻撃は一撃が重い。しかし、それ故に遅い。幾ら強力な攻撃でも当たらなければどうということもないぞ』
ルースの攻撃を避けたが故の余裕だろうか。フェンリルがそんなことをルースに言う。
しかし、対するルースの顔は全く悲観の色を浮かべない。
「なるほど。確かに当たらなければどうということもない、というのは事実でしょうね。実際、私自身の攻撃は確かに遅い」
むしろ、フェンリルに対して自身の攻撃が遅いことを肯定した。だが、やはり悲壮な色は全く浮かべることはない。
「しかし、そうですね。幾ら遅いとはいえ、数を増やせば当てることは容易いでしょう」
ルースが無造作に刀ごと右手を挙げて振り下ろす。
すると、振り下ろされた右手に呼応するかのように周囲に存在していた刀剣が一斉にフェンリルに向かっていった。
『な、なに!』
ルース自身による斬撃は防げても50本もの数は防ぐことは難しいのだろう。
フェンリルの動揺する声が漏れる。
しかし、声とは裏腹にフェンリルは冷静に刀剣を避けていく。一本、二本、三本……。避けていく数は多いのだが、それでもほんの数本は身体に直接突き刺ささってしまう。
それがもし、通常の攻撃であればフェンリルはこうまで必死になって避けることはなかっただろう。
先ほどリーンとミイに加えていぬまで攻撃していたにも関わらず、ほとんどダメージを与えられなかったのだ。
相当な防御力を持っていることがうかがえる。
しかし、ルースによる攻撃は≪刀剣の担い手≫による攻撃だ。その効果によって装備していた刀剣の攻撃力は実に9100倍にまで膨れ上がる。
例え、数本の攻撃とはいえ、フェンリルのHPが大きく削られてしまうのは無理がないこと。
気付けば五本はあったはずのフェンリルのゲージは一本になっていた。
『おのれ……』
フェンリルが悔しげに声を漏らす。
対するルースは相も変わらず、涼しい顔を変えることがない。
「おや? まだ生きていたんですね。なるほどエクストラボスはなかなかしぶといですね」
『くっ』
笑いながら言うルースにフェンリルがいらつきを隠そうともせず、言葉をこぼす。
そして、フェンリルは天を向くと遠吠えを行った。その鳴き声は巨体に見合った大きさを持っており、周りの空気を震わせた。
「へえ」
小さく感心するかのように言葉を漏らしたルースの前でフェンリルによる遠吠えの結果が表れていた。
先ほどまで晴天であった空が曇天となり、黒く染まった雲に雷が走り始める。
『お主の言にも一理ある。我もまた数を揃えてみようではないか』
牙を剥き出し、言い放つフェンリル。
ルースに向かって幾筋もの雷が走っていくが、対するルースはひどく詰まらなさそうな顔をしていた。
「もっと歯ごたえがあると思っていたんですけどね……」
そう言うとルースは両手を天に挙げる。
そして、右手を雷へ向け、左手をフェンリルに向けた。
ルースの構えに応じ、刀剣が半分ずつ雷とフェンリルに向かって飛んでいく。
雷に対して飛ばした刀剣がその攻撃を吸収していく。ルースに向かって一直線に飛んできていたためか、刀剣は全て雷に当たり、その身に吸収しきってしまった。
そして、フェンリルに向かった刀剣は――
『有り得ん……。有り得るわけがない!』
先ほどは必死になって避けていたフェンリルであるが、雷を放ったが故の反動か全く動こうとしない。結果として、その身に刀剣による必殺の攻撃を受けてしまった。
――エクストラボスであるフェンリルがチーム「天使ちゃんと愉快な仲間達」によって倒されました。以後、新機能『スキル譲渡』が解放されます。
フェンリルがやられたのだろう。システムによるアナウンスがゲーム全体に響き渡る。
「もう少しやりがいのある敵が出てくれると嬉しいんですけどね」
ちらと先ほどまでフェンリルが存在していた場所を見たルースがひどく残念そうな顔をしながら言うのだった。
◇
「お疲れ様でした」
「あ、ああ。お疲れ様」
「どうかしましたか?」
僕の反応を怪訝に思ったのであろうルースが問いかける。
しかし、その言葉に僕はなかなか返すことが出来なかった。
僕の代わりにミイとリーンがルースと会話し始めた。ミイなどは先ほどのエクストラボスでいかにルースが強かったのかということをルースに話し、興奮している。
――強い。
第一線と呼ばれる前戦にいるプレイヤーは強い。
そのことは分かっていたはずだった。
でも、それはレベルでいえば僕達のような準第一線のプレイヤーと比べると5レベルぐらいの差でしかない。そのぐらいのレベル差なら闘技大会までに逆転することだってきっと出来る。
僕は今までそう考えていた。
しかし、その考えは間違っていたことを今回の戦闘で理解させられた。
エクストラボスのフェンリル。それは水龍よりも強いはず。それにも関らず、 ルースは何の苦もなく、倒してしまった。
ルースはエクストラボスに挑む前に僕の力を貸してほしいと言った。
最初は一緒に戦ってほしい、一緒にボスを倒してほしいといった理由から力を貸してほしい、と言ったのだと思っていた。
でも、それは誤りだったらしい。ルースが言っていた力を貸してほしい、という言葉の意味は――人手が欲しいといった理由。あのフェンリルに挑む前、フェンリルとルースが会話していた内容を思い出す。
『そうか、資格者を揃えたようだな』
その言葉はきっと資格者――ランク6のスキルを持つ者が二人以上いなければ挑むことすらできなかったということなのだろう。
挑むことさえ出来ればきっとルースは僕に力を貸してほしい、なんて言わなかったはずだ。
その事実に僕は――
「ヒカリちゃん、大丈夫? もうルースさんは行っちゃったよ?」
「大丈夫なの、お姉ちゃん?」
心配した二人が僕に声をかけてくれた。
「……ああ。大丈夫だ」
そう言葉を返す僕だったけれど、内心はある気持ちでいっぱいになっていた。
それは――。
闘技大会で僕は勝てるのだろうか。
そして、僕は――いぬと別れずに済むのだろうか。
少しだけ泣きたい気持ちになったけれど、泣いてしまえば昔に戻ってしまう気がする。
僕は小さく頭を振り、もう一度二人の方を向くと大丈夫だと繰り返した。




