十四話 暗雲低迷 そして、資格者は立ち上がった
僕が使った≪縮小≫のスキルはエフェクトスキルだ。
本来なら文字通り効果を変更するだけであり、ダメージの増減に影響を与えることはないのだろう。
しかし、≪天使ちゃん≫の技能である≪変化≫の効果が龍には現れていた。もちろんのこと、ランク6である≪天使ちゃん≫のスキル特有の効果という可能性もあったが、どうやら僕の賭けは勝ったらしい。
リーンは≪縮小≫の効果を受け、その姿を小さく変化させる。変化したリーンの大きさは三十センチぐらいになっており、まるで妖精のような大きさだ。
急激な大きさの変化のため、龍のブレスはリーンに当たることなく、頭上を通り過ぎていった。
「う、うぅ……。……あれ?」
自分がやられてしまうとリーンは考えていたのだろう。閉じていた目を開くと辺りを見渡し、不思議そうにしていた。
僕はそんなリーンの様子にちょっとだけ笑いが漏れるのを我慢できなかった。
「ちょ、ちょっとヒカリちゃん! なんで笑ってるのよ! というか、なんで私、生き残ってるの?」
「あはは。すまん。あまりにもリーンがおかしかったからな」
そう言って僕は目から少しだけ落ちた涙を袖で拭う。……ゲームなのに妙に現実感があるな。
「リーンが助かったのは≪縮小≫のスキルを使ったおかげだよ」
「≪縮小≫のスキル?」
どうやらリーンは分かっていないらしい。
僕はリーンに説明をしようと口を開きかけるが、またもやいぬに噛みつかれた。
龍を見てみるとまたもやブレスを行おうとしている。いぬはこのことを教えてくれたらしい。
……全く。またブレスを使うなんて芸のない奴だ。
僕は龍に対して少し呆れてしまう。だが、それがどうしようもなく強力なのも確かだ。
「ひとまず、リーン。あのブレスから逃げよう」
「え、あ、うん」
リーンも龍の様子に気づいたようだ。小さくなった姿を動かし、必死に移動しようとしている。
「……いぬ。リーンを運んでやってくれ」
「わう!」
僕の指示を受けたいぬがリーンを口にくわえ、勢いよく背中の方へ放り投げる。
放り投げられたリーンは悲鳴をあげながらもいぬの背中に収まった。
そっか。≪巨大≫のスキルを手に入れなくても≪縮小≫のスキルで十分だったんだ。……夢が広がるな。
僕はリーンの姿を見て、あることを思う。しかし、それは今考えるべきことではないと思い、すぐに逃げることが出来るよう≪天使ちゃん≫の技能である≪変身≫を行った。
よし。これで空中に逃げることが出来る。
ブレスは上から下に向かって放たれているせいか、上方向にはさほど攻撃範囲が広くないように見えた。空中へ逃げれば簡単に当たることはないだろう。
また、いぬも敏捷に極振りしているためにブレスよりも早く動くことが出来ているようだ。これならみんなブレス対策が十分だな。……あれ? 誰か忘れているような……?
「もう! いきなりこんなことするなんてひどいよ!」
「悪かった。でも、このままじゃ移動するにも一苦労だったろう?」
「う……、まあ、それはそうだけど……」
リーンは項垂れるが、正直今は時間がない。
「いぬ! 急いで離れるぞ!」
「わう!」
僕といぬが動き始めたとほぼ同時に龍のブレスが飛んでくる。
また二つに割れるのではないか、なんて考えていたけれど、今回のブレスは曲がることなく直進している。
……良かった。これなら何とかなるな。
僕は空中へ逃げ、いぬは真っ直ぐに走って逃げる。僕達の動きにブレスは追いつくことなく、地面に衝突した。
「うわあ……。相変わらず、すごい威力だねえ……」
「そうだな……」
僕達の目の前ではまたもや地面が抉られ、土がむき出しになっている。
……どうにかしないとじり貧だな。
僕は龍を見る。幸いなことに今はブレスを吐こうとしていない。もしかすると、クールタイムになったのかもしれない。今のうちに何か弱点を見つけられないだろうか。
そういえば、リーンはもともとこの湖に龍がいるかもしれない、なんて情報を手に入れていたっけ。
「リーン。湖に龍がいるかもしれない、なんて情報を手に入れていたようだが、他に何か情報を手に入れていないか?」
「他の情報? ……何かあったかなあ」
ここでリーンが何か情報を持っていれば攻略が楽になる。何か情報を持っていればいいんだけど。
「あ! そういえば掲示板で龍の話が出た時に龍が相手なら逆鱗とかあるんじゃないか、なんて話が出ていたよ」
「逆鱗か……」
確か龍の顎の下にあると言われる逆さに生えた鱗のことだったな。
龍はそこに触れられると激昂するというが、この龍はどうなんだろうか。
僕は龍を見る。もし、あの龍に逆鱗があるのならば僕のスキルである≪弱点看破≫によって見えるはずだ。
「……駄目だな。あの龍は逆鱗を持っていないようだ。いや、少なくとも弱点にはなっていないというべきか。そもそも弱点を示す表示があの龍には見当たらない」
「そっか……」
あの龍は本当に何なのだろうか。
明らかに中ボスであったはずの星熊を遥かに超える強さだ。
ボスなのではないか、と疑いたくなるけれども、ボスは第一線の『三貴神』によって倒されているし、そもそも第一のボスは『森の王』という名前だったはず。いくらなんでも森の王が龍などということはない気がする。……ない、よな……?
もしかして、WOSOの運営なら有り得たりして……。
「ヒカリちゃん。それじゃ、どうしようか。このまま遠距離から攻撃するの? そのつもりなら、私は遠距離攻撃が出来ないから、何か他に出来ることをやるよ」
「――っ! そ、そうだな。ひとまず、遠距離から攻撃していくしかないだろう。リーンはいぬに乗って龍を翻弄するよう動いてくれ。陸に上がったのならリーンも攻撃してほしい」
「分かったよ!」
急に話が振られて驚いたが、どうにかちゃんとした指示を出せた。
それにしても、リーンが遠距離攻撃を持っていないのが痛すぎるな。遠距離攻撃を持っているのなら少しは攻略が楽になりそうなもんだけど。……あれ? そういえば、阿部は確か遠距離攻撃を持っていたんじゃなかったか。阿部は一体どうしたんだろうか。
僕はパーティーチャットにいつまでも参加してこない阿部を不思議に思い、パーティー欄を見る。そこにはプレイヤーの現在位置が表示されるのだ。
プレイヤー名:阿部
現在位置:教会
「あれ……。いつの間にやられていたんだ……?」
ちなみにプレイヤーがHPを全損すると飛ばされる場所は教会だ。更に言うとHPを全損して教会に飛ばされたプレイヤーは10分ほど教会から出ることが出来ない。これはボスを死に戻りしながら倒すことを防ぐことを目的としているらしい。10分間の拘束はかなりデメリットが大きいように思える。だが、運営が言うには『拘束時にも楽しんでいただけるような要素を取り入れていますので、気軽にHP全損しちゃってください!』とのことだ。
……HP全損を一度はしてみたい気がするが、今は置いておこう。
それより重要なことは阿部が今回の戦闘ではあまり当てに出来ない、ということだ。もちろんのこと、10分間を超えれば阿部は戻ってこれる。しかし、10分間の拘束時間に加え、今いる場所までの移動時間を考えると、戦闘復帰は絶望的だ。
つまり、今回の戦闘はもう僕とリーンの二人で戦うしかないという訳だ。
「わう?」
「……そうだな。いぬもいたか」
「わふっ!」
二人しかいないと思って気落ちしていたけれど、いぬのお陰で少しだけ元気が出てきた気がする。いぬに感謝しつつ、僕は龍に向かって≪ライトアロー≫を放った。
なんら遮るものがなかったために≪ライトアロー≫はすぐに龍に当たる。そして、HPをほんの少し減らした。
魔力に極振りしているからこそ、今の威力が出ている。極振りしていなかったらこの威力さえ、出ていないだろう。……もっと威力の高い魔法を手に入れないといけないな。
「ヒカリちゃん! 龍がなんかおかしいよ!」
リーンの言葉を聞き、僕は龍を見た。
確かにリーンの言うとおり、僕達の方を向いていた龍は何故か下を向いている。その姿はまるで――怒りを堪えているかのようだ。
突如、龍は上を向くと、空中へ昇っていく。その姿はまるで鯉が滝登りをするかのようだ。いや、滝はないし、そもそも既に龍になっているけれど。
「うわあ……。ヒカリちゃん……、おっきいねえ……」
「そうだな……」
リーンが茫然としている。僕もきっと同じ様子だろう。
僕達の目の前に全容を現した龍の大きさは想像以上に大きかった。
確かに見えていた首だけで五、六メートルはあった。でも、いくらなんでもここまでの大きさとは想像つかないじゃないか。
龍は首から下――そもそも首と胴体が蛇のように繋がっていたから首というにはおかしな気もする――が三、四倍以上の長さを持っていた。つまり、僕達の目の前に現れた龍は優に二十メートルを超えている。そして、やっとのことで減らしたはずのHPは全て回復している――いや、むしろ増えていた。具体的には三本あったはずのHPゲージが五本になっている。
「うん。これは無理だろ……」
目の前の巨体を見上げながら、呟いてしまう僕。
「あはは……」
笑うリーンも明らかに元気がなかった。
龍は僕達を見下ろし、口を開いた。
『資格者よ。汝は何用でこの地に来た』
資格者? 何のことだろうか。龍が喋ったことよりもそのことが気になった。
「この湖には龍がいるって聞いたから来たのよ! つまり、あなたに会いに来たの! ……それと資格者って何?」
龍の言葉にリーンが答える。何故にそんなに元気よく答えられるんだ。資格者が分からないのは僕も同じだけれど、それ以前にこんな怪物相手に普通に受け答えするリーンの方が不思議だよ。
『資格なき者。お前のような塵芥には聞いておらん。我が聞いているのは資格者よ』
「……あれ? もしかして、資格者って僕のことか」
龍の言葉にがーん、などと口にしながら項垂れるリーンを尻目に僕は呟いた。
『そうよ。再び問おうぞ。汝は何用でこの地に来た』
何を言うべきだろうか。龍の問いに対する答えによってこの後の結末が変わる、気がする。
龍を倒しに来たと言うべきか。いや、明らかに戦いが始まるだろう。ただでさえ、なかなかHPが減らなかったし、あれだけ強かったんだ。今の状態はさらに強化されていると考えるべきだろう。そして、それは戦いが絶望的になるということだ。
ただ湖に来た、なんて言うのはどうだろうか。もしかすると、戦いを避けることが出来るかもしれない。嘘という訳ではないが、アイテムを取りに来た以上、戦いを考慮していなかった訳ではないから、本当のことを言っている訳ではないのも事実だ。
どう言えばいいんだ――
「わう?」
いぬが僕を見て不思議そうに首を傾げる。
まるで、何を迷っているんだ、とでも言うかのようだ。
そうだな。確かに迷うことはなかった。
さっきまで覚えていたはずの恐怖が僕の心から薄れていく。
そうさ。僕はミイのためにスキル取得券を得に――龍を倒しに来たんだ。
「僕はお前を倒しに来た」
『ほう。我を倒しに、だと。面白いことを抜かしよる』
龍がくっく、と笑う。巨体過ぎるゆえか、空気ごと震えているような気さえする。
『ならば、我にその力を示して見せよ!』
そう言うと龍は僕達の方へ巨体をうねらせながら襲いかかってきた。迫ってくる速さはブレスよりも格段に速かった。
「いぬ! リーンを乗せて逃げてくれ!」
「わふっ!」
いぬは僕の指示を受け、地を駆ける。僕もまた空中を飛び、すぐに逃げる。
幸いと言っていいのか分からないが、龍は直線にしか進んでいなかったらしく、何とか僕達は逃げ切ることが出来た。
しかし、僕達が先ほどまでいた地は大きな穴が出来てしまっている。さらにその穴は焼け焦げたかのように黒くなっており、煙が上がっているのも見えた。
なんて威力なんだ。
ただの突進にも関わらず、この威力を誇る龍の攻撃に僕は恐怖を――すぐに頭を振り、覚えた感情を放り捨てる。今は考えろ。考え続けなければやられてしまうぞ。
龍の攻撃は今のところ分かっている限り、ブレスと突進。ブレスは直線と追尾攻撃があることが分かっている。突進も追尾攻撃があるかもしれない。ブレスよりも速い突進攻撃だ。来てしまったら終わりと考えてもいいだろう。
どうすればいいんだ。
その時、パーティーチャットに阿部からの通信が入った。
『ヒカリ、リーン! 大丈夫か! さっきはやられてしまってすまない!』
「あ、ああ。僕もリーンも大丈夫だ。まだやられていないぞ」
「私も大丈夫よ。阿部さんは大丈夫だったの? ……ってそういえばやられちゃったんだっけ」
『俺のことはどうでもいい。それよりも良かったぞ。まだ二人ともやられていなかったんだな。教会にいる間はすぐに連絡が取れないみたいでな。早く伝えたいことがあったんで、通信制限が解除されてすぐに連絡を取ったんだが、遅れてすまなかったな』
一体何を伝えたかったというんだろうか。
『あの龍を何とか出来るかもしれないものがあったぞ』
「本当か!」
『ああ。俺がやられた場所辺りに台座のようなものがあったんだ。龍の住むこのエリアにそんなものがあるんだし、何か意味があると思うぞ。それに――』
阿部は言葉を切る。
『――俺がHPを全損する直前に触ったが、資格なき者に触れることは出来ない、なんて説明が入って手が弾かれたんだ。これは何かあるに決まっているだろうさ』
――資格なき者が触れられない。つまり、触れることが出来るのは資格者ということ。
「は、はは」
『どうしたんだ、ヒカリ?』
「ヒカリちゃん?」
「阿部。僕はどうやら資格者らしいんだ。――待ってろ。あの龍を倒してアイテムを手に入れてきてやる」
『ああ。幸運を祈る』
阿部との通信が切れる。
僕は上空でこちらを眺めていた龍を見た。
――僕達を見下ろしていられるのも今のうちだ。




