十二話 イベント そして、ネタスキル
「それじゃあ、行きましょう!」
「だな」
星熊を倒した次の日。
僕達は町に集まっていた。
「なあ、いい加減ほどいてくれてもいいんじゃないか?」
阿部が僕に懇願する。
「……どうしようかな」
「別にこのままでもいいと思うよ?」
迷う僕の言葉にリーンが答える。その言葉を聞いた阿部は縄で縛られた状態で頭をがくりと下げた。
あんな宣言をしたんだ。ちょっとは反省してほしい。でも、さすがにずっとこのままという訳にもいかないか。
「まあ、紳士な変態でも動けないと道中の敵を倒す時に困るだろうし、いい加減ほど――」
「俺は変態じゃない! というか、あの時は混乱して叫んでしまっただけなんだ! 信じてくれ!」
僕がほどこうとしているにも関わらず、ほどく気を失せさせるようなことを言うから困るな。
「変態紳士さんはこう言ってるけど、どうする?」
「私は変態紳士などではない! それに変態紳士は別にいる!」
「え。何それ怖い」
リーンと僕の気持ちが一致した瞬間だった。もしかして、あれか。一匹見たら百匹いると思え的な感じか。
それにしても本当にどうしよう。このまま阿部を解き放つのは色々な意味で危ない気がしてならないぞ。
僕が痛くなり始めた頭に手を当てた瞬間、
――おめでとうございます。『天使ちゃん』のレベルが上昇しました。
なぜかナレーションが耳に入ってきた。
「……なんで今レベルが上がったんだ……」
もしかしなくてもまた運営が見ているんじゃ……。
僕は新たな変態と思われる存在の出現に少しげんなりしつつも、レベルの上がったという『天使ちゃん』を確認することにした。
スキル名称:天使ちゃん
技能:変身(レベル1)・・・自身の姿を天使へと変えることが可能になる。
変化(レベル2)・・・ネタスキル。
他人の姿を変えることが可能になる。
変わる姿はランダムとなっている。
レベル差がある場合は姿を変えることが
出来ない。また、変化しても相手の
ステータスは変わることがない。
新しく手に入ったスキルは『変化』か。というか、ネタスキルって……。
いや、ものは考えようだ。ランダムとはいえ、他人の姿を変えるスキルなんて珍しいしな。しかし、相手の姿を変えたとしても強さとかが変わらないのならあまり意味がないんじゃないかと思う。何にせよ、いざという時に使えないんじゃ意味がないよな。
「よし、試してみよう」
僕は弓を構える。
「え? 何してるの、ヒカリちゃん?」
「俺は、俺は――」
狙いは今も喚いている阿部の額。僕は一切戸惑うことなく、矢を放った。
「――ほげっ!」
変な声を出して倒れる阿部。その姿を見て困惑し、おろおろし始めるリーン。
ふっ。悪は滅びた。
阿部が倒れて二、三秒ぐらい経っただろうか。もくもくと煙が阿部から発生する。
「え? ええええ?」
困惑が強まるリーン。
まあ、説明してなかったし、仕方ないな。
そして、煙が収まるとそこにいたのは――
「タヌキ?」
「なにがだ?」
僕の目の前にはタヌキがいた。しかもやたらとデフォルメされていてちょっとぬいぐるみみたいで可愛いときた。阿部は自分の姿がどうなっているのか分からないようで不思議がっているが、これはなんというか……いいんじゃないだろうか。
「だ、駄目だよ、ヒカリちゃん! けだものに自ら近付くなんて、危ないって!」
「え?」
いつの間にか僕は阿部を抱きしめようと近寄っていたらしい。
危なかった……。もう少しで――
「カモン!」
――阿部が手を広げて待っていた。タヌキの顔になっているはずなのに何故かドヤ顔しているのが分かる。
「天誅!」
「ぐほぉ!」
阿部のデフォルメされているせいなのか、何も装備していない無防備な腹にリーンの無慈悲な拳が突き刺さった。
……そういえば、リーンって≪格闘≫スキル持ってたんだったっけ。
リーンの一撃を食らった阿部が地面に倒れ伏す。
そして、阿部の姿が光に包まれ始めた。
……え? もしかして、気絶による強制ログアウト? WOSOって痛覚はかなり弱めに設定されてるはずじゃ……。
僕は恐る恐るリーンの方を見てみる。
「どうしたの、ヒカリちゃん?」
どうやら何も分かっていないらしい。
僕は恐怖を覚えながらも決意する。絶対にリーンを怒らせることはしないようにしよう、と。
「阿部さんもいなくなっちゃったし、二人で森に行く?」
「えっ」
二人で森に行く。つまり、それはライオンに連れられて餌場に向かうということじゃ……。
「い、いや、待とうじゃないか! 阿部が来ないと昨日みたいにボスを倒せないと思うしな!」
「そう? それなら待とうか」
「そ、そうしようじゃないか」
良かった。ひとまず、森に連れ込まれる事態は避けられた。
…………あれ? 結局、リーンと一緒にいるんじゃ、同じことだったり、する……?
「久しぶりにヒカリちゃんと二人きりだね! 二日ぶりだけど、随分と長かった気がするよ!」
顔を輝かせるリーンがそこにいた。
これはつまりあれだ。……ぼく、おわったな。
◇
「やっと昨日の場所に着いた……な……」
「ここまで来るの大変だったね!」
「リーンが俺を攻撃しなければもっと早く着いたと思うぞ。……というか、ヒカリはどうしてそんなに憔悴してるんだ?」
阿部が僕に問いかけてくるけど、正直あまり答えたくない。
でも、一応心配して声をかけてくれているんだし、答えるとしよう。
「世界の理不尽を味わっただけだ……」
「は?」
僕がこうなったのは阿部が戻ってくるまでに時間がかかったせいでもある。阿部がいなくなってから僕はリーンにひたすら可愛がられたのだ。それはもう、いぬも「くぅーん……」と悲しげに鳴いて僕を見てくるぐらいに。
リーンの攻撃が怖くてなすがままになっていたけど、ある意味攻撃よりも怖い思いを味わった気がする。
可愛がられすぎて気力を削られた僕と対照的にリーンはひどく元気溌剌としていて、その元気が森に来た今でも続いているみたいだ。全く、その元気を僕に分けてほしいものだ。
「よく分からんけど、大変だったんだな」
「ああ……」
今は阿部の声から感じ取る優しさでさえ、嬉しく感じてしまう。……変態なのに。
「ところで、ここからどう行くのか見当は付いているのか?」
「ふっふっふ。阿部さん、私に抜かりはないよ!」
阿部の言葉にリーンが元気よく答える。
阿部はリーンの返事を聞くと一回頷く。そして、僕の方を改めて向き、再度口を開いた。
「ところで、ここからどう行くのかヒカリは見当が付いているのか?」
「私のこと無視しないでくれるかな! というか、同じこと言いなおすなんてどういうつもりなのよ!」
……リーン。阿部は同じことを言いなおしていないぞ。リーンに聞きたくないという意思表示を加えて言いなおしたんだ。ちなみに僕も阿部と同じくリーンには行く先を聞きたく無かったりする。主に極度の方向音痴が理由で。
「もう二人して! せっかくの情報教えないからね!」
リーンは怒ってしまったようだ。
仕方ない。情報を教えてもらえないとどう進むのか決めづらいし、謝るとするか。
「……すまん。今はリーンの情報が頼りなんだ。教えてほしい」
「……どうしよっかなー」
わざとらしくリーンが迷うそぶりを見せる。
リーンは僕の方をちらちらと見る。
一体何が望みなんだ。……そうか。分かったぞ。仕方ない。本当に嫌だけど仕方がない、か。
「分かった。リーンの好きにしてくれ」
僕はリーンの目の前に移動し、目を閉じる。
そう。つまり、僕がリーンの生贄になることがリーンの望みなのだろう……。
「…………! ――って違うよ! 確かにヒカリちゃんを可愛がれるのは嬉しいけど、違うから! そうじゃないから!」
「……? じゃあ、何がしてほしいんだ?」
僕が問いかけるとリーンは顔の前で人差し指同士をこすり合わせてもじもじし始める。何をしているんだろう。
「えっと……。私がまた道案内したいな、なんて……」
「…………」
それってあれか。また訳も分からない未知の場所へ踏み込むということか。危険地帯に踏み込んで次はどんなボスが出てくるんだろうな……。
僕がこの先に訪れる危機に思いを馳せていることに気付いたのだろうか。
リーンが慌てた様子で言葉を続けた。
「違うよ! 私は今度こそ名誉挽回したいからこそ、道案内をしたいだけだって!」
必死なリーンの言葉には嘘がないように感じる。今度は信じても大丈夫なんだろうか。
「……まあ、ゲームなんだし未知の場所に行くのもまた一興、か」
「わふ?」
いぬの目が本当にいいの、と問いかけるように僕の方を向く。僕は無言で頷いた。
そう。もう僕は恐れないのだ。というか、悪の化身足る僕が未知などに恐れてなるものか――
「やった! それじゃ、さっそくだけど湖の中に行ってみよう!」
――ごめん。前言撤回。恐れてもいいでしょうか。
驚愕する僕の前でリーンはいい笑顔を浮かべていた。
え? 本当に湖の中に入らないといけないの?
「よしっ。いい絵が取れたぞ」
阿部がなぜか僕の方を見て何か呟く。あの浮かべている画面はキャプチャ画面のように見える。
一体何をしているんだ、こいつは。僕がリーン(猛獣)の相手をしているというのに……。
「え? ヒカリ……。何をして……」
「今度は何になるかなー」
「ちょっ、やめ――」
ちょっとだけむかついた僕は阿部に向かって≪変化≫を放った。
もくもくと煙が出て阿部の姿が変わる。
そして、出てきた阿部は――
「…………え? こんなのあるの?」
僕の目の前で阿部が動く。苦しそうに必死になって。
ちなみに擬音で言うとぴちぴちという感じで動いていた。
まあ、なんていうか。阿部が変わったのは……魚だった。しかも何故か顔は人間のままだ。
「え? え? 一体、何が、どうなって……」
苦しそうにしながらも必死に声を紡ぐ阿部。
僕はひとまず阿部を湖の中に放してみるのだった。
◇
「あいつ、どこまで行ったのかな……」
「確かに遅いねー」
阿部を放流してからもう五分ほど経っただろうか。
僕とリーンは湖のすぐ近くで雑談しながら阿部が戻ってくるのを待っていた。
「そういえばリーンはどうして湖の中に入ろうとしていたんだよ? 確かにさっき湖の中に入ろうとか言ってたけど、どうして入ろうとしていたのか教えてほしい」
僕は先ほどリーンが言っていた言葉が気になって聞いてみた。
「それはね――」
湖の中からごぽごぽと泡が出てくる。
「――ここの湖には龍がいるかもしれないなんて情報があったからなんだよ!」
リーンが言い終えるのとほぼ同時に湖の中から巨大な龍が現れた。
巨大な顎に鋭い牙が見える。首だけしか見えていないというのに五、六メートルはありそうだ。
これは強そうだ……。
僕はのどに絡みつく唾を飲み込んだ。
しかし、これはチャンスかもしれない。あの龍は間違いなくボスだろう。
そして、それはスキル取得券を落とす可能性が高いということ。
ミイの機嫌を直すためにもスキル取得券は多い方がいい。……また、変なスキルを引く可能性も結構あるし。
「助けてくれー」
龍の口にはどこか見覚えがある魚っぽい何かが叫んでいるが、気にすることなく僕は≪ライトアロー≫を龍に放つ。
そして、それから僕達と龍の戦いが始まった。




