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九話 戦意向上 そして、ボスへの挑戦計画

「……ねえ。今の聞いた?」

「ああ。聞いたが、どうしたんだ?」


 僕が返すとリーンが何やら震える。一体どうしたんだろうか。


「聞いたのなら今すぐに私たちもボスを倒しに行こう! あんなアナウンス聞いたら、いてもたってもいられないよ!」

「え?」


 いきなり何を言い出すんだ。僕は思わず、阿部の方を向いた。


「別にいいんじゃないか。三人もいるんだし、試してみるのもいいと思うぞ」


 阿部もリーン側か。

 仕方ない。少し考えてみよう。

 僕が欲しいのはスキル取得券。これはドロップ率が低いため、早く手に入れるためにはボスを倒した方が効率いいのは確かだ。


 しかし、それはボスを倒せればという条件付きだ。以前、僕が戦った熊は中ボスのようだったけど、かなり強かった。でも、あの森の奥にいるはずの森の王はさらに強いはず。そもそもボスと戦って倒すことが出来るのだろうか。

 確実に手に入れるということを考えるとやっぱり時間はかかっても数を倒した方がいいんじゃないかと僕は思う。


「ヒカリちゃんはあまり乗り気じゃないの?」

「ちょっと、な……」

「そっか……。ボスを倒せればかっこいいと思うんだけどなあ」

「…………」


 ボスを倒せればかっこいい、か。確かにボスはまだほとんど倒せた人はいない。その倒した人の中に僕の名前が入るということはさぞ気分がいいだろう。


「……確かにボスを倒せればかっこいいよな。そうだよな。うん。間違いない」

「ヒカリちゃん?」

「決めたぞ。僕はボスを倒す! ……ほら! 何をもたもたしているんだ。リーンも阿部も行くぞ!」

「え? ……え?」


 なぜかリーンは困惑しているようだけど、一体どうしたというんだ。もともとリーンが提案したことじゃないか。


「なんていうか。……子供だよな。まあ、そこがいいんだけど」


 阿部も何か呟いている。ぶつぶつ言っているぐらいなら早く来ればいいのに。


「ほら! 置いていくぞ!」


 僕が先を行くと二人は慌てて後を付いてくるのだった。



         ◇



「うん! 綺麗な湖だね!」

「そうだな……」

「もうここまで来ると諦めの域に達してくるぞ……」


 喜んでいるリーンと対照的な僕と阿部だった。

 僕は辺りを見渡す。後ろはさっきまでいた森だが、リーンの言っているように目の前には広大な湖が広がっている。

 阿部が掲示板から手に入れた情報だと森の王がいた場所はもっと木々が多い場所だったらしい。つまり、目の前の光景は僕達が求めている場所とは違うということだ。

 本当にどうしてこうなった。僕はため息をついた。


「リーン。君ってここまで方向音痴なんだな……。二人で狩りしていた時に片鱗を見せていたけど、ここまでひどいとは思わなかったよ……」

「なははは……」


 さすがにひどいと思っているのか、阿部の言葉を聞いたリーンの声は少し小さかった。

 僕もさすがにこうなるとは思わなかった。さっきまでのリーンの言葉を思い出してみる。



――リーン。本当にこっちで合っているのか?

――大丈夫だよ、ヒカリちゃん! だって、こんなに深い森の中に来ているんだよ! ボスの森の王もきっといるって!

――そ、そうか? 

――そうだよ! だから、私に任せてついてきて!

――あ、ああ。分かった。

――おい、二人とも。本当に大丈夫か?

――阿部さん! 私に任せて!



 うん。やっぱりリーンは適当に進んでいたな。

 というか、どうしてあんなに自信満々で進んで行ったんだよ。あまりに自信ありげに進むものだから、きっとリーンは道を知っているに違いないと思ってしまったじゃないか。


「それでどうするんだ?」


 僕はリーンに問いかける。ここまで来たんだし、どうせならリーンに付き合って適当に行くのもいいんじゃないか。やけくそ気味に僕は考え始めていた。


「そうだね。このまま湖を突っ切ってみる――」

「やっぱり、リーンに聞いたのが間違えていた」

「さすがに今のはリーンが悪いよ」

「そっかー……」


 僕と阿部に撃墜されて落ち込むリーンだけど、さすがにこの湖を突っ切るなんて考えはないだろう。というか、出るとすら思ってなかった。

 湖は見る限り、直径100メートルはあるんじゃないだろうか。そんな場所を泳ぎきる? そんなこと僕に出来るわけがないじゃないか。


「森の中にある湖なんだ。モンスターもいるだろうし、安易に入るなんて真似をしたら簡単にやられると思うぞ」


 う、うん。阿部の言うとおりだ。僕も思ってた。うん。間違いなく思ってた。泳げないとかそんなことは思ってないぞ。


「えー。でも、ここを真っ直ぐ進んだ方がいいところに行けそうな気がするんだよね」

「気がするって……」


 リーンのあまりに適当な言葉に思わず、といった様子で言葉を漏らす阿部。僕もさすがに頭を抱えたくなった。


「はあ。仕方がないな。ちょっと待っててくれ」


 そう言うと阿部は何やらウインドウを出して操作を始める。

 何をしているんだろうか。

 気にはなったが、待ってくれと言われたのだ。少しぐらい待つとしよう。


「はふぅ……」


 僕はいぬに顔を埋めた。僕達がいる場所は湖の側ということもあり、木々による影などない。しかしながら、湖のおかげで涼しい空気が流れており、何とも心地よい気温を作り出している。

 そこにいぬのもふもふが合わさる。……最高だ。

 僕はしばしの間、この快楽に身を任せることにした。


 そして、十分ぐらい経っただろうか。

 未だに阿部は何やら画面を操作し続けている。一体何をそこまで調べているんだろうか。


 気になった僕は阿部の画面を覗き見ようとして――

「み、見ないでくれ!」


 必死な阿部に止められた。……うむ。気になるな。


「なにを見ているんだ……?」

「あ、ああ。ただの攻略情報だよ」

「ほう。それなら僕が見ても特に問題なんてないだろう?」

「そ、それは……」


 僕が一歩近寄ると阿部は一歩下がる。……なるほど。これはそういう勝負だな。受けて立とうじゃないか。


「いぬ! 阿部に飛びつくんだ!」

「わう!」

「――な! さすがにそれは卑怯だろう!」


 いぬの大きな身体にのしかかられた阿部は思うように身動きが取れないようだ。


「ふっ。勝負とは時に非常なものなのだよ。勝てば良かろうなのだ!」

「くっ!」


 悔しそうに顔を歪める阿部。ははは。僕はゆっくりと阿部の後ろから画面を覗き見ようとして――


「あ」


 僕が見る前に阿部が画面を消した。


「ふっ」

「くっ」


 今度は阿部と僕の表情が反対になっていた。くそう。見せてくれたっていいじゃないか。


「残念だったな……」

「次こそは見てやるぞ……!」

「それは勘弁願いたいものだな」


 阿部は余裕綽々といった表情だ。その顔を見て僕は決意した。絶対に見てやるんだからな、と。


「なるほど。やっぱりこの先に行ってみると面白そうじゃない!」


 睨み合っていた僕達の横でリーンが突然、嬉しそうに言った。

 リーンの手元を見てみると画面が立ち上がっている。リーンも調べ物をしていたのか。何を見ていたんだろう。


「他の人に聞いてみたけど、ここの湖についてほとんど情報がないみたいよ。つまり、まだみんなこんな場所に来ていないってことなのよ! 未知の場所なの!」

「ほう。未知か」


 いいじゃないか。未知の場所を攻略する。何とも面白そうな話だ。


「まあ、確かにこんな外れに来るような奴は少ないよな……」


 阿部が呟く。

 まあ、確かにそれはそうかもしれないな。リーンの方向音痴は凄まじかったし。


「とにかく先へ行ってみましょう!」

「ああ。未知の場所を踏破し、我らが覇道を築こうぞ!」

「適当に進んだ方が面白い場所に辿り着くって教えてくれた月月火水木金金には感謝の言葉しかないわ!」

「ぶほっ!」


 いきなり阿部がむせた。一体、どうしたんだろうか。


「あいつのせいかよ!」


 なぜか叫ぶ阿部に僕とリーンは首をかしげるのだった。



         ◇



「随分と暗い場所になったな……」

「そうだね、ヒカリちゃん」


 僕達は湖を迂回し、先を進んでいた。目の前に広がっていた湖は今では後ろに過ぎ去り、またもや森の中を突き進んでいるわけだが、先ほど言葉にしたようにかなり暗い。そういえばもうそろそろ夜になるのか――


「って夜……?」

「どうしたんだ?」


 阿部が僕に問いかける。

 僕は自分の顔が少しひきつるのを感じながら口を開いた。


「もう夜になる時間だよな?」

「あ、ああ。そうだな。もう日は落ちてもおかしくないと思うぞ」

「夜って確かモンスターが強化されるんじゃなかったか?」

「…………」


 阿部が口を開いたまま答えない。見るからにやばいと物語っているようだ。

 周りの木々がざわめく。時折、聞こえていた獣の鳴き声がやけに耳に入ってくるように感じる。


「あれ? あそこに何かいる?」


 リーンが僕達の進行方向の先を指差している。

 確かに何かいるようだ。何がいるんだろう。場合によると撤退も視野に入れないといけないな。相手にばれないように何がいるのか分かればいいんだけど。


「俺が≪千里眼≫を使用して敵を確認する。少し待っててくれ」

「分かった」


 僕の言葉を聞くと阿部はスキルを使用したようだ。目の周りに光が集まっている。

 ほんの二、三秒経っただろうか。阿部の目の周りから光が消えた。


「相手は分かったぞ」

「なにがいたんだ?」

「額に星のマークを付けた熊がいたぞ」

「え?」


 あ。多分それ、やばい奴だ。具体的には中ボスだと思う。

 僕の中で撤退の言葉が大きくなっていく。


「リーン。ここは引こ――」

「うぉおおおお」


 既にリーンは特攻しに行っているところだった。

 そして、それを見た僕は静かにその場で頭を抱えて蹲ったのだった。


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