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幸せのある場所  作者:
8/30

8.生きる意味

 私は望まれて生まれた命ではない。


 だからすぐに両親に捨てられ、親戚のおばさんに育てられた。


 だけど、その両親が高校二年生に上がってすぐに会いに来た。


「かなえ、話がある」


 その後に続くは父親から知らされる真相。


 捨てられたはずの私になぜまた会いに来たのか……


 その理由を聞いたとき、私は絶望を覚え……生きる意味を失うのだった……




-生きる意味-




「帰ってちょうだい!」


 私は自分の部屋にいた。

 呼び鈴が鳴ったのが聞こえ敦子おばさんが玄関に向かう足音が聞こえてきた。

 そしてその後に聞こえてきたのは一度も聞いたことない敦子おばさんの怒鳴り声に近い声だった。

 私は気になって、自分の部屋を後に玄関に向かった。


「どうしたの? 敦子おばさん……」


 そう声をかけた後に、敦子おばさんと対している人が目に入った。

 そして私はつい身構えてしまった。

 そこにいたのは紛れもなく、自分の両親だった……私を捨てた両親が……


「かなえ、部屋に行ってなさい」


 敦子おばさんは振り向いて私を部屋に行くように促す。

 足がすくんで動けないとはこのことだった。

 私は黙って敦子おばさんの向こうにいる父と目が合い、蛇に睨まれた蛙状態だった。


「かなえ、ちょうどいいところに来た。話がある」


 父が低めの声で私に話しかけてくる。

 話……ってなんだろう?


「話すことなんてないわ。帰って!」


 私のことを思ってだろう。

 敦子おばさんはらしくない表情と荒げた声で私の父と母に帰るように言う。

 だけど、父と母は帰る素振りなど見せず私のことジッと見てくる。

 私が一言、話を聞くと言えばいいんだろう。

 そしてそれを両親は望んでいる。私も今更、両親が話があるっていうのは気にはなる。

 いい予感はしないけれど……

 それでも私は避けて通れないと思い、決心した。


「いいよ、敦子おばさん。話、聞く」


「だ、だけど……!」


「私は大丈夫だから……」


 敦子おばさんが心配してくれるのはとても良く分かった。

 そしてとても嬉しかった。

 ほんとは大丈夫じゃないけど、強がった。

 そうじゃないと父の鋭い眼光に飲み込まれそうだったから……


「じゃあ上がらせてもらうぞ」


 そういい、父は靴を脱いで家に入ってきた。それに母も続いた。

 敦子おばさんは居間に案内し、テーブルを挟んで私と両親が向かい合った。


「そ、それで話って?」


 私から話を切り出した。


「うむ。かなえ、お前……智のことは知ってるな?」


「……うん。当たり前でしょ」


 さとるは私の双子の弟。

 昔から病弱で入退院を繰り返している。

 だけど頭も良く、将来会社を持っている父の跡取りとして期待されている。

 ……智がいるから私は捨てられた。

 だからといって智に恨みはない。お見舞いにも顔を出している。

 これは両親に知られていない私と智との秘密。


「智……どうかしたの?」


「智の病気の重さは分かっているだろう。このままでは助からないと言われた」


「……えっ……!?」


 父から出た言葉は衝撃的だった。

 智が助からない……?

 なんて言っていいか次の言葉を探していると今まで黙っていた母が口を開いた。


「そこでね、かなえにお願いがあるの」


 このタイミングで私にお願い?

 智の命が危ない今、両親がわざわざ私に会いに来た理由。

 それは……


「かなえの臓器を提供してほしいの」


 私は頭の中が真っ白になっていた。

 つまり、両親は私より智の命をとった。

 ……ううん、それは当たり前のこと。

 最初から両親は私を捨て、智が回復することを願っていたのだから。


「ただし、お前にも今までの生活があるだろう。夏休み明けでいい」


「……夏まで持つの?」


「そこは医者たちが頑張ってくれている。それまでお前も覚悟を決めていてくれ」


 父の言葉に私は頷こうとした時だった。

 敦子おばさんが話に割って入ってきた。


「勝手なこと言わないで! あなたたち、自分が何言ってるか分かってるの!?」


 いつも温厚な敦子おばさんが怒鳴った。


「あなたたちはかなえを捨てたのよ!? それなのにドナーになれって滅茶苦茶じゃない!」


 敦子おばさんの言い分も分かる。

 というか私のことを思ってくれてるからだろう。

 でも私は両親に逆らうことが出来ない。

 そして何より智の命が危ないと知った以上、私には選択肢はない。


「いいよ、敦子おばさん。ありがと」


「かなえ、あなた……」


「話はそれだけだ。また来るからな」


 父と母は要件だけ伝えると家を後にした。

 家の中には私と敦子おばさんだけになり、シンと静まり返った。

 この静寂の中、最初に口を開いたのは敦子おばさんだった。


「かなえ、バカな考えは捨てなさい」


「敦子おばさん……」


「あの人たちはあなたを捨てたのよ? 智くんには悪いけど協力する必要はないわ」


「……うん……でもね、私は智の姉なの」


「かなえ……」


「大丈夫だから、ね、敦子おばさん」


 私は精一杯の笑顔を作った。

 でも敦子おばさんはすぐに分かったのだろう、私が強がってることに。

 そっと近づいて抱きしめてきた。


「かなえ……いいのよ、無理しなくて」


 その言葉に自然と涙がこみ上げてきた。

 私は敦子おばさんの胸で思いっきり声を上げて泣いた。

 これでもかってぐらい溢れ出す涙。

 私の心の中には何も残らなかった。

 そう私はこの日から生きる意味を……失った……

 私が生きる目的は智のため……智のために臓器を提供する、ただの道具と化してしまったのだ。




…………*




 翌日、私は智に会いに病院を訪れた。

 智は当然……と言っていいか分からないけど一人部屋。

 私はいつものように二回、扉をノックした。

 そして中から聞こえてきたのは智のいつもの声だった。

 私は扉を開け、中に入った。


「姉さんだったのか。どうしたの?」


「うん、体調が良くないって聞いたからお見舞い」


「そっか、ありがと」


 智の笑顔に私も自然と笑みがこぼれる。


「でも大丈夫だよ。わざわざ来てくれることないよ」


 智は両親に見つかる危険性を思って、いつもそう言ってくれる。


「大丈夫よ。智は迷惑かな?」


「ううん、迷惑なわけないじゃん。でも気をつけてね」


「ありがと」


 智は自分より相手のことを常に心配する優しい心を持った自慢の弟だ。

 私と似た顔立ちに、髪は肩につくかぐらい。

 女装すれば女に間違えられそうな華奢な体つき。

 正直、双子の姉妹と言ってしまえば世間では通ってしまうだろう。


「僕、もう長くないみたい」


 智と他愛のない話で盛り上がっているときにふと智がそんなことを呟いた。


「何言ってるの?」


「分かるよ。自分の体だもん」


「……智」


「ん?」


「大丈夫だよ。私が助けてあげるから」


「姉さん……?」


 智と話してみて……そして実際会って私の決意は固まった。

 両親の言いなりになるのは正直嫌だけど……

 私は心から智を助けたいと思った。

 そう言いなりじゃなく私の意思で……

 

「智、気持ちで負けちゃダメだからね」


 私は笑顔で智にそう言った。

 智は戸惑いながらもコクっと頷いてくれた。

 時間にして十分ぐらい。いつもそのぐらいでお見舞いは終わる。

 いつ母が来るか分からないから……そして当然見つかったらお叱りが待っているから。

 私はまた来るね、と言葉を残し部屋を後にした。


「私がきっと守ってあげるから……」


 病院の外に出て、智の部屋を見上げ私は呟いた。

 生きる意味……私は智のための道具でも構わない。

 智が普通に暮らせるようになるなら……私は姉として役目を果たさなければならない。

 それが私が今まで生かされていた理由であり、そういう運命なのだから……




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