表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸せのある場所  作者:
6/30

6.幸せの形

 それは初めての想いだった。


 こんなにも愛おしく、また特別な存在だと思える人ができるなんて……


 夢にも思っていなかった。


 そしてこの幸せな時間が……いつまでも続けばとそう思っていた。




-幸せの形-




 深見くんに告白され、それを受けてから一週間経った。

 私は学校で会うのが楽しみになり、夜はメールが来るのが待ち遠しくなっていた。

 深見くんといわゆる“付き合う”という関係になってから私は変わったと思う。

 それは自分でも感じたし、周りの人にもバレバレだったらしく……


「かなえ、ちょっといいかしら?」


 敦子おばさんが私の部屋のドアをノックしながら声かけてきた。

 私は深見くんにメールを送ってからドアを開けにいった。


「どうかした?」


「ちょっと話したいことがあって」


「うん、いいけど……話って?」


 部屋の入口で話すのもなんだし、部屋に敦子おばさんを入れる。

 テーブルを挟んで向き合って座った。

 私は紅茶を二人分入れて、一つは敦子おばさんの前に置いた。

 敦子おばさんは紅茶を一口飲んで、そして本題に入った。


「その後、告白された子とはどうなったの?」


「――ッ!? ゴホッ、ゴホッ」


 紅茶を口に運んだ瞬間、敦子おばさんの爆弾で私はむせてしまった。


「もう、大丈夫?」


 そう言いながら立ち上がり、私の後ろにまわって背中をさすってくれた。


「う、うん、大丈夫……」


「で、で、どうなったの?」


「えっと……それは……その……」


 なんと答えていいか分からず、口ごもっていると敦子おばさんはため息をついた。


「もうかなえってば分かりやすいんだから。隠し事しても無駄よ」


 ……っていうことは敦子おばさんはもう分かってるということになる。

 それでも私の口から言わせたいのか、微笑みながら私を見つめている。

 敦子おばさんには悪いけど、この時ばかりは悪魔の微笑みにしか見えなかった。


「一応……その、付き合う形になりました」


 私は敦子おばさんの無言の圧力に負け、言葉にした。

 いざ言葉にしたらそれはそれでやっぱり恥ずかしかった。


「やっぱりね。最近のかなえ、様子がおかしいもん」


「た、例えば?」


「パソコンに向かってる時間長いし、その後、凄い幸せそうな顔してるし」


 確かに深見くんからメールが来るのを待ち遠しくなってるし、返信する時は楽しい気持ちになる。

 でもそれが顔や雰囲気に出てたと思うと恥ずかしい気持ちになってきた。

 顔だけでなく体中が熱くなるのを感じる。


「もう、顔真っ赤にして、純情ね、かなえは」


 やっぱり顔に出てるらしい……敦子おばさんには本当に敵わない。

 ついでに今の私の不安を打ち明けることにした。

 なんだかんだやっぱり私が一番頼りにして、なるのは敦子おばさんなのだ。


「私……いいのかな?」


「え?」


「このまま深見くんと付き合ってて……」


「かなえ」


 私の言葉で微笑んでいた敦子おばさんがふっと真剣な表情に変わる。


「もうあの人たちのことは忘れなさい」


「でも……智は今でも苦しんでるんだよ?」


「かなえ……あなた……」


「救えるの私しかいないんだよ……」


 涙が出てきた。智というのは私の弟で病にかかっている。

 いわゆる臓器移植手術が必要で適合者が私で、両親からは智のために臓器提供しろと言われている。


「あの人たちはあなたを捨てて智くんを選んだ。智くんに罪はないけどあなたが犠牲になることじゃないわ」


「でも……智は悪くないし、私は智を助けたいの!」


「かなえ……」


「だから私は幸せになっちゃいけないの……」


 溢れ出る涙を止めようとしても止まらない。

 敦子おばさんはそっと後ろから抱きしめてきた。


「もうあなたは私の子供みたいなもの。死に行くようなマネはさせられないわ」


「……ありがと、敦子おばさん……」


 抱きしめられて深見くんとはまた違った敦子おばさんの温かさを感じた。


「でもせっかくかなえもその気になったんだから彼氏、大事にしないと」


「う、うん……」


「何よ、歯切れ悪いわね……今度うちに連れてきてちゃんと紹介しなさいよ」


 温かいぬくもりから一転、バシッと背中を叩かれる。

 思った以上の衝撃と痛さに目が覚める思いだった。

 そして今まで流れていた涙がピタリと止まった。


「痛いよ……敦子おばさん……」


「ふふふ。あなたは何も心配しなくていいわ。あの人たちには私が言っておくから」


「え?」


「かなえには大事な人が出来て、あなたたちの思い通りにはさせないわ、ってね」


 そう言うと敦子おばさんは笑顔を見せて部屋から出ていった。

 私は背中をさすりながら、でも敦子おばさんの優しさを感じていた。

 そして余っていた紅茶を飲み干したのと同時にパソコンからメール着信音が聞こえてきた。

 私はカップを急いで片付け、パソコンに向かい、メールを開いた。

 何気ないメールでの会話……それが永遠に続かないことは分かってる。

 でもこのメールを打つひとときがいつまでも続けばいいなと思ってしまう自分がいた。

 私に残された時間は僅かだけど……この瞬間を大事にしたい……それだけが今の私の願いだった。




…………*




 翌日、私は昼休みに伊万里に呼び出され、屋上に来ていた。

 立ち入り禁止になっているため入るのは後ろめたさがあったけど

 伊万里が誰もいないところで話したいことがあるといい、ここを指定してきた。

 確かに立ち入り禁止なら誰も来ない可能性が高いけど……


「いいのかな……」


「いいのいいの。結構みんな来てるから」


 じゃあ誰か来る可能性もあるんじゃ……っとツッコミたかったけど

 伊万里の次の言葉にそれどころじゃなくなってしまった。


「かなえ、あなた永一と付き合ってるの?」


「……えっ!? な、なんで?」


 私や深見くんは中井くんを中心としたある種グループの一員。

 からかわれるし、皆と変わらずに接したいということで皆には内緒にしていた。

 学校では挨拶を交わしたり、そのグループ内で少し話したりして後はメールのみという一週間。

 つまり、私たちは今まで通り普通にしていたはず。

 伊万里はどこで気づいたのか……それともただ鎌をかけてみたのだろうか……

 こっちも慎重に話を進めないとバレたら深見くんに迷惑がかかってしまう。

 ただ目の前の伊万里は凄い真剣な表情で……もしかして怒ってる?


「伊万里……怖いよ? 怒って……るの?」


「えぇ怒ってるわよ」


「な、なんで?」


「親友だと思っていたかなえがあたしに隠し事してるんだからね!」


 なんかもう伊万里の中では確信があるみたい……

 なんでバレたのかな……?

 と思いつつ、深見くんに相談なしにバレてもいけないと思い勇気を持ってはぐらかすことにした。


「隠し事なんてしてない……よ?」


「日曜日。永一とデートしてたんでしょ?」


「で、デートって……ちょっと遊んだだけだよ? それもダメなの?」


「ふ~ん……あくまでしらを切るのね」


 仏頂面だった伊万里の顔がまた一段と険しくなる。

 正直、怖かった。


「かなえ、正直に言いなさい。親友のあたしにウソついていいの?」


「うっ……」


 私の力ではもう粘ることも出来そうになかった。

 ごめんなさい、深見くん……

 日曜日告白されてOKしたことを素直に伊万里に話すことにした。


「やっぱりね」


「どうして分かったの?」


「ここ一週間の永一とかなえの態度で」


「え?」


「平静を装っているつもりだったんでしょうけど、あなたたち分かりやすいわよ」


「え、えっ?」


「特にかなえなんか永一のこと見る回数増えてたし、永一は最初からかなえ狙いだったわけだし」


 つまり、日曜日遊びに行って深見くんが何もしないわけがないと思っていたらしい。

 そしてこの一週間、私たちの様子を見て確信したという。


「かなえが正直に話すのを待ったんだけど一週間が限度ね。早く問い詰めたかったわ」


「私も試されてたんだね……」


「どうせ永一の差し金でしょ? 誰にも言うなって」


「うっ……」


 何もかもお見通しの伊万里に頭が上がらなかった。


「まぁいいわ。聞いてスッキリしたし」


「ご、ゴメンね、伊万里」


「一つ最後に聞かせて」


「え?」


「永一でいいの?」


 またストレートな質問を……と思ったけどこれは素直に答えられる。

 私はコクッと頷いた。


「深見くんとまだ一緒にいる時間は短いけどなんか安心できる……から」


「そう。永一がねぇ……ま、いいわ。応援してあげる」


 ようやく伊万里の顔が笑顔になった。


「ただし、今度隠し事したら本気で怒るからね」


 ついでに釘も打たれた……隠し事……まだあるんです……

 言えるわけないけど……


「じゃ、教室戻ろっか」


「うん」


 深見くんとの約束は守れなかったけど、伊万里に話せて少しスッキリした。

 深見くんもきっと許してくれるよね……?

 帰りにでも早速バレたことを報告しようと考えながら教室に戻った。

 私たちが来たことにいち早く気づいた中井くんが手を挙げて私たちを呼んだ。


「おーどこいってたん?」


「ちょっと女性同士の大事な会話」


 そう言って私の顔をジッと見てくる伊万里。

 何を訴えてるのか分からなくて首を傾げた。

 そして伊万里はとびっきり笑顔になり、重大発表がありますと中井くんたちに言った。

 嫌な予感しかしなかった。


「ちょっと皆、集まって」


「なんやなんや?」


 他のクラスの皆には聞こえないように集まるよう指示する。

 中井くんや滝田くん、未央ちゃん、そして深見くんと輪を作った。


「ちょ、ちょっと待って伊万里。もしかして……!?」


「はい、かなえは黙ってる」


「ん、かなえちゃんは知っとるのか?」


「当事者だからね」


 伊万里の言葉に深見くんが顔を歪めたのが分かった。


「伊万里……お前……」


「あら、永一。何か?」


 はぁっとため息をつき、深見くんは額を軽く叩いた。

 ゴメンね、深見くんと心の中で謝った。


「重大発表なんやろ? はよ教えてーな」


「えっとね、実は永一とかなえ、付き合い始めたみたいなの」


「な、な、なんやてー!」


 中井くんの声が教室中に響き渡った。

 当然、教室にいたクラスメイトたちは何事だとこっちに視線が集まる。


「すまない、なんでもないんだ」


 滝田くんがスマートに対応し、皆、それぞれの会話に戻っていった。

 が、こっちはこっちで色々と面倒なことになっていた。

 中井くんは深見くんの手を取りブンブンと振っている。

 未央ちゃんは口を手で覆い、非常に驚いた表情を見せていた。


「なんやなんや、さすが永一やな。ワイは嬉しいで」


「なんでお前が……っつーか伊万里! お前な……!」


「何よ? 知られてマズイの?」


「いや……だってお前ら茶化すだろ?」


「まぁね」


「せやな」


 伊万里と中井くんはあっさりと返事した。

 当然この反応にため息をついたのは深見くんだった。

 ちょっと輪の外にいた私に未央ちゃんが話しかけてきた。


「かなえちゃん、付き合ってるって本当ですか?」


「え、あ、うん……一応……」


「わぁ、おめでとうございます!」


「あ、ありがと」


 相当驚いていたようだったけど、今は目を輝かせて私の手を握ってくる。

 素直に歓迎されて嬉しい気持ちだった。

 けど、深見くんはツートップに攻められ続けていた。


「まぁ、こうなるとは思っていたけどね」


 深見くんと中井くん、伊万里と言い合ってる外で滝田くんも私の横に来て一言呟いた。


「永一は不思議なやつだな。君もそういうところに惹かれたんだろ?」


「え?」


「まだ一ヶ月だというのにずっと前から一緒だった感覚になる。そして永一と一緒だと安心できる」


「うん……滝田くんの言う通りかも」


 滝田くんが言ったのはまさしくその通りだと私も感じていた。

 だからこそ、深見くんの告白を受けたわけで。


「ま、一俊と佐伯さんにとってはいいからかい相手が出来たってやつだろうけどな」


「ははは……」


 滝田くんは攻められている深見くんを見て上品に笑った。

 それについては私は苦笑するしかなく……

 二人に攻められ続けている深見くんを助けるように昼休み終わりのチャイムが鳴ったのだった。




…………*




 放課後、中井くんの計らいで一緒に深見くんと一緒に帰ることになった。

 深見くんには悪いけど、ある程度堂々と付き合えるようになって私は良かったと思ってる。

 伊万里は怒らせると怖いってことも今回で分かったし……

 ただ隣にいる深見くんはあの後も伊万里には怒られ、中井くんにはからかわれと

 まさに恐れていた事態になり、ブツブツと不満を言っていた。


「ゴメンね、深見くん……」


「え? あ、いやかなえちゃんが謝ることじゃないよ」


「でも私が伊万里にバレたからこうなっちゃったわけで……」


「いずれはこうなると思ってたから気にしないで」


 微笑んでくれる深見くんに自然と私もふと笑みがこぼれる。


「あ、そうだ。かなえちゃん」


 ふと思い出したように声を上げる深見くん。

 私は深見くんを軽く見上げた。


「どうしたの?」


「名前……というか呼び方? 苗字じゃなくて名前で呼んでほしいなって思って」


「深見くん……じゃなくて永一くんって?」


「そうそう。別に君付けじゃなくていいんだけど」


「私、異性のこと呼び捨てにしたことないから……慣れない」


 もちろん弟は別な話。他人の異性ってことね。


「まぁその辺は好きに呼んでもらっていいか。俺もKANAって呼びたいんだけどいい?」


「うん、私のことも好きに呼んでいいよ」


 今までずっと苗字か名前で呼ばれていた。

 いわゆるニックネームで呼ばれるのは初めてで不思議な感覚だった。


「じゃあこれからもよろしくね、KANA」


「うん、よろしく永一くん」


 何気ない会話、何でもない普通の下校時間。

 それでも私にとってとても幸せなひとときだった。

 幸せの形なんて人それぞれだ。残された僅かな時間。

 ……私は永一くんと過ごしていたいとそう思うようになっていた……




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ