4.鳥籠の中で
私は望まれて生まれてきたわけじゃない。
だから何も望んではいけない。
そう心に決め生きてきた。
残された時間を私はただ生きればいいと思っていた。
……そう、あの人が私の前に現れるまでは……
-鳥籠の中で-
「ねぇ、かなえちゃんって今、付き合ってる人とかいる?」
授業が終わり放課後、私は帰り支度をしているとそう声をかけられた。
声の主は今日、転校してきた深見永一くんだった。
私は呆然としてしまったところ、隣の席の伊万里が深見くんの頭を叩いた。
「痛っ! なにすんだよ、伊万里!」
「あんた、いきなり何聞いてんの!?」
「何って男の純粋な疑問だろ」
「かなえを口説くならその前に私を納得させてからにしなさい」
「なんでだよ!」
二人が言い合いになってしまい、私はその間でどうしたらいいか分からずおろおろするばかり。
クラス中が何事かと注目が集まる。
「なんやなんや、どうしたんや?」
そこにクラスのムードメーカーの中井くんが話に入ってきた。
私は中井くんに事情を説明すると豪快な笑いがクラス中に響いた。
「そうか~、永一! 自分、かなえちゃんのこと好きになったんか」
「えっ!?」
思ってもみない中井くんの言葉に私は体中が熱くなるのを感じた。
その言葉が火種となり、そこからまた深見くんと伊万里の言い合いが加熱を増した。
中井くんは中井くんで笑いながらそこに参加してるし……
どうしたらいいか分からず収拾がつかなくなってしまっていた。
どうしようか悩んでいるところにポンと肩を叩かれた。
後ろを振り向くと滝田くんが微笑んでいた。
「永一は凄いな。もうクラスの中心みたいだ」
「そ、そうだね」
「悪いやつじゃなさそうだし、きっといい友達になれると思うよ」
「……うん」
滝田くんと言い合いを見守ること半時間。
ようやく言い合いが終わり、伊万里が私に話を振ってきた。
「もうこうなったら本人に決めてもらいましょう」
「あのな、そもそも俺はまだ好きだなんて言ってねぇ」
「ええやんええやん。興味あることに変わりはないやろ?」
「……まぁ、そうだが……」
「というわけでかなえ! 永一のことどう思う?」
「えっ!? えっと……その……」
会って間もない……というか話したのも自己紹介だけの人なのにどう思うも何もない。
悪い人じゃないのは分かってる。伊万里や中井くんとあっという間に仲良くなったのだから。
「あのな、お前ら……かなえちゃんだっていきなりそんなこと聞かれたら困るだろ」
「あんたから言い出したことでしょ!」
「俺は彼氏がいるかどうか聞いたんだよ!」
また伊万里との言い合いが始まりそうだった……のを制したのは滝田くんだった。
「待ちたまえ二人とも。それじゃあただの不毛な争いだ」
滝田くんの指摘にピタリと二人の言葉が止まった。
更に滝田くんは言葉を続ける。
「いきなり吉田さんに永一のことどう思うって聞いたところで答えられるわけないだろう」
「だよな」
相槌をうったのは深見くん。
それに対し伊万里は唸って納得のいかないような表情をしていた。
「ま、でも永一はかなえちゃんに一目惚れしたんやろ? 話す機会ぐらい作ったろうか?」
「あのな……俺は何にも……」
「というわけや、かなえちゃん。今日は永一と帰ったり」
「えっ!?」
「ちょ、ちょっと待った。そんなことしたらかなえ、襲われちゃうわよ」
「襲うか!」
そしてまた言い合いが始まった……
一度制した滝田くんも今回はお手上げのポーズをとり、肩をすくめていた。
今度は言い合うこと数分、深見くんが大きな声を挙げた。
「あーもういい! かなえちゃん、一緒に来てくれ!」
「へっ!?」
そう私の手を掴んで、引っ張られる。
私は慌てて自分のカバンを持ち、そのまま深見くんが引っ張る力に身を任せていた。
当然、伊万里が怒っていたが中井くんや滝田くんは笑っているのが分かった。
クラスを出て下駄箱まで逃げてきて、深見くんの足が止まった。
「ったく……伊万里のやろう……人をなんだと思ってんだ」
ブツブツと伊万里に対して文句を言いながらクツを履き替えていた。
私はおかしくなってついクスッと笑ってしまった。
「ん、なに?」
「あ、ううん。なんでも」
「あっと……ゴメンね、強引に誘っちゃって」
誘われたというより拉致に近かったけど私は首を横に振った。
「それよりさ、伊万里があんな感じじゃ彼氏作れてないでしょ?」
「伊万里は関係ないよ。私と付き合いたいって人なんかいないって」
それに私自身、それは望んじゃいけないことだって分かってるから。
相手に迷惑をかける。だから彼氏は作らないし、友達もある一定の距離を保っている。
「勿体無いな。じゃあさ、俺立候補」
「え?」
「俺、かなえちゃんのこと本気だから。考えといてくれる?」
「え、えっ?」
深見くんの言葉に戸惑っていると伊万里の怒鳴り声が聞こえてきた。
「やべっ! それじゃ、かなえちゃん、また明日ね」
深見くんは逃げるように校舎を後にした。
私は体の力が抜け、その場にペタリと座り込んだ。
その時、伊万里が現れた。
「ちょっと、かなえ! 大丈夫!? 何にもされなかった?」
「う、うん」
「まったく永一のやつ……油断も隙もないんだから」
ブツブツと今度は伊万里が深見くんの文句を言う。
何だかんだで似ている二人だなっと思いつつ……
私の頭の中では深見くんの告白が何度も流れていた。
『俺、かなえちゃんのこと本気だから……』
そんなこと人に言われたことなかった。
わざと人と壁を作っていた私に対し、そう言ってくれた深見くん。
スッと心の中に入ってきて、私に安心感を与えてくれる。
今日、初めて会ったのにそんな気がしない。
深見くんは私のこと知らないから、そう言ってきたに違いない。
本当の私を知れば他の皆と同じような距離でいられるだろう……
だから明日、ちゃんと断ろう。
そう思うまで行くけれど決心までつかない。
なんで?
私、深見くんに惹かれているの?
そう思っては否定を繰り返す。
私は人を好きになってもなられてもいけない存在。
私は生まれてこなければ良かった命なのだから……
「かなえ? 具合でも悪いの?」
家に帰ってきてからというものずっと深見くんのこと考えていた。
「ううん、大丈夫だよ。敦子おばさん」
私は実家ではなく、おばと二人で暮らしている。
学校から近いからというのも理由の一つだけれど実際は親が私を捨てたのだ。
見かねた敦子おばさんが家を出て私を育ててくれた。
だから敦子おばさんは本音を言える唯一の存在。
「なにか隠してるわね、かなえ。なにがあったの?」
長年の付き合いのせいか、敦子おばさんには隠し事ができない。
私は正直に今日あったことを全て話した。
転校生が来たこと、そしてその転校生に告白されたこと……
そしてそれに対し、戸惑っている私の気持ちを……
洗いざらいってわけではないけど正直に話した。
「なるほどねぇ。かなえもようやく恋に目覚めたのね」
「そ、そんなんじゃないよ」
「いいのいいの、隠さなくても。それが普通なんだから」
「普通……なの?」
「そうよ、かなえも普通に人を好きになって付き合っていいのよ」
「でも……」
「あなたはもう自由なんだから」
ううん、敦子おばさんの言葉は間違いだ。
私は自由なんかじゃない。
今もまだ鳥籠の中にいる。
飛びたくても鳥籠の中じゃたかがしれている。
私は翼を広げることも出来ない哀れな鳥なのだから……