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幸せのある場所  作者: 漣
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29/30

29.願い事一つ


 もし神様がいるのなら、あなたにお願いしたいことがあります。


 こんな残酷な結末をどうか変えてくれませんか?


 私はどうなってもいいから……どうか彼を……


 彼は何も悪くない。悪いのは全部私なんです……


 願い事一つ……どうか叶えてくれませんか?


 お願いします……神様……




-願い事一つ-




 伊万里や智と一緒に警察を振り切って実家に入った。

 考えてみれば……物心ついたころから敦子おばさんと一緒に暮らしてきたからほぼ初めてといってもいい実家。

 自分の家と言ってもいいはずなのに不思議な感覚に陥っていた。

 だけどそんなこと考えている余裕はなかった。

 永一くんを早く見つけなきゃ……!

 その一心で足を必死に動かす。

 だけど、スピードは伊万里や智に追いつくことが出来ない。

 緊張感も相まって息も苦しくなる。

 私はついに走れなくなり、立ち止まる。


「大丈夫、姉さん?」


「ゴメンね、智……先、行って」


「え?」


「今は永一くんを見つけることを優先して……!」


 私は息切れで上手く喋れないけど必死に言葉にした。

 それが伝わったのか、智は頷いて走り出す。


「かなえ、あなたは車に戻ってなさい」


「え?」


「智の彼女の様子見ててほしいの。それに永一が本当に来てるなら外で見張ってる人も必要だから」


「う、うん、分かった」


「これ。私の携帯。何かあったら智に電話かけて」


 そういって携帯を手渡される。

 私は携帯を受け取って頷いた。

 そして伊万里も智の後を追って、走り出した。


「私も早くいかなきゃ……」


 走ることは出来ない、歩くことも辛い。

 だけど私は必死に足を動かした。


「あれ……?」


 ここまで智の後をただ追ってきたため、帰り道が分からなくなってしまった。

 来た道を戻ればいいだけなのに……自分の家なのに……

 私は自分の情けなさに呆れてしまった。

 ただここで立ち止まるわけにはいかない。

 そう思って歩いていると人が倒れているのを見つける。

 遠くからだけど、その人が誰か分かった。


「敦子おばさん……!?」


 うつ伏せになって倒れている敦子おばさん。

 私は慌てて駆け寄る。

 ……ううん、走れないから駆け寄るとは言わないけど……

 とにかく、私は倒れている敦子おばさんのもとへ行き、身体を揺する。


「敦子おばさん、大丈夫!?」


「うっ……ううん……」


 敦子おばさんが反応を示し、一安心した。

 そしてゆっくりと目を開けた。


「どうしたの!?」


 まだ意識がハッキリしてないのか、焦点がハッキリしてない様子だった。

 けど、私は声を張れるだけ張った。

 次第に敦子おばさんも意識が戻ってきたのか、私の名前を口にした。


「かなえ……? どうしてここに?」


「永一くんが来るって聞いたから」


「そ、そう! 永一さんよ!」


 私が永一くんの名を口にした瞬間、敦子おばさんが覚醒した。

 私はその声に驚いて呆然としてしまった。

 敦子おばさんは私の肩を掴んで揺らす。


「あ、敦子おばさん!?」


「大変よ、かなえ! 永一さんはあなたのお父さんを!」


「う、うん、分かってる。今、智と伊万里が見に行ってるから」


「そ、そうなの……」


 敦子おばさんは力が抜けたのかその場に座り込んだ。

 でも敦子おばさんが永一くんのこと知ってるってことは……?


「ねぇ、永一くんに会ったの?」


「え、えぇ……会ったと言えるのかは分からないけれど」


「え?」


「ブレーカーが落ちて暗くなったところを後ろから掴まれてね。顔は見てないの」


「そうなんだ……」


「でもね、言われたわ。『お前だったらKANAを救えたはずだ』って。だから永一さんじゃないかって」


「でもなんで倒れてたの?」


「永一さんに首を強打されたのよ……まぁこのぐらいの仕打ちで済んで良かったかもしれないけど」


 首をさすりながら苦笑する敦子おばさん。

 でも何ともなくて安心したところで……


「あ、敦子おばさん。言いにくいんだけど……」


「どうしたの?」


「玄関どこ?」


 敦子おばさんは目を丸くしていた。

 そして私が俯くと、クスッと笑った。


「そうよね。初めて来たようなもんだしね」


 そう言って敦子おばさんは立ち上がった。


「大丈夫?」


「大丈夫よ。いきましょう」


 それから敦子おばさんの案内で警察が張り込んでない裏口から外に出ることができた。

 敦子おばさんはそのまま警察に事情を話に行くということで別れた。

 私は急いで智の車に向かう。

 運転席側から見て、助手席に乗ってたはずの智の彼女さんがいないのに気付いた。

 私はおかしいなっと思って助手席側にまわると……そこに彼女さんが倒れていた。


「だ、大丈夫!?」


 今日倒れてる人を見るのは敦子おばさんに引き続き二人目。

 しかも車に寝てたはずの彼女さんが外に倒れている時点で不自然。

 私は流石に動転した。

 とにかく何があったか分からないけどまずは安否確認をしたくて体を一生懸命揺すった。


「ねぇ、しっかりして!」


 声をかけると、僅かに反応があった。

 そして敦子おばさんの時、同様にゆっくりと目を開けた。


「良かった……」


 目が開いて、私は一安心した。

 後はゆっくりと意識が戻ってきたら何があったか聞こうと思っていた矢先だった。

 彼女さんは私の両肩を掴んできた。


「大変よ!」


「ど、どうしたの?」


 敦子おばさんの時も驚いたけど急に大声を出されるとビックリする。

 特に肩を掴まれ、私は驚いたけどただことじゃないことは彼女の表情を見れば分かる。

 私は何とか平静を装って彼女さんの言葉を待った。


「永一を見つけたわ!」


「えぇっ!? ど、どこ!?」


「ゴメンなさい……会ったんだけど……逃げられてしまって」


「じゃ、じゃあ永一くんはもう外に?」


「そうよ。永一にやられて、私も気絶してたみたい」


 ってことは永一くんは私の家ですること、つまりお父さんへの復讐を済ませてしまったってこと?

 後、永一くんがすることと言えば……私の後を追って……

 そこまで考えて私は首を横に振った。

 悪いこと考えちゃダメ、まだ間に合う。

 そう自分に言い聞かせた。


「永一くん、どこ行ったか分かります?」


「分からないわ……逆に心当たりないの? 思い出の場所とか」


「思い出の場所……」


 そう言われて私は考えた。だけど思い出といえば遊園地の観覧車とかしか思いつかなかった。

 さすがに観覧車は考えにくい……

 必死に考えて、私はふと自分の家が頭に浮かんだ。


「もしかして……私の家にいるかも……!」


「あなたの家……ってここじゃなくて?」


「敦子おばさんと一緒に昔住んでいた家があるの」


「なるほどね。行ってみる価値はありそうね……」


 そう言って立ち上がろうとした彼女さんだったけどすぐにふらついて膝をついた。


「だ、大丈夫?」


「私はまだ走れそうにないわ。先に行って」


「え、でも……」


「でも、じゃないわ。時間がないの。分かるでしょ?」


 真剣な表情に私は息をのんだ。

 そして私は決心し、頷いた。


「智たちにも連絡しておくわ。とにかく早く向かって」


 私はもう一度深く頷き、立ち上がり、昔住んでいた家へと向かった。

 急がないと、急がないとと気持ちばかりが焦る。

 でも体力の落ちた私は足が思うように進んでくれない。

 正直言って、すでに私が動ける運動量を越えてしまっている。

 だけど、ここで頑張らないと本当に後悔することになる。

 その思いだけで私は走っていた。


「はぁ……はぁ……着いた……」


 私が療養所に入るまで住んでいた懐かしい家。

 恐る恐る私は玄関の扉を開けた。

 カギがかかってなかった。

 ますますいる可能性が高まる……そして期待と不安も……

 中に入ると異様な雰囲気を感じる。

 私は真っ先に自分の部屋へ向かった。

 扉が半開きになっていて、中から誰かが苦しんでるような呼吸が聞こえてきた。

 私は意を決して部屋に入る。


「うっ……」


 部屋中にきつい血の匂いが漂っていた。

 急いで部屋中を見渡す。

 だけど人の姿は確認できなかった。

 私はもう一歩進み、死角になってるところを見る。


「あっ……!」


 心臓がドクンと反応し、身体に電気が走った。

 そこには男の人が座り込んでいて、壁によりかかっていた。

 間違いない……この人は……!


「永一くん!」


 私は駆け寄って永一くんの名を呼んだ。

 苦しそうに息をしていたけど私の声に反応し、顔を上げた。


「永一くん!」


 私はまた名前を呼んだ。

 永一くんは瞳に涙を溜め、ふっと微笑んだ後に呟いた。


「まさか……またお前の顔が見れるとはな……」


「えい……いち……くん?」


 永一くんの体を触った瞬間、手に妙な感触が残った。

 私は自分の手を見ると血で染まっていた。

 ……とんでもない出血量……


「い、いやっ……な、なにこれ……」


 私は涙が止まらなくなった。

 また会えた感動……ううん、今はもうそんなの吹き飛んでいた。

 分かるのは永一くんが危ない状態だということ。

 それなのに私は何も出来ない……


「なぁ……智……お前がそんな風に泣くと思ったから……」


 違うよ、永一くん。

 私、智じゃないよ……


「お前の親父……殺せなかったじゃねーか……」


 永一くん……お父さんのこと手にかけなかったんだ……

 そういえば永一くんが私の実家に行った理由ってお父さんだったっけ……

 でも今はそんなことどうでもいい。


「でも……これで良かったんだ……俺も……これで、KANAのところにいける……」


「永一くん……私だよ? KANAだよ!」


 私、生きてるよ? 必死に訴えるも永一くんには届かない……

 そして永一くんの首はガクッと折れた。

 私はハッと永一くんの顔を見る。

 これ以上、ないくらいの穏やかな顔をしていた。


「いや……ど、どうして……?」


 どうしてこんなことになったの?

 私のせい?

 私が嘘なんかついたから……?


「ね、ねぇ……永一くん……起きて? 起きてよぉ……」


 私はゆっくりと肩を揺する。

 でも彼は何の反応も示さなくなった。

 体を支えると私の手には永一くんから溢れ出る血がついた。


「……私がいなければ……永一くんは……」


 ごめんなさい……

 私は傍に落ちていた血のついたナイフを見つけ拾う。

 恐らくこれが永一くんが自らを傷つけた凶器。


「ごめんね、永一くん……」


 彼の安らかな表情を見て、私も精一杯の笑顔を作った。

 そして……

 左手首にナイフをあてた。


「私も……一緒だよ?」


 ナイフを持つ右手に力を入れ……思いっきりナイフで左手首を……


「かなえっ!」


 部屋の扉が凄い音を立てて開いた。


「何してんのよ、このバカッ!」


「伊万里……なんで?」


「あんたがやろうとしてることなんてお見通しよ!」


「伊万里……」


 伊万里は右手に持っていたナイフを強引に奪い取る。

 そして智が後ろから私の体を支えてくれた。


「休もう、姉さん。疲れただろう?」


 智が後ろからギュッと抱きしめてくれた。

 智の腕の中で、私は安堵感に包まれた。

 事態は最悪の展開を迎えているというのに……


「くっ、このバカ! 智、なにか縛るのないの? 止血するわ!」


 伊万里が智に指示を出している……

 救急車の音が聞こえてくる……

 全ての音が遠くなり……

 私はここで意識を失った……




…………*




「……ん……ここは?」


「起きた?」


「え?」


 どうやら私はおんぶしてもらっているみたい。

 私をおんぶしている人は……伊万里?


「立てる?」


「あ、うん」


 私は伊万里の背中から地面に立った。

 ここは……病院?

 ここにいる理由……辺りを見渡してふと目に入ったのは手術中の赤いランプ。

 それで私は一気に状況を理解した。


「え、永一くんは!?」


「かなえ、ここ、一応病院だから」


「あ、ご、ごめんなさい」


 伊万里の冷静なツッコミに私は自然と謝りの言葉が出た。

 ふぅっと息を吐いて伊万里は手術中のランプを見ながら言葉を発した。


「五分五分よ」


「ごぶ……ごぶ?」


「永一が助かる確率……よ」


 五分五分……それが望みのある数字なのか、私は判断できなかった。

 でも分かることは単純に考えれば二回に一回の確率で……


「止血は完璧だった、自分で言うのもなんだけどね」


「じゃ、じゃあ……!」


「出血が多すぎた……ま、その場合は輸血すれば済むんでしょうけど」


 どうも言葉を濁しているように聞こえる伊万里の言葉。

 どうやら私には言いにくいことがあるようで……


「伊万里……今更、隠し事しないでよ」


「あんたが言う?」


「うっ……」


 痛いところを突かれた。

 確かに私が言えることじゃないけど……


「救急車の中でね、血を吐いたのよ」


「血を……?」


「永一のポケットから薬が発見された。死ぬ覚悟をした人間が薬なんて持ってるのは気になったけど……」


「薬……? どういうこと?」


「ま、かなえや智の父親への復讐も失敗したみたいだし、未練でもあったのかしらね」


 伊万里は決定的なことを言うことは避けてる。

 私には言いづらいことなのか……

 これ以上の追及は出来ないと判断し、私は会話を切り替えた。


「復讐が失敗した?」


「そ。幸か不幸か生きてるわよ、あんたの父親」


「どうして……?」


「さぁ? 本人に聞かなきゃ何とも言えないけど良心が残ってたんじゃないかしら」


 そういえば永一くん、言ってたっけ……


「智が……」


「ん?」


「智が悲しむ顔が見たくなくて殺せなかった……永一くん、そう言ってた」


「僕?」


 椅子に座っていた智が不思議そうな顔でこっちを見てくる。

 伊万里はふっと笑った。


「智とかなえは似てるわ、ほんとに。曲がりなりにも一緒に過ごした日々が本当に楽しかったんじゃないかしら」


「その人の言うとおりよ」


 智の彼女さんがジュースを両手に抱えて現れた。

 そして、その後ろから敦子おばさんも一緒に。


「良かった。かなえ、目覚めたのね」


「うん、心配かけてごめんね」


「はい、KANA。良かったら飲んで」


 彼女さんからジュースをもらって一口飲む。

 のどが渇いていたから、凄くおいしく感じた。


「すいません……佐伯さん……」


「何よ、急に」


「僕が鹿波……永一さんの写真を見せてもらった時に気がついていれば……」


 智がコーヒーを両手に抱え持ち、下を向いている。


「それを言ったら私もよ。永一のことを知っていながらあなたに教えてなかった」


 彼女さんも顔を歪め、辛そうな表情をしている。


「何言ってんのよ。鹿波と名乗ってた永一は髪も伸ばしてサングラスしてたんでしょ? 気づかなくても仕方ないわよ」


「でも!」


「高校の時の写真と、少なくても裏社会で生きてきた男の表情が変わるなんて当たり前よ……それに」


 伊万里は智の肩をポンと叩いた。

 そして今度は彼女さんの方を見た。


「あんたは永一のこと知らなかった。智に言う言わない以前の問題ね。誰も悪くないわ」


「……どうして、そう言えるの? あなた高校卒業してからずっと追ってきたんでしょ?」


「そうよ。でも人を責めて永一は助かるの?」


 伊万里の言葉に皆、黙り込んだ。


「それにね、今回の一件。ここにいる誰かがいなかったら永一は今、病院に運ばれてない。死んでたわ」


「伊万里……」


「だからね。必要以上に責任を感じる必要はないわ」


 智も彼女さんもさっきより顔色が良くなったように感じた。

 やっぱり伊万里は大人で、言ってることは本当に正しい。

 誰かに責任をなすりつけたくなる立場にいながら、口調は悪いけど皆のこと考えてる。

 私は……そんな伊万里に高校時代から憧れてた。


「佐伯さん、智、疲れたでしょ? 少し休んだら?」


「僕は大丈夫」


「私も。気を遣わなくていいわ」


 敦子おばさんの気遣いだったけど二人は断った。

 眠れるわけもない……扉の向こうには……

 そう思って手術中のランプを見た瞬間だった。

 音を立て、ランプが消えた。

 緊張感が辺りを包み込む。

 そして手術室からお医者様が現れた。

 真っ先に伊万里が駆け寄る。


「永一は!? どうなったの!?」


 神様……!

 願い事一つ……!

 叶えてください……!


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