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幸せのある場所  作者:
11/30

11.失った温もり

 急に告げられたKANAからの別れ話。


 当然、俺は納得が出来なかった。


 昨日まで普通に話して、メールしていたのに……


 きっと何かワケがあるんじゃないかって自分に言い聞かせた。


 そうじゃないと俺は……


 気持ちを保ってはいられなかった。


 なぁ、KANA……


 お前の温もりを感じられなくなったら俺は……


 一体、どうしたらいいんだ?




-失った温もり-




 バイトの休憩時間にKANAが会って話をしたいとメールをもらった。

 KANA自ら時間を指定してくるなんて珍しいなと思った。

 だが、会いたいと言ってくれること自体、俺は嬉しかった。

 KANAも同じ気持ちでいてくれてるんだと、そんな軽い気持ちでいた。

 だが、会ってKANAの口から発せられた言葉は……


「私と……別れてほしいの」


 KANAが今、なんて言ったのか、理解するのに時間がかかった。

 周りの音は遮断され、時間が止まったかのように俺の頭も働かない。


「え……え? ちょっと待った……どういうこと?」


 必死で言葉を探すも、頭の中が真っ白で理解が出来なかった。

 それでもKANAは俯いて、言った言葉を否定しようとはしなかった。

 俺がなかなか長く会う時間を作れないから?

 色々理由を言えど、KANAから出た言葉は……


「違うの。永一くんは全然悪くないの……私の問題……なの」


 絞り出すかのようにか細い声。

 そしてKANAは俺から逃げるようにその場から立ち去った。

 俺はKANAの名を呼ぶも、一切振り向くことなくKANAは俺の前からいなくなった。

 意味が分からなかった。

 何で急に別れを切り出されたのか……

 しかも理由は俺にじゃなくKANA自身にあるという……


「おい、永一。どうした?」


「え?」


「客、呼んでるぞ」


 お世話になっている喫茶店のマスターでもある親戚のおじさんが注意してくる。

 そのまま仕事に戻ったが、当然ながら集中できるわけもなく、頭の中はKANAのことばかり。

 客が呼んでるのも気づかず、オーダーミスを繰り返し、いても邪魔って言われ早めに帰宅した。


「KANA……」


 KANAからの別れ話に納得できるはずもなく、俺はメールをKANAに送り続けた。

 だが、返信が来ることはなく……俺は役に立たたない携帯を放り投げ、ベッドに横になった。

 学校が始まれば嫌でも顔を合わせることになる。

 そこできちんと理由を聞けばいい。

 それまで伊万里たちには黙っておくことにした。

 本当は誰かに聞いてほしかった、相談したかったが……

 KANAが取り消してくれるのを期待している自分がいた。

 なぁ……KANA、あの時、ずっと一緒にいたいと言ってくれたのは嘘だったのか……?

 俺は天井を見上げ、ただひたすらKANAの笑顔を浮かべ、おもいふけていた。




…………*




 結局、一週間、まったくKANAから連絡が来なかった。

 こうなったら実際会って、意地でも理由を聞かなきゃ納得できない。

 俺はある意味開き直っていた。

 そして今日、ようやく待ちに待った新学期が始まる日。

 俺は逸る気持ちを抑えきれず、いつもより早く登校した。


「永一、おはよう」


「あぁ、おはよ。早いな、雅憲」


 教室に行くとすでに雅憲の姿があった。

 俺は挨拶をし、自分の席にカバンを置き、雅憲の席に行った。


「どうしたんだ、永一。この時間に来るのは珍しいな」


「ちょっとね。KANAはまだ来てないのか?」


「吉田さんはまだだね」


「そっか……」


「……何かあったのかい?」


「ん? あぁ、まぁちょっとな」


 今はまだ言う時じゃないと思い、言葉を濁す。

 雅憲は不思議そうな顔をしていた。

 それから雅憲と他愛のない話をしながらKANAが登校してくるのを待った。

 しかし一向に来る気配がなく、ついにチャイムがなった。

 この時点で一俊や伊万里も来てなかったりするがそれは今はどうでもいい。


「KANA……どうしたんだ?」


「一俊や佐伯さんも来てないけどね。吉田さんも遅刻とは珍しいな」


 俺と顔を合わせるのが嫌で学校も休んだっていうのか?

 俺は僅かでも来るのを期待していた。

 しかし扉が開かれ、現れたのは一俊と伊万里、そして担任だった。


「よっしゃ、セーフや」


「間に合ったわね」


「遅刻……って言いたいがまぁいい、今日はサービスだ」


 担任が来たため、俺は自分の席に戻る。

 やっぱりKANAは来なかった……

 風邪でもひいたのか……

 担任が何か話しているが俺はKANAの誰も座っていない席を見てはKANAのことを考えていた。


「あ、それからだが……」


 急に担任が声色を変えた。

 それが妙に気になって、意識を担任に向けた。


「吉田だが先日、退学届をもらった。残念だがクラスが一人減ることになった」


「な、なんやて!?」


「なんですって!?」


 一俊や伊万里が声を上げた。

 ……え?

 退学……届?


「そ、それどういう意味だよ!?」


 俺は立ち上がって、教壇に向かって歩き担任の前に立った。


「深見、お前こそ何か聞いてないのか?」


 担任からの言葉に俺は詰まった。


「私も驚いて、理由も聞いたが答えてもらえなかった。仲の良かった深見たちならあるいはと思ったんだが……」


 声を上げた時点で伊万里も知らなかったんだろう。

 学校を退学するために俺と別れた?

 いや、理由にするには弱い気がする……

 もっと根本的にKANAには何か問題があったんじゃないかと思い始めていた。


「深見、一旦座れ」


 担任の言葉に俺は黙って席に戻った。

 それからまた話があったが俺は一切耳を傾けなかった。

 話が終わり、担任が一度教室を後にした。

 その間に伊万里が飛んで俺のところに来た。

 隣に座っている一俊はもちろん、雅憲や未央ちゃんも俺のもとに来た。


「ちょっと永一、どういうことよ!?」


「なんも聞いてへんのか!?」


 俺に聞かれても困る。

 俺が今、一番混乱しているんだから。

 声を荒げる伊万里や一俊に対し、イライラ感が溜まっていった。


「知るかよ! 俺だってワケが分からないんだよ!」


「落ち着け、三人とも」


 雅憲が間に割っては入り、落ち着くよう促す。


「永一、君は今日吉田さんに話があるようだったけど?」


「……あぁ」


「今回の突然の退学。関係してるんじゃないか?」


 ギャーギャー騒ぐだけの一俊や伊万里と違って雅憲は話が早い。

 俺はこうなった以上は話す気持ちになった。


「一週間前、俺はKANAから別れ話を切り出された」


「な、なんですって!?」


「そ、それでどうしたんや!?」


「理由は言ってくれなかった。メールも送り続けたが返信も来なかった」


「だから今日、会って聞こうとしたってわけか」


「……あぁ」


 雅憲が話をまとめてくれて、俺も整理がついた。


「伊万里、KANAの家知ってるか?」


「ゴメン、分からない」


「……じゃあ担任に聞くしかないな」


「直接行くの?」


「他に納得できる方法あるのか? 俺はこのままKANAと終わりにはしたくない」


 俺の言葉に皆、下を向いて考え込んだ。


「そうね。勝手なことして怒らないといけないわね」


 最初に顔を上げたのは伊万里だった。

 そして一俊も雅憲も未央ちゃんも顔を上げ頷いた。


「決まりだな」


 俺たちは職員室に向かい、担任に住所を聞いた。


「本来なら教えることは出来ないが……」


 言葉を濁しながらも担任も今回の一件は納得できないみたいで特別に教えてくれた。

 住所をメモし、教室に戻る途中、雅憲が足を止めた。


「永一、まずは君が行って話してみるといい」


「雅憲……」


「せやな。全員で行ってビビらすよりええやろ」


 雅憲の提案に一俊も乗った。


「永一、必ずかなえを連れてきてね」


「お願いします、深見くん」


 渋々といった感じの伊万里、そして頭を下げる未央ちゃん。


「おいおい、なんか今すぐにでも行けって感じだな」


 これから授業だぞ、と付け足して苦笑してみたが……


「最初からそのつもりやろ?」


 一俊がニッと笑いながら俺の肩をポンと叩く。


「悪ぃ、後頼む」


 俺は住所を書いたメモを手に走り出した。

 カバンとか全部教室に置いたまま、俺は学校を後にした。




…………*




 夏も終わるというのに見事な炎天下の中、俺を汗を拭った。

 走ってここまで来て、住所を確認しながら近所の人に聞いたりと駆け回ってようやくたどり着いた。


「ここか?」


 そして目の前にはKANAが暮らしているはずの一軒家がある。

 ここまで来た以上、引き返すつもりはないがチャイムを押すのを躊躇してしまう。


「……覚悟を決めて……」


 深呼吸をし、意を決してチャイムを押す。

 だが誰も出てこなかった。

 ……退学したってことは引っ越したのか?

 そんな不安が過る。十分に考えられる話だ。

 だが近所の人に聞いてこの家に来たわけで、引っ越したのなら近所の人も知ってるはず。

 俺はとにかくチャイムを何度か押してみた。


「何か用ですか?」


 ふと後ろから声が聞こえ、俺は慌てて振り向く。

 そこには女性の姿があった。


「えっと……ここの家の人ですか?」


「はい、そうですけど……」


「ってことはKANA……いや、かなえさんのお母さんで?」


 探り探りの言い方になってしまっている。

 まさか急に後ろから現れるとは思っておらず、気が動転していた。

 だが、俺の質問に母親と思われる女性は目を伏せた。

 俺は不思議に思い、女性の言葉を待った。


「やっぱり……来てしまったんですね……」


 目を合わせずに下を向いたまま女性はそう呟いた。

 意味が分からず、俺が口を開こうとしたとき、女性が顔を上げた。


「私はかなえのおばの本庄敦子と申します」


「あ、えっと……」


「深見……永一さんですね?」


 名乗ろうとした瞬間、相手が俺の名前を言った。


「え、な、なんで?」


「かなえが初めて好きになった人の名前ぐらい知っています」


「は、はぁ……」


「ここに来た理由、分かります。かなえのことですよね?」


 気が動転していたため、忘れかけていたここを訪れた理由。

 KANAのおばと名乗る女性のおかげで思い出した。


「永一さん、かなえと話したいですか?」


「そ、それはもちろん! 会わせてください!」


 会って話すために来たといっても過言じゃない。

 会えるなら早く会わせてほしい、と言ったところだ。

 だが、KANAのおばさんは何か言うのを躊躇っているかのように言葉が続かない。

 眼がとても悲しい色に染まっており、俺も言葉を失った。

 少しの静寂が辺りを包み込む。


「永一さん……」


「な……なんですか?」


「かなえは……もう……」


 俺は嫌な予感がしていた。

 しかし、その予感は想像を絶するものだった。


「この世にはいません」


 …………イマ、ナンテイッタ?

 コノヨニハイマセン……?


「……本気で……言ってるんですか?」


「……冗談でこんなこと言いたくありません」


 悲しみに染まったKANAのおばさんの眼。

 だけど真剣そのもので、決して冗談じゃないことが痛いほど分かった。


「永一さん……これを……」


 KANAのおばさんは三つ折りになった紙を手渡してきた。

 俺はそれを受け取り、広げた。

 そこにはKANAからのメッセージが綴られていた……

 最初で最後の……KANAからの手紙だった。



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