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一般ファンタジー小説

お姫さまと蜘蛛

作者: 藍上央理

 ある国に、雲まで届く高い塔のあるお城がありました。

 高い塔にはかわいらしいお姫さまが住んでおりました。

 なぜこんな塔のなかに暮らしているかというと、お姫さまが生まれた日にお妃さまが魔法使いにこう言われたのでした。

 「お姫さまが年頃になるころ、どこかの国の男に連れ去られてしまうからね」

 王さまもそれを聞いて寝こんでしまうほどでした。生まれたばかりのかわいいお姫さまが誰かもわからない男に連れ去られてしまうなんて。

 国中のひとたちも悲しんで相談しあったところ、高い高い塔の一番真上にお姫さまを住まわせて誰にも会えないようにしてしまえば、きっとお姫さまはどこの誰ともわからない男に連れて行かれるなんて事はないだろうということになったのでした。

 それで、お姫さまは生まれてから一度だって外の世界を知らないし、窓から見えるものといったら雲ばかり。

 塔のなかに閉じこもってばかりいるものだから、金色の髪は透き通るように薄く、肌も雪のように白く、瞳も空の青を映したように蒼く、ますます美しくなりました。

 塔を下から登ってくるのはとても大変で、王さまもお妃さまもとうの昔に登ってこなくなっていました。召使も誰も来なくなって、お姫さまもどのくらい前に自分以外の人間と会ったかさえ忘れてしまいました。時々、食べ物などを入れた籠が、部屋の扉にある小窓のところにロープでするする上がってくるだけでした。

 扉は誰も入ってこれないように頑丈な錠前で締められていました。

 籠が登ってくるときはすぐにわかりました。

 王さまやお妃さまが、かわいらしい音色の鈴を籠に取りつけて、このかわいらしい音でお姫さまがすぐに籠が上ってきたことがわかるようにと考えたのでした。毎日、3度上げる籠には王さまとお妃さまの手紙も入っていました。心をこめて、「愛してるよ、お姫さま」と書かれた手紙が二通。




 お姫さまは退屈していました。何にもない部屋のなかで誰とも話さなくなって本当に退屈していました。

 それに、毎日3回ジャリジャリと塔中に響き渡る耳障りな鈴の音には、ほとほとうんざりしていました。

 籠のなかの食べ物はいつも冷めていて、同じもので、多すぎて、とっくの昔に飽きていました。だから、ほとんど塔の窓から投げ捨てていましたから、お姫さまはとても痩せていました。

 手紙もいつも二通。一日同じ文面のものが六通届きます。

 最初はちゃんと目を通していましたが、同じものしか届かないとわかってからはこれも窓から捨てていました。

 もう本当にどうしようもないくらいにお姫さまは退屈していたのです。




 ある日、お姫さまがうんざりした顔で、窓から空を眺めていると、風に乗って、ふんわりふんわりと蜘蛛が一匹、飛んできました。そして、ぴたっとお姫さまの髪にくっつくと、「ごきげんよう、お姫さま」とあいさつしました。

 「ごきげんよう」

 お姫さまはとても久しぶりに言葉を喋りました。まだ、言葉を忘れてしまうほど月日は経っていないのだなと、お姫さまは思いました。

 「こんなところに一人でなにをしてるのさ」と蜘蛛が言いました。

 「知らないわ、生まれてからずっとここにいるんだもの」

 それよりもお姫さまは蜘蛛が空を飛んでここまでやってきたことが気になっていました。

 「あなたはいったいどこからここまできたの」と訊ねると、蜘蛛は答えました。

 「お尻の糸をつつーっとのばして、風に乗って山や国や湖を越えてやってきたのさ」

 お姫さまは目を輝かせていいました。

 「わたくしも風に乗ってどこまでも飛んでいけるかしら」

 「それは無理だと思うね、あんたはずっしり重たいし」と言いかけて、「けど、あんたの髪をどこまでも飛ばしていくことは出来ると思うよ」

 お姫さまは自分の髪を見ました。

 気がついてみると、部屋中の敷物かと思っていた金色のふわふわしたものは、自分自身の美しい髪の毛だったのでした。

 



 お姫さまは蜘蛛に言われる通り、自分の髪の毛を一本一本結んでいきました。

 夜も昼もズッと結びつづけて100本つなげたら、片方を自分の髪に、もう片方を蜘蛛のお尻の糸にくっつけました。

 そして、ある晴れた風の強い日に、蜘蛛は風に乗って飛んで行ってしまいました。




 何日も何日も蜘蛛のお尻の糸に結んだ髪の毛はたゆんだままでした。




 けれどある日、とうとう髪の毛が強くピンと引っ張られました。それと同時に、お姫さまは誰かが自分の髪の毛を手にしたのだと気付きました。




 それからは毎日がとても楽しくなりました。誰かが自分の髪をたどってやってくるのですから。

 ピンと張っていた髪の毛は再びたゆんできました。

 お姫さまは窓の傍に座って待ちつづけました。




 そうしてある夜、真っ暗な塔の壁にカンテラの明かりが灯りました。

 高い高い塔のてっぺんを目指してカンテラはずんずん登って行きました。月が沈むころ、ようやくカンテラはてっぺんまでたどり着きました。

 お姫さまはたゆんだ自分の金色の髪の毛をたぐり寄せながら、カンテラを腰に下げて塔を上ってくる男を見下ろしました。

 長い道のりをちっとも気にかけていない様子の男は塔の窓辺に腰を下ろして、お姫さまを見つめました。

 お姫様ははじめて目にする男に驚きました。

 「まぁ! お顔が毛でいっぱいだわ!」

 男はそんなお姫さまに微笑みかけながら、その頭に右手を回し、塔の中に入っていきました。

 そして次の晩、再びカンテラは塔を降りて行きました。今度はとてもゆっくりと。




 召使はお姫さまがまったく籠の食べ物を召し上がらないことに気付きました。

 慌てて王さまとお妃さまの知らせました。おふたりは家来を連れて塔を何日もかけて登りました。

 そして、鍵を開けてお姫さまの部屋にはいると部屋のなかには誰もいませんでした。




 いまではみんながお姫さまなんて最初からいなかったのではと思っているほどです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 皮肉とユーモアがきいていて、おもしろかったです
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