表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

一話物

おにきゅ!

作者: 紅月赤哉

お肉美味しいですよね

 おはようございます。僕は雄です。しょくぎょうは豚です。そう、僕は豚です。今日も頑張って美味しいお肉になるために頑張ろうと思います。

 僕たち豚は「しょくようのぶた」っていう種類らしくて、美味しいお肉になることを目指して日々肥えていきます。美味しいお肉になることは僕たち豚にとって最大の栄誉だってお母さんが言っていました。

 僕より前にお母さんのお乳を飲んでいたお兄さんお姉さんが、人間さんに沢山連れて行かれていたのをお母さんは笑顔で見送っていました。

 きっと美味しいお肉になって人間さんたちを喜ばせているんでしょう。

「おかーさん。お兄さんたちは元気なのかな?」

 僕はお母さんに聞いてみました。美味しいお肉として人間さんに食べられているお兄さんたちは幸せに暮らしてるかな。

「ええ。誇らしく思っているわ」

 お母さんは微笑んでくれました。涙まで浮かべて僕に美味しいお肉のことを語ってくれます。

 僕たちは人間さんが健やかに成長するために、美味しいお肉になるそうです。でもそれってどういうことなのかは良く分かりません。僕らが美味しいお肉になれると人間さんたちが元気になるというのも良く分かりません。僕らが美味しいお肉になると人間さんたちが嬉しくなるから元気になるのかな? 僕はお母さんが元気だったり優しくしてくれたりすると嬉しくて元気になります。

 例えば、今日、お母さんがご飯を僕に多めにくれました。自分の分を少し僕にくれたらしいです。それだけで僕は沢山食べられて、嬉しくなりました。

「美味しいお肉になりなさいよ」

「うん!」

 お母さんの言葉は心地よくて、僕も素直に頷きました。



 * * *



 ある日、友達が通路で動かなくなっていました。どこか具合悪いのかなと鼻でいろんなところを突いたりしましたが、やっぱり動きません。心なしか体も固くなっています。これじゃ美味しいお肉になれないんじゃないかな? 早く起きないと風邪引くよ?

 しばらく突いていたところで人間さんがやってきました。よく僕らのお世話をしてくれている人です。その人たちが来て、友達を見るとまず僕を遠ざけました。それから二人で友達を持ち上げてどこかに運んでいきました。

 友達は美味しいお肉になれるんでしょうか?

 お母さんに聞いてみました。

「ねぇ。――君はどうして動かなくなったの? 人間さんたちに連れて行かれたけど、美味しいお肉になれるの?」

「きっと……慣れないと思うわ。元気じゃないと美味しいお肉にはなれないの。だから、――君は元気じゃなくなったから、きっと」

「じゃあ、どこかで元気になってるかな? またいつか会いたいな。兄さんたちにも」

「……そうね、会えたら良いわね」

 お母さんの顔は無表情で、僕は少しだけ怖かったです。



 * * *



 人間たちが俺のところに来ました。俺は丸々としていて、自分でも元気で。きっと美味しいお肉になるって思われたからかなと思った。いよいよ、お兄さんたちのところに行けるのかな?

「お母さん。これでお兄さんたちと会えるのかな?」

「そうね、会えるわよ。美味しいお肉になって人間に食べられるのよ」

「食べられる?」

 その言葉を最初、俺は理解できなかった。

 食べる。

 もぐもぐ食べる。

 それはいつも俺がしてきたこと。配られる餌を、俺はお母さんと一緒に食べていた。

 今度は俺が食べられる?

「え、じゃあ俺はどうなるの? お兄さんたちはどうなったの?」

「どうって」

 お母さんは一度言葉を切ると、ささっと言いました。

「殺されて、美味しいお肉になって、食べられるのよ」

 殺される。

 死ぬ。

 美味しいお肉という言葉の意味。

「え――」

 俺は初めて、知りました。俺達が進む先は、闇しかないのだと。

「ええ? え?」

「天国で会ってきなさいね」

 人間が俺に近づいてきます。きっと捕まえて、連れて行くために。

 思い出してみる。お兄さんお姉さんたちが泣きながら去っていくのは、別れが寂しいからと思っていた。

 でも、実際は死の恐怖から逃れるために叫んでいたんだろうか。思い出せば、お兄さんたちの声が蘇る。

『助けて!!』

『嫌だ! 死にたくない!?』

『お母さん』

「おかあさん!」

 人間は苦もなく俺を持ち上げる。だから必死に体を動かして、お母さんに呼びかける。いつも優しかったお母さん。餌を別けてくれたお母さん。転んでお母さんの下敷きになった時もすぐに避けてくれたお母さん。

 とても俺によくしてくれたお母さん。

 でも。

 お母さんはもう俺を見ていなかった。見て、涙を流していても、その目にはもう俺が映っていなかった。

「さようなら。誇らしく思っているわ」

 その言葉がガラガラスカスカだったと、俺はようやく分かったのでした。

 食用の豚。美味しいお肉になるのが俺の宿命。

 俺が生まれた理由。

 お母さんはまた俺らみたいな豚を沢山生むんだろう。生んでは子供がいなくなり、生んでは子供がいなくなる。

 その繰り返しの中で精神を病んでしまったのかもしれない。いや、それもそうあって欲しい俺の妄想か。

 死ぬこと。それが俺らの運命ならば。

 せめてしっかりと美味しくなるのが役目か。

 俺のほかにも何頭も豚がトラックに押し込められる。皆、自分に待っている死に対して怯えてるのか恐れた声を出している。

 だからこそ俺は何も叫ばない。ただ、死の瞬間まで立っていよう。

 先に旅立っていったお兄さんお姉さんのことを思いながら。

 俺をもういないように冷めた瞳で見ていたお母さんを考えながら。



 * * *



 トラックが止まって、入り口が開けられる。

 そこに立っている人間に向けて、聞こえないだろうけど向けて。

 俺は言う。

 おはようございます。

 俺は食用の豚です。

 お兄さんたち、お姉さんたちは美味しかったですか?

 頑張って美味しいお肉になれましたか?

 人間たちは俺を食べて、美味しいと言ってくれますか?

 俺たちを美味しいと言ってくれる人が一人でも多いように祈っています。

お肉美味しいですよね

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ