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第5話 涙

 わたしは家の前で倒れているのを夜遅くに帰ってきたお母さんに発見されて、病院へ運ばれたらしい。

 片方の耳たぶが鋭い刃物で切り取られていたので、お父さんやお母さんや大人たちは通り魔事件だと考えているようだ。ベッドの上で警察の人に何回か話を聞かれたけれど、何も覚えていないと答えておいた。

 耳の傷跡に指で触れる。

 これは通り魔が残した傷なんかじゃない。これはユノさんがわたしを食べた跡。この世界にわたしを欲しいと思う人がいて、わたしもその人ならいいって思って、残った傷。二人だけの秘密の証拠として、ずっとずっと残る傷跡。

 二人がもうあの団地で会うことがなくなっても、大人になって年をとっても、死んでしまって体がなくなって闇の中で眠ってしまっても。二人がこの世界に刻んだ小さな傷跡として、ずっとずっと永遠に残るのだ。

 耳から指を離すと、上半分を少し起こした形のベッドの白いシーツに背中をもたれさせた。

 わたしは生きている。

 わたしの体はちょっとだけ食べられてしまったけれど、全部食べられてしまったわけじゃない。ここは明るくて、静かで、わたしを食べようとするやつらはいないので安心して寝ていられる。

 でも、本当はユノさんに来てほしい。あの夜の変わり果てた姿でいいから来て欲しい。

 もし、ユノさんがこの病室へお見舞いに来てくれたら、そして、わたしのことを欲しいとその猫のような目がわたしに言ったなら。

 わたしは今度こそわたしの体のすべてを差し出すだろう。

 彼女がここにいてくれない切なさに心と体が締めつけられるように痛んだ。

 閉じた目から涙がこぼれ、頬をつたって唇を濡らした。


 わたしは初めて知った。涙と血は同じものなのだと―――。


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