第44話 幸人が誘拐される前
幸人が拉致される前、彼は廃墟にいた。
「あの、お兄さんいますか?」
昨日の夜、将也にタクシーまで送られた幸人であったが、このまま帰りたくないと思った幸人は将也がいた廃墟まで逆戻りした。
「将軍なら、もう帰ったよ。政宗さんも...帰ったと思う」
将也が炉鵜沢と呼んでいた少年がそういうので、遅かったかと、幸人は思った。
しかし、ふと彼の言った言葉に疑問が残った。とても単純な考えだ。
「あの、兄さんは何処に帰ったんですか?」
将也はまだ未成年である。
確かに最近では、学生の一人暮らしは多いが未成年が部屋を借りる時は親の承諾が必要である。
当然のことながら、半ば家出当然で出ていった将也はそんなのない。
なので、この場合はネトカフェが将也の帰る場所なのだが、そんなのは炉鵜沢は知らないため...
「....女の...家じゃね?」
イメージと若干の事実で言った。
「え!?兄さん、女の家に住んでるんですか!?」
「なんか、背がデカくて隈の酷い、見た目は陰気で根倉っぽいけど、中身はやたらフレンドリーな女がよく傍にいっから...」
千秋さんだと、幸人は理解した。将也が家にいた頃の恋人ということで面識のあった幸人は、若干驚いた。
(千秋さんと兄さんって、もうそんな仲なの!?じゃあ、兄さんは千秋さんの家に泊まってるなら、千秋さんの家に行ってみ...嫌々!!
あの人もあの人で住所不定だったよね!?)
一瞬、二人が本当に同居しているイメージが浮かんだが、千秋という女はネトカフェやホテルにいるので、住所不定であることを思い出した。
「それよりさ、昔の将軍ってどんなの!?やっぱ冷徹!?クール!?」
考えを遮る質問をされて、幸人は一旦、考えを打ちきり、昔の将也を思い浮かべた。
「....凄く、優しい笑みを浮かべる人でしたよ」
「マジで!?あの将軍が微笑んだりすんの!?」
幸人の言葉に炉鵜沢は明らかに驚く。炉鵜沢のイメージする将軍は無表情で、淡々というところがあるイメージだ。
「本当だよ、写真みます?」
と、スマホからフォルダを開いて炉鵜沢に見せる。そこに写っているのは、優しく微笑み、そこだけ神秘的な空間を作る将也だった。
「スゲー!!将軍本当微笑んでるよ!!あ、コレも微笑んでる、コレも!!コレもだ....?....?....?アレ?
何か、全部同じっつーか....何て言えばいいか分かんないんだけど....押し付けられた笑みだな」
炉鵜沢は、スマホのフォルダを、一つ一つ見ながら何処か疑問に思った。盗撮とかではない、ちゃんとカメラに視線を向けている。
綺麗なのだ、一切の無駄なく綺麗なのだが....何かが可笑しい。
そりゃ、ある程度は前の写真なのだから幼く見えるし、髪も結構延びているのもあるだろうが....そんなことではない。
単に、カメラを向けられたから微笑んでいる様な、取り合えず微笑んでおこうという様な、そんな微笑み方だった。
(こんなの....将軍じゃねーよ)
それもその筈で、将也のコレは微笑みなどではなく、苦笑いなのである。どうしていいか分からず、苦笑いするしか出来ない状況にさらされていたのだ。
しかも、この時に撮影されたものは殆ど末期に近く、最早引きっただけの状態だった。
しかし、周りは....弟や母でさえも、それを微笑みと認識していた。彼なりのSOSを余裕の笑みとか、そんな風に勘違いしてたのである。
「優しく微笑む人でしょ?」
現に今、幸人は将也の写真に何も不都合がないというかのように、寧ろ兄の綺麗さに誇りをもっているようだった。
異常な程に、何も可笑しい所などないと勘違いしている。
「いや、コレって苦笑いじゃ....」
「おーい、もうそろそろ帰った方がいいんじゃねーか?暗くなってるぞ」
炉鵜沢が言い切る前に、別の人が帰ることを促した。
「あ、本当ですね....
また、明日きます」
「おう!!将軍の弟なら歓迎だ!」
色々と話したいこともあるしな、と付け足した炉鵜沢は幸人を見送った。
しかし、次の日に幸人は現れなかった。
苦笑いは彼なりのSOSだったんですけどね。
因みに、それに気付いたのは当時の恋人だった千秋だけです。




