第38話 崩壊前の幸せ
将也と幸人の生活は、そこそこに幸せなものだったのかも知れない。
将也は母に認められず、『よろしくない』言葉をかけられながらも、諦めて受け入れたことによって、そこまで悲観することも無く人生を通っていた。
愛する弟と自分と境遇が似ている恋人がいるお陰で、将也の人生は幸せだと言い切ることが出来た。
一方、幸人も幸せな人生だったと言えよう。
兄と違い、普通の愛情を親から受け取り、憧れの兄に認められ、素直に育ちなに不自由なく育ち、ある意味純粋に生きていた彼は幸せだった筈だ。
その幸せの壊れる原因が仮にあったとすれば、一体何だったのだろう。
1位 五十嵐 将也 500点
2位 柑橘 林檎 482点
3位 村崎 京平 ....
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「また、兄さんに勝てなかった....」
順位発表の掲示板で、項垂れているのは、ある程度成長した幸人だった。
順位発表の10番以内の方を見ており、そこに将也の名前があることを確認して、自分がまた負けたのだと理解した。
因みに、幸人は5位であり学力に力を入れているこの学園では上の方だが、将也に比べると負けている。
「アレって五十嵐の弟の方?」
「え?でも全然似てねーぞ?」
「将也様に近づかないでよ」
同じく、野次馬か自分の順位を確認するためか、順位発表を見にきた生徒たちが幸人の周りで囁き始める。
内容は将也という存在を名前しか知らない生徒によっての、純粋な羨望や、将也の信者による誹謗中傷など様々だ。
「(もうやだ....)」
そんな空気を嫌がり、幸人はその場を後にした。
校舎の裏庭で、唇を噛み締め、鼻の奥が痛い感覚に見舞われる幸人に声をかけたのは将也だった。
「幸人、どうしたんだ?」
「何でもない、兄さんには関係ない!!」
幸人が変わった点は、兄に対して嫉妬を覚えたことだ。
何でも出来て余裕のある将也が大好きだったが、早目の思春期を迎えたことによって、好きなだけでは無くなってしまった。
しかし、それは年の近い兄弟がいればよくある事であり、それが向上心や努力を生み出すこともあるので、悪いことではなく、寧ろ成長に繋がる。
「(あぁ!!幸人を怒らせてしまった)ごめんね」
対して、将也は何も変わらなかった。
幸人に嫉妬を覚えることもなく、幸人の態度に怒りを感じることもなく、何も変わらずに生きていた。
「兄さん....東校舎の順位発表の掲示板見ました?」
ジト目で将也を見ながら若干予想して将也に質問する。
そして、答えは予想通りだった。
「見てない」
その言葉を聞き、幸人は更に怒りを覚える。
なんで、そんなに余裕があるんだと嫉妬や劣等感の炎が出てくるのだ。
実際、将也が順位発表を見に行かない理由は東校舎が遠く、しかも自分の名前があると知らない為なのだが幸人にはそんなの知るよしもない。
「あぁ!!そうですか!!....兄さんなんて大嫌い!!」
ヒステリックにそう叫ぶ幸人だが、将也は余り気にせずに頭を撫でている。
「(うぇぇん!!幸人に嫌われた!!お願い!!嫌わないで!!)」
実際には、大分傷付いてはいるのだが頭を撫でれば幸人は怒りが収まるのを知ってるので一心不乱に撫でまくる。
端から見たら理解ある兄が優しく咎めているようにしか見えない。
「ちょっ!?兄さん!!やめろ!...もっ...ぅう...エヘヘ」
最初は嫌がりながらも、次第に笑顔になり、もっと撫でて欲しいと自分から頭をこすりつけた。思春期を迎え、兄を表面上嫌っていても根はブラコンのままである。
幸人の怒りが収まったのを見計らって将也はいう。
「大好きだよ、ごめんね」
「....兄さんズルい」
何時もの様に愛を囁く兄の体に幸人は抱きつく。
異常に細い腰に手を回し、少し力を入れたら折れてしまいそうだなと、まるで内臓がないようだなと幸人は感想をもった。
この時点ではまだ二人は幸せだった筈なのである。
それが壊れた原因は二人のどちらかにあったのか、もしくは二人ともに原因があったのだろう。
けれど、きっかけは二人では無かった。
「将也さんは、貴方に内臓を取られた」
それは、二人とは関係のない第三者の言葉がきっかけだった。




