面白い担任
中野が少し声を潜め、教卓の方を見た。
「それがさ……今年入ってきた先生っぽいんだ。名簿を見ても聞いたことのない名前だった。」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、廊下からラフな足音が聞こえてきた。
ガラッと開いたドアから入ってきたのは、およそ教師らしくない、洗いざらしのシャツの袖を捲り上げた若い男だった。
「みんなおはよう。.....クラス替え初日だから流石に賑わってるな」
教卓にドカッと資料を置いたその男は、僕らと数歳しか変わらないように見える。整えられていない無造作な髪と、どこか気だるげな笑みが、クラスの空気を一変させた。
「え、マジで先生? 若すぎだろ!」
中村が椅子をガタッと鳴らして身を乗り出す。
「ああ、今年から数学を担当する瀬戸だ。二十四歳。趣味はサッカー。……あと中村、さっきから声がデカすぎて廊下まで丸聞こえだぞ。そして宮本、スマホ隠すならもっと上手くやれ。違う先生だと没収されてるぞ」
名簿も見ずに次々と名前を言い当てる瀬戸先生に、教室がざわつく。
瀬戸先生は教卓に腰をかけ、窓際の僕の方をちらりと見た。
「窓際の君も、みんなみたいに騒がなくていいのか」
まるで、若々しい兄貴分のような雰囲気だ。
僕は窓の外を見るのも忘れ、その若い担任の顔を凝視していた。
「よし、じゃあ改めて自己紹介だ。堅苦しいのは嫌いだから、俺のことは瀬戸さんでも瀬戸ちゃんでも好きに呼べ。……ただし、授業中は『先生』と呼べよ。そこは一応、給料分働かなきゃならないからな」
先生は少し笑った後、また口を開いた
「教師の俺が言うのもなんだが、いいか。勉強なんてのは、自由を手にするための通過点だ、やりたくないならやらなくていい。でもな、知識がないと大人に騙される。……....俺名言言えたかな」
おちゃらけた自己紹介を聞いて確信した、担任ガチャSSRだと。
「さて、次は皆の番だ。ただの自己紹介じゃ面白くないから、自分の秘密でも暴露しろよー」
「ええーっ!?」
教室に今日一番の悲鳴と、それ以上のワクワクした空気が爆発した。
「秘密なんて言えるかよ!」なんて文句を言いつつも、瀬戸先生の放つ独特の空気感に、クラスの連中はすっかり乗せられていた。
「じゃあトップバッターは、中村お前だ。うるさくした罰な、拒否権はない!」
それを聞いた中村が席から立った。
「よし、俺から行くぜ! 中村大輝! 趣味は筋トレ! 大人に隠してる秘密は……実は、去年の夏祭りの射的で取ったゲーム機あれ、俺が当てて倒したんじゃなくて、店主の親父の隙を見て指で押しました!」
「おい、それはただの犯罪だろ!」
瀬戸先生が爆笑しながら突っ込みを入れ、教室はドッと沸いた。
その後も、一人ひとりが喋るたびに、まるで教師と生徒というより、年の離れた遊び仲間と話しているような感覚だ。そしてついに僕の隣の市川まで来た。
彼女が立ち上がった瞬間、さっきまで騒いでいた男子たちの背筋が心なしかピシッと伸びる。さらさらとした長い髪を耳にかけ、小首をかしげながら照れたように笑う姿は、新学期初日の教室には眩しすぎた。
「えっと……市川真帆です。よろしくお願いします」
その鈴を転がすような声に、中村が「はい、可愛い! もう合格!」と野次を飛ばし、瀬戸先生に「お前は何の審査員だよ」とツッコまれている。「やったー」そう言った後市川はふわりと席に座った。隣の席の僕の鼻先に、彼女が動いた拍子に甘いシャンプーの香りが届く。
クラス全員の視線が、窓際の僕に集まる。ハードルは上がりに上がってるし、何より隣に座る市川さんが、まだ少し微笑んだままこちらをじっと見ているのが気になって仕方がなかった。
僕は椅子を鳴らして立ち上がった。
「大野流星です。趣味はとにかく遊ぶこと、秘密と言えるほどのやつじゃないんですけど、昨日休んだ理由は、遊びたかったからです。入学式は来なくていいかなって思って」
僕がそう言うと、先生が少し笑いながら
「大野お前、静かにしてるからまともかと思ったら意外にヤベェやつだな」
それを聞いた中村が机を叩いて笑い、中野も「お前、流石にクズすぎるだろ」と肩を揺らしている。ふと隣を見ると、市川さんが口元を手で隠しながら、クスクスと笑いながら僕を見上げていた。僕はため息を少しついて、ゆっくり座った。
瀬戸先生が教卓から飛び降り、「これでこのクラスの連中が、ただの『出席番号』じゃなくなった。……いいか、ここは学校だが、ただ勉強する場所じゃない。俺と一緒に、面白い一年にしようぜ」そう言うと再び教室がドッと沸いた。




