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第2話 危なかしげの居候

「あなた、名前は?」

 そう放たれた声は、あまりにも可憐だった。猛吹雪の中、自分の望みを叶えてくれる相手と、ついに出会えたのか、そう、思ったんだ。



第2話 危なかしげの居候



 俺は彼女の手を取って、立ち上がった。彼女の手はこの吹雪にもかかわらず、暖かかった。

「俺は……俺は宇鷹透。高校1年だ。よろしく」

「透くんね。よろしく」

 改めて彼女の立ち姿を見る。先ほど見た表情とは違って、どうしてか幼さを感じるような、そんな顔をしていた。

「よろしく。……ところで、君の名前は」

 俺がそう聞くと、彼女は突然困ったような表情を浮かべた。

「わ……私の名前? えーと……」

 そんなにおろおろされては、こちらとしては察さざるを得ない。何か、言えない事情があるのだろう。

「言いたくなければ言わなくていい。ごめんな」

 そう俺が言うと、彼女は焦ったそぶりを見せた。

「ああいや違うの!」

「違う?」

 彼女はなんとなくばつが悪そうな表情を浮かべて、しばらく黙った。

「……ええと、初対面の人にこれを言うべきかはちょっと怪しいんだけど……私、2日以上前の記憶がないんだ。だから、自分の名前もわからないし、どこに住んでいたのかもわからないの。」

「……!」

「覚えてるのは、この力の使い方だけ。」

 そう言いながら彼女は薙刀を取り出してみて、すぐに消した。

「まあでも、あの怪異についてはなんとなくわかるんだ。私は、きっとあいつらと戦わなくちゃいけないってことだけ、ね。そのために、力も記憶も残ってるんだと思うんだ」

 記憶もないままでこんなところにいて、寂しいはずだというのに戦っている。よくやるもんだ、と心のうちで称賛する。そんな気持ちもつかの間、すぐに一つの疑問が浮かんだ。

「ちょ、ちょっと待てよ。ってことは君もあの怪異自体に具体的な心当たりがあったりはするわけではないのか?」

「というと?」

「あんな虎みたいなやつが町中にいてたまるかよ、始めて見たぞ!?」

 そう聞くと彼女は困った表情をした。

「ごめん。当たり前だけど、わかんないものはわかんないよ。さっき言った通り、私は私の家だってわからない。私に聞いたって問題は解決できない。」

 さっき感じた恐怖を思い出す。今度またあんなやつに会えば……と思うと不安で仕方がない。かくなる上は……

「君……もしかして今、寝るところにも困ってる?」

「ええ、うん。今日は雪の積もっていない路地裏で寝ようと思ってた」

 少し驚く。ホテルやら何やら方法はあるだろう。こんな雪の降り注ぐ寒さの中でそんなことをして耐えられるわけがない。

「まさか、金もないのか?」

「……うん、もともと持ち歩く癖はなかったみたい。財布はどこにも持ってなかった。」

 まじか……いや、ここにおいては好都合だ。

「なあ、あんた、うちに居候しないか? 今俺は一人暮らしだが、布団は何枚か余ってる。」

 俺がそう言うと、彼女は期待に目を輝かせて、返答する。

「え? いいの?」

 その曇りなき眼に少し不安を覚える。人を疑うことを知らないのだろうか。疑えというつもりもないが……

「ああ、でも……そんなただで泊めてもらっちゃっていいのかな」

「いや、是非泊まってくれ。君はさっきの虎を倒して助けてくれただろ? でも、今度また俺がアレと相対することがあれば、その時こそ俺は終わりだ。その、なんだ……ちょっと恥ずかしくはあるが、守って欲しいんだ」

 俺がそういうと、彼女は納得した表情を浮かべた。

「なんだ、そんなことなら全然任せてよ。確かに普通の人にはアレは太刀打ちできなさそうだしね。わかったよ。君の望み通り、私は君の家に居候してあなたを守る。こちらとしても願ったり叶ったりな条件だ。」


 ────とまあこんな一連の流れがあり、俺の家には1人の居候が住むことになった。

「わぁ、ここが今日から居候する家かぁ」

 少し浮かれたような表情で、彼女は家を散策している。

 外は寒かった。彼女の体も冷えているだろうし、とりあえず俺は風呂自動のスイッチだけ押しておいた。

「ねぇ、なんでこんなに部屋多いの? 一人暮らしって言ってたよね」

 彼女がふと戻ってきて俺に聞いた。

「本当は親の部屋なんだよ。ここ10年、一度たりとも帰ってきてないけどね」

「ふーん。寂しくないの?」

「少なくとも今の君よりは寂しくないだろうさ」

 力があるとはいえ、記憶がないのは心細いだろう。居候の提案にそういった慰めの意図があったわけではないが、だが

「まあしばらく一緒に住むんだ。寂しくはないだろうさ」

そう、お互いを励ますような言葉が、自然と口を突いて出た。

「……そういえば、この家のルール聞いてなかったね。なんかあるの? お金がどうとか……」

「金銭関係はないよ。第一、君はバイトしようにも戸籍もないだろう。記憶喪失であることを病院か警察にでも言えばどうにかして家には帰れるだろうし、そこで戸籍も分かるだろうけど……居候を受け入れるあたり、君にはそのつもりはないんだろう?」

 俺がそう問うと、彼女は少し頷いた。

「そうねー。なんていうのかな。心のどこかで、まだ帰っちゃいけないって言われてる気がして。もう少し強くなってから、とか、化け物の出所を突き止めてから、とかにしようかなって思ってるよ。」

 途方のない話だとは思ったけれど、でもそれが成功すれば俺の身の安全は保証されるわけだろう。申し訳ないが、彼女に居候してもらう理由は用心棒みたいなものだから、自分が安全になるまでは彼女はできれば手放したくない。どんな方法でも引き止めたい。だがもし、本当に彼女の言うことが叶ったなら……

「そっか。じゃあ君の居候生活の目標は化け物の根絶としよう。そうすれば、君はここにいる理由を、俺は君をここにいさせる理由を失うことができる。そうなってから、2人元いた場所に戻るべきだ。」

「そうだね。私だって帰りたくないわけじゃないし。できる限りのことをして化け物を根絶できるようにするよ。」


「それじゃ、ルールもある程度まとまったしお風呂も沸いたから、ちょっとあったまってくるね」

 彼女はそう言って洗面所へ入って行った。

 居候のルールはいたってシンプルなものになった。

・現状解決のために日々努力すること

・できるだけ俺に同行すること

・家事とかは別に分担しないし俺がやる、金も不要

とまあこんなところである。

 俺みたいに家を貸すだけじゃなくて、彼女は命を賭けるのだから、ここまで至れり尽くせりしてもまだ足りないくらいなのだろう。

 一体どうして彼女は命を賭けざるを得ない立場……そんな力を手に入れてしまったのだろうか。気になることはいくつもある。だが、そんなことを気にしても解決しない。

「なんだかなぁ……この街にまさかあんなんがいるとは思ってなかったしなぁ……」

 白い虎…中国神話に白虎なるものがいた気はするが、流石にそれではないだろうし、本当に得体の知れない事態になっている。

「ごめーん! 透くん! バスタオルってどこにあるのー!?」

 ……本当に得体の知れない事態になっている。

 俺は目を瞑りながら洗面所のドアを開けて、何とかしてバスタオルを手渡した後、ソファに座って一息ついた。

「用心棒……居候……とはいえよくよく考えたらこれ同棲だよなぁ……」

 ああ、ちょっとこれ緊張するやつか?

 俺はこの瞬間を、約5時間後の就寝時間になってから後悔するのであった……


第二話 終

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