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第1話 禍福は糾える縄の如し

 その出会いは、まさに閃光のような出会いだった。

 実際、本当に閃光が散っていた。昨今、殺人鬼をこの目で見ることのないようなこの国で、眼の前で戦いが起きている。

 普通の人なら恐怖を感じただろうか。だけれど、俺にとっては、むしろ────。



第1話 禍福は糾える縄の如し



 それは、いつも通りの日常だった。ただ街をブラブラと練り歩き、そして遊び歩いて疲れて帰る。

 俺の対人関係にはそう深いものはないが、毎日同じ行き先なもんで、顔なじみは結構多い。なんもない、幸福な日々だと思う。これが続いてくれれば、俺は何も困らず、幸福に、流れて生きていける。そう思っていた。

「おー、透じゃんか。ゲーセンで会うのは久しぶりか?」

 昼下がり、ただぶらりとゲーセンに立ち寄ったが、何もしないのも気が引けて、クレーンゲー厶をやっている最中。そんなときに、友人の一人に声をかけられた。

「ああ、伊吹か。たしかにゲーセンでは久しぶりかもな」

 クレーンゲームに集中しているので、割と雑な返事となってしまった。

 伊吹は、ゲーセンでわりと頻繁に出会う。俺は最近はゲーセンに行っていなかったので出会わなかったが……あ、景品落ちちまった。

 俺は肩を少し落としたあと、改めて伊吹の方を向いた。

「さて、改めて久しぶり……というか、年越し後に会うのはなんだかんだ初めてじゃないか? あけおめ」

 今は1月中旬。街のみんなは新学期が始まったばかりなのもあってか、少しバタバタしている様子だった。逆に、冬休み中だっただろう5日あたりと比べて、ここは閑散としていた。俺にとっては、好都合だったが。

「ああ、確かにそういえばそうだな。どうだった? 今年の正月は。さすがにお前の両親も帰ってきたんだろ?」

「あの親が? ないない。一応提案してみたけど、ただただ「ごめん、ムリ」って言ってくるだけ。言っただろ? 毎年そうだって。」

 俺の両親は研究職で、ともに海外で働いている。ここ10年は顔も合わせちゃいない。

「あー、まあ忙しいのは仕方ないよな……」

「そうやって同情したような顔をするのもやめてくれって、前に言ったはずだ。俺は両親の仕事には誇りを持ってるんだから。」

 しばらく静寂が流れた後、今度は伊吹がクレーンゲームに手をかけた。

「……悪かったよ。けどさ、そんな両親に誇りを持っているならさ、学校も真面目に行けばいいのに。お前、高校入ってからも別に学校行ってないんだろ? 留年とかしないのか?」

「だいたいそういう問題は、金の力でなんとかなるもんだよ。テストの日だけ行って、全部9割を超えることを条件に、学校にはいかなくてもいいことになってる。」

「そんな学校あるかよ」

 まあ確かに私立だからとかでも言い訳できない変な制度だ。だがしかし、現実だ。親がそうなるように金を積んでくれたのだ。金を積むだけでこんなことができるとか、つくづく世界とは信用ならないものだと、去年には感じたものだ。

「よし、取れた。ほら、お前これ欲しかったんだろ?」

 伊吹が取った景品を俺に渡してきた。俺がさっき取ろうとしていたのは、とくになんでもないぬいぐるみだった。

「ああ、ありがとう」

 思ったよりもふかふかとした手触りが、なんだか心地よい。

「お前、なんかあったか? いつにもまして沈んで見えるけど……」

「いや……男からぬいぐるみもらっても、そんなに嬉しくないなって思っただけ。」

「おまっ……じゃあそれ返せ!」

「返さねぇよ!」


 そんな他愛もない日常。日常だったのだ。ここまでは。伊吹と解散したあとに、ゲーセンの外に出てみると、猛吹雪が吹いていた。1m先ですら、確かには見えないほどだった。

(まるで、今の心情を見透かされてるみたいだ……)

 そう思った。伊吹との会話で、普段は気にしていなかったことをどんどん思い出してしまった。虚しさ、そして疑問。

「どうして二人は家に帰ってきすらしないのに、俺の学校なんか気にすんだよ……」

 7年、あるいは8年。俺は、親しい友人を作らないようにしてきた。伊吹だって、会ったら少し話すくらいで、ゲーセン以外で遊んだことなどない。そんな俺に、学校に行かせることでなにかあるとでも思っているのだろうか。テストだけでも行け、そういう異常な執着は、どうしてあるのだろうか。ずっと、ただそれだけが、高校に入学してからの10ヶ月間で疑問だったことだ。

 そして、思い出してしまった虚しさ。今の生活は寂しくなどない。むしろ人との交流に溢れている。だが、ただ、虚しいのだ。ただただ、過去の思い出たった一つで、人の波に流れてのらりくらりと街を出歩いているだけになってしまっている、そんな自分が。情けなくてたまらない。

「かと言って高校に行くようにするっていうのも、それまた情けなくてたまらないんだよな……」

 高校に行ったとしても、人の波に流されている人生というのは変わらない。だが、俺の望む通り人の波を阻めば、俺はまた一人になってしまう。だから、今日も……流されるしかないのだろう。

 禍福は糾える縄の如し、というのはどうやら嘘のようだ。俺はいつだって、幸福と全く同時に不幸を享受している。

 そんなことを考えながらも、今日はもう何もする気になれず、一度家に帰ることにした。


 帰り道すらいつもの帰り道だった。路地裏を通りながら、少しずつ街から離れ、今度は住宅街へ向かっていく。それがいつもの帰り道だ。そんな帰り道の、三番目の路地裏で、閃光のような、あるいは悪夢のような出会いをした。

「! ちょっとそこの君! 今入ってきたら……!」

 吹雪の中、足元を頼りに歩いていた。路地裏の入りかけで、その声が聞こえた。

 見上げると、そこの壁には、白い虎が張り付いていて、なんだか同い年くらいの女の子がその虎と戦っている光景が目に入った。

「────は?」

 脳が受け付けなかった。そりゃそうだ。こんな非日常。受け入れるほうがどうかしているというものだ。

 女の子は壁を蹴って飛び上がり、その手に持った一振りの薙刀を以て虎に切りかかった。しかし、虎もひらりと身をかわし、そうして今度は……俺の方へ飛びかかってきた。

「しまった!」

 女の子のそんな声が聞こえた。ああ、本当に情けないや。足がどうにもうまく動かない。出遅れた。このままでは虎の巨体を避けることはできない。

「あああああああああああ!」

 俺はただ、避けたい、逃げたい、助かりたいの一心で、人差し指を虎の目に向けて突き出した。

「グオオオオオオオオオ!!」

 人差し指は命中して、目が潰れた虎は痛みに耐えかねてその場を動けないでいる。

「ナイスアシスト!!」

 女の子は、そう叫んで、今度こそ、虎を仕留めた。虎は、光の粒子となって、どこかへ消えてしまった。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 今更、死にそうだったという恐怖を体が受け止めて、全身が震え始めた。

「まったく……戦いに慣れてない人間がそんな無茶なことするからそうなるのよ。」

 女の子は薙刀を光にしてどこかへ消した後、そう言った。

「でも、ありがとうね。なかなか筋がいいじゃない。あなた、名前は?」

 彼女は俺に手を差し伸べて、そう聞いてきた。


 それが、どれだけ俺を困らせ、どれだけ俺を救うのかもわからないまま、俺は、その手を取ったのだ。


第1話 終

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