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8.第1章エピローグ

結果から言えば文世さんは生きてはいた。

 でも意識不明の重体で、いつ目が覚めるかも分からない状態らしい。

 ちなみに文世さんの両親は正気を取り戻し、今は文世さんの側に付きっきりだという。


「……」


 この事は先生からクラスのみんなに伝えられた。

 それからの教室の中は暗くて静かで、いつも明るい子まで口数が少なくなっていた。

 じめっとするなと思えば、窓の外はザアザア降りの雨。

 なんだかいつも以上に学校が楽しくなかった。

 そしてあっという間に放課後が来て、僕は傘を持ってきてない事に気が付いた。


「こくとくん、何かあったの?」

「ううん、なんでもない」

「そっか」


 前の席に座る隼也くんが心配そうに聞いてきてくれる。

 オカルトが好きな隼也くんも、いつもよりテンションが低い。少しして僕に手を振って帰って行った。


 ピロリン。


 ぼくも帰ろうとランドセルを背負った時、携帯の通知音が鳴った。

 それはお姉ちゃんからのメールだった。

 内容は傘を忘れたから、駅まで迎えに来て欲しい。

 ごめんなさいマークの連打付き。

 なんだかそれがおかしくて、笑ってしまった。


「ありがとう、お姉ちゃん」


お姉ちゃんのメールに僕は少しだけ元気をもらって、駆け足で下駄箱へ向かう。

 相変わらず雨は降ってたけど、僕の家はこの学校のすぐ近く。ずぶ濡れにはならないだろう。

 見れば校庭には色鮮やかな傘たちが咲いている。

 きっと皆んな置き傘なんだろうなあ。


「さてと……」

「おーい! こくと!」

「あれ? 拓海くん?」


 校舎を出ようとした所で、拓海くんから声をかけられた。その手にはおっきな傘が2つ握られている。

 

「ほらよ、お前真面目だからな。置き傘、してないんだろ」

「え、いいの?」

「ずぶ濡れで帰るつもりだったのかよ。風邪引くぜ」

「……ありがとう」

「おうよ。……途中まで一緒に帰ろうぜ」

「うん!」


 僕がそう言うと拓海くんはニカッと笑って、横に並んだ。

 拓海くんはよく喋る人だ。一緒に帰る時は、僕は聞き役に回ることが多い。でも、退屈ではなくて絶妙なタイミングで僕に問いかけをしてくるし、僕の話もしっかりと聞いてくれる。

 すごく楽しいんだけど、いつも思う事がある。

 大人っぽいなぁって。

 だから拓海くんは大切な友達で、僕の憧れでもあった。


「――って、もう着いちまったか」


 楽しい時間って、すぐ終わる。

 気づけばもう僕の家の前に着いていた。


「じゃあな、こくと」

「うん、また明日!」

「おう、また明日なー」


 拓海くんは小さく、僕は大きく手を振ってお別れをした。そして、玄関先にある僕とお姉ちゃんの傘を掴んで、駅へと向かう。

 雨は弱くなるどころか強くなってきて、至る所に大きな水溜りが出来ていた。

 足を入れたい気持ちをグッと堪えて、細い小道に足を進めた。この道はお姉ちゃんに教えてもらった駅までの近道。十分くらい早く着く事ができる。

 でも、ちょっと暗くて不気味で僕は苦手だった。


「――じゃあ、なんでこんな道を選んだんじゃろうな。急いでいるわけでもなかろうに」


 チリンと鈴の音がした。

 そこにいたのはふわふわの尻尾を揺らす、いつの日かのお狐様だった。

 僕の前に現れたお狐様は眉毛を八の字にして、申し訳なさそうな顔をしていた。


「驚かせてすまんの。お主にひとことお礼を言いたくてな。少しばかり暗示をかけさせてもらった。本当ならもう少し早く来れたんじゃが、少々準備に手間取ってしまった」

「いえ、お礼なんて……。僕は何も出来てないですし……、でも神様が手間取るほどの準備って」

「うむ。これじゃ」


 そう言ってお狐様が懐から取り出したのは、茜色に光る勾玉だった。

 受け取ってみると凄く綺麗で、それでいてなんだか安心してしまうような暖かさもあった。

 思わず握り込む僕にお狐様はにっこりと笑う。


「気に入ってもらえた様でなによりじゃ。それにはな、守りの術を保護としてある。大体の最悪は退けてくれるじゃろう」

「そんな凄いものを本当に貰ってもいいんですか?」

「お礼じゃといったであろう。それにお主がこれから進む道は茨の道。その勾玉があって困る事はない」

「え……」


 お狐様の言葉は最初、冗談かと思った。

 でも雨の中に光る二つの眼は、力強くまっすぐ僕を見ていて、それが冗談ではない事が嫌でもわかってしまった。

 お狐様は淡々と話を続ける。


「お主の運命はあの女子に関わった事で、正道から外れてしもうた。言っておくが、引き返す事はできぬ。たとえ強引にあの女子との縁を切ったとしてもな」

「そんな……」

「なに落ち込む事はない。お主はこれから様々は事を経験していくじゃろう。だがそれは決して無駄にならぬ。そして最後の選択によっては、お主を救うことさえできるじゃろうな」

「……知ってるんですね。僕のこと」

「わしは神様じゃからな。お主のことくらいお見通しじゃよ」


 ガハハとお狐様は笑う。僕を飲み込めるんじゃと錯覚してしまうくらい、大きく口を開けて。

 ひとしきり笑ったあと、お狐様は天を見上げた。


「もう少しで雨が止む。そしたらわしは行かねばならぬ」

「どこへ行くんですか?」

「……文世の呪いは完全には祓えていない。残り香がまだ身体に巣食っておる。だからわしはそれを消しに行く」


 お狐様は笑顔だったけど、僕にはそれがとても悲しそうに見えた。そしてそんな表情を僕は前にも見た事があった。

 そうだ。この顔は最後に会ったおばあちゃんの顔と同じなんだ。

 だから、僕は聞いてしまった。


「お狐様はいなくならないですよね?」


 僕の言葉を聞いたお狐様はちょっと驚いた顔をして、そして微笑んでくれた。

 それはあったかくて、優しくて。

 あぁ、そうか。お狐様はもう決めてしまったんだ。

 

「……ごめんなさい」

「謝る事ではない。お主達がいなければ、わしは何もできず消えるだけだった。それをお主達はバケモノを倒し、更には文世を助ける機会をくれた。感謝してもしたりないくらいじゃよ」


 お狐様は本当に嬉しそうだった。

 その場でくるりと回ったお狐様の着物が黒く染まる。

 そして気付いた。そういえば雨が止んでいる。


「さよならじゃ、童よ」

「はい……、さようなら」


 お狐様は消えた。

 まるで最初からそこにいなかったかのように。

 でも、幻じゃない。その証拠に僕の手には茜色の勾玉が握られている。


「いいなぁ」


 僕は正直、文世さんが羨ましい。だって親にも愛されて、神様にも愛されるなんて、僕にはどれも無いものだから。

 どれだけ願っても手に入れる事が出来なかったから。

 文世さんは幸せ者だ。


「さてと、お姉ちゃんを迎えに行かなくちゃ」


 雨は止んだけど、今はお姉ちゃんに会いたい。

 僕を一番愛してくれているから、それに応えたいんだ。

 シスコンっていわれるかもしれないけど、それは事実だから否定しない。

 だって僕の周りの大人たちの中で、初めて僕を愛してくれた人だから。

 大通りに出ると、自然と歩くペースも早くなる。

 でも後ろから来た高校生くらいの女の人は、もっと早くて僕を抜かして行った。


「間に合って!!」


 長い三つ編みを振り乱して走る女の人。

 よく見ると全身びしょ濡れで、すっごく焦ってるのが伝わってきた。

 きっと乗りたい電車がぎりぎりなのかもしれない。

 しばらくして駅に着くと、スーツ姿のお姉ちゃんの姿があった。

 僕を見つけると笑顔で走ってきてくれる。


「こくとありがとう! でも雨止んじゃったね」

「うん」

「せっかくだしお買い物して帰ろっか!」

「うん!」

「今日は何食べたい?」

「ハンバーグ!!」

「ハンバーグかぁ。よし! お姉ちゃん頑張っちゃうぞ!」

「楽しみー!」


 僕達はルンルン気分で近くのスーパーへと向かう。

 お姉ちゃんの作るご飯は美味しくて、大好きだ。

 そして気付いた。文世さんほどじゃないけど、僕も幸せ者なんだって。

 あぁ、ほんとうにこんな毎日がずっと続けばいいのになあ。

第二章 あの世行きの電車編 執筆完了次第投稿予定

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