20.何というか怖そうな人だな
3-2
僕が初めて来た時より、少しだけ片付いた超常現象解決倶楽部の部屋で、対面に座る拓海くんに隣にいる飛鳥さんはうーんと首を捻りながら唸っていた。後ろにはいつものように愛さんが控えている。
「色々と言いたい事はありますが……、まず私は現在満足に動ける状態ではありません」
「はい。こくとから聞いています」
「ですので、ここは私の助手であるこくとくんに任せたいと思うんですが、どうでしょうか?」
「え?」
「はい?」
「え、飛鳥さん!?」
そういって肩を組んでくる飛鳥さんに驚きの声をあげる僕。
難易度の高い依頼、愛さんはそう言っていた。なら、飛鳥さんも同じくそう思ったはず。それなのに、僕に任せるなんて、何を考えているんだろう。
びっくりしすぎて僕も、そして拓海くんや愛さんさえ驚きの声をあげて、固まっていた。
そんな僕達に笑いかける飛鳥さん。
なぜかこれっぽっちも不安そうな顔をしていない。
「こくとくん、不安かな?」
「えっと……、はい」
「だよね。でも、私は動けない。正直、今でも身体中に痛みが走ってる。こんな状態で依頼を受けることは難しい。でも、君なら私の代わりに依頼を受ける事ができる。なんたって、私の助手だからね」
「助手だからってそんな……」
「もちろん全力でサポートするさ。だから大丈夫。……ですので、どうでしょうか?」
そう尋ねる飛鳥さんに拓海くんは少し悩んだ後、ゆっくりと頷いた。
「分かりました」
「拓海くん!?」
「ダメで元々だったんだ。依頼を受けて貰えるだけでありがたいよ。それにこくとだったら、付き合いもあるし色々と楽だからな」
楽って……と思いながらも話はトントン拍子に進んでいって、報酬など詳しい話をして解散となった。
飛鳥さんは自室へ。愛さんもそれに着いていったので、僕一人でお見送りとなる。本当なら一緒に帰ろうと思っていたんだけど、愛さんに大事な話があるからと、このお屋敷にもう少しいる事になった。
大事な話ってなんだろうと考えながら、拓海くんを玄関まで案内していると、廊下で白衣を着た若い男性とすれ違った。たしか飛鳥さんの治療をしてくれている、名前は忘れてしまったけど、すごい先生らしい。
その先生は僕達に少しだけ目線を向けた後、スタスタと飛鳥さんの部屋へと歩いていった。
「なあ、こくと。あの人は誰だ?」
先生の姿が見えなくなると、拓海くんがそう尋ねてきた。
「飛鳥さんを治療してくれてるすごい先生らしいよ。名前はごめん、忘れちゃったけど」
「そうか。何というか怖そうな人だな」
「そう?」
「ああ、目が笑っていない。こちらを見定める様な嫌な感じだった。あまり気を許すなよ」
「うん、拓海くんがそういうなら」
友人の忠告は素直に聞くべきだろう。
幸いにも先生がこのお屋敷に通うようになってから、僕は先生と軽い挨拶しか交わした事がない。
多分、これかもそれ以上に親しくなることはないという予感みたいなものがあった。
「じゃあ、またね」
「あぁ、迷惑をかける」
「いいよ。僕達は友達でしょ? 友達は助け合うべきだよ」
「……そうだな。ありがとう」
そんなやり取りをして拓海くんを見送った。
遠ざかっていく背中は、やっぱり小さくて僕は頑張らないといけないなと、気合を入れた。
そうやって心が熱くなるのを感じながら、飛鳥さんの部屋へと向かう。
大事な話ってなんだろう……。
――――
私はダメなメイドだ。
今もベッドの上で苦しむ親友を、助けることさえできやしない。
さらにはこの苛立ちをこくと様に向けてしまった。
相手は子供なのに。年上として恥ずかしい。
やはり凪山愛は、ダメなメイドだ。
「……どした愛、可愛い顔が顰めっ面になっているぞ」
「何でもないです、兄さん」
「ふむ。ならいいが……」
そんな私を揶揄ってくるのは、飛鳥様を治療をしてくれている私の兄で、凪山隆だ。
退魔師としての腕は妹の私から見ても良くはないが、治癒師としての能力はずば抜けていて、至る所から引っ張りだこの、凄い人である。
本当なら家から縁を切られた私達に関わると、あまり良くはないのだが、私が電話すればすぐ飛んできてくれた。
本当に感謝してもしたりないくらいだ。
そんなわけで今も手を休めることなく、飛鳥様の治療をしてくれている。しかし、兄の顔はお世辞にも良いとは言えなかった。
それに兄が来てからもう一週間が経とうとしている。
「……兄さん、飛鳥様の容態は?」
「私はね、自分が治癒師として優れている方だと知っている。それだけの事はしてきたからね。でも、飛鳥くんの症例は初めてみるものだ」
「それだけ、酷いのでしょうか?」
「酷いなんてものじゃあない。本来ならもう死んでいてもおかしくないくらいだ。さっき喋っていたこと自体、異常過ぎる。やはり本家から出来損ないと言われようと、現人神候補に選ばれていただけはあるね」
「兄様……?」
「おっと、すまない。つい喋りすぎてしまうのが私の悪い癖だ。結論から言おう、飛鳥くんは助かるよ」
「それは、よかった……」
私はその言葉を聞いて、その場に崩れ落ちてしまった。
実はこの部屋に入ったのも、久しぶりだったのだ。
兄から治療に専念するからと、出入りを禁止されていた。
だから驚いた。
ドア越しにこくと様が依頼者である友人を連れてきたと伝えた時、飛鳥様が部屋から飛び出してきたのだから。
それだけ飛鳥様にとって、こくと様は特別なのだろう。
ともかく命が助かると安堵した私に兄は言う。
「もう暫くの辛抱だよ。呪いもほとんど取り払う事ができた。あとは、安静にしていれば自然と解呪されるだろう」
「ありがとうございます、兄さん」
「いいんだよ。飛鳥くんは私の可愛い妹と友人となってくれた人なんだ。これくらいのことはして当然だね。でも、愛からも注意はしておくんだよ。今回みたいな無理はしてはいけないよと」
「はい、もちろんです」
「ふむ。頼んだよ」
兄はそうやって大らかに笑って、帰る支度を始めた。
鞄に全ての道具を詰め込んで、さて……と言って部屋から出ようとする兄がふと立ち止まり、思い出したかのように私に言った。
「そうだ。あの、こくとという少年には気をつけなさい」
「え、どうしてですか?」
「あの少年は危険だ」
こくと様が危険とはどういう事だろうか。
普段の彼を知っている私からすれば、危険という言葉はこくと様からもっとも遠いモノに思える。
兄はそんな私の様子に気づいたのか、言葉を続けた。
「愛、わたしの異能は覚えているね?」
「はい、人間の魂を見る事ができるというものですよね」
「そうだ。戦闘には使えないが、治癒師として働くにはとても役立つ異能だね。実はその異能で、さきほどこくとという少年の魂を覗いてみたんだ」
兄はそこで言葉を切って、大きく息を吸った。
「ツギハギ、だらけだったよ」
「え、ツギハギとはどういう――」
「言葉通りの意味だね。一度砕けたものを丁寧に縫い合わせたもの、それがこくとという少年の魂だった。本来ならあり得ない事だ。壊れた魂を復元するなど、ほぼ不可能だからね」
「そんなに難しいものなんですか?」
「難しいなんてものじゃないよね。人間の魂というのは繊細なんだ。たとえ優れた治癒師でも、元通りというのは無理だよ。出来るとすれば、それは神様くらいかな」
「神様……」
その言葉を聞いて不安になる私に、兄は焦ったように言葉を続けた。
「あ、いや、すまないね。これはあくまで想像でしかないんだ。ダメだね私は、愛しい妹の事になると心配が過ぎてしまう」
「いえ、そんなことは……」
「いやいや、これも私の昔からの悪い癖だ。あのこくとという少年も魂がそうなだけで、普通に良い少年だった。いらぬ心配をかけてしまったね」
兄はそういって謝ると、足早に部屋から出ていってしまった。たしかに私を過度に心配してしまうのは、兄の昔からの悪い癖ではあるが、その忠告が間違っていることは少なかった。それよりも忠告によって助けられた事の方が多い。
それに私にもこくと様に関しては気になる事があった。
飛鳥様のお側に小学生といえど、見ず知らずの人間を置くに当たって、色々と調べたのだがあまり情報が出てこなかったのだ。
分かったのは両親はすでに他界していて、今は姉と暮らしている。そして、最近この街に引っ越してきたという事だけ。
どれだけ調べてもそれだけしか分からなかった。
それはあまりにも不気味で不安で、昔の伝手を使いどうにか調べ上げて分かったのは、黒山国土に姉はいないという事だった。




