19.幽霊屋敷
教室に入ると、ザワザワと騒がしかった。
それも僕をちらちらと見ながら話すものだから、気になって仕方がない。
何かあったのかと思い返してみても、ぱっと思いつくものはなかった。
どうしようかなと首を捻りながら席に着くと、前の席に座る隼也くんが目を輝かせながら話しかけてきた。
「おはようこくとー!」
「おはよう隼也くん」
「早速だけどさ、あの噂って本当なのかー?」
「あの噂って?」
噂とはなんだろう。
そんな僕に隼也くんはいつもより元気よく、噂とやらを話し出す。と言っても、別にへんな噂ではなかった。
「僕がこの町で有名な幽霊屋敷に出入りしてる噂が学校中に広まってる……」
「そうなんだよー! それで、あの噂って本当なのかー?」
「本当なのかって言われてもなあ……」
多分、みんなが言う幽霊屋敷とは飛鳥さんのお家の事なんだろう。でも、僕がほぼ毎日みているそのお屋敷は幽霊屋敷と呼ばれるような、ボロボロな感じではなかった。
それがどうして幽霊屋敷と呼ばれているのか不思議でたまらなくて、隼也くんにそう尋ねると変な顔をされてしまった。
「いや、あれはどう見たって幽霊屋敷でしょ」
「そうなの?」
「そうだよ。だってもう朽ち果ててるし、廃墟じゃんあそこー」
「そうなのかあ」
朽ち果ててる、廃墟……。
うーん、どうしてもピンとこない。
なんだかモヤモヤするので、愛さんにでも聞いてみることにした。
きっといつもの飛鳥さんたちの不思議パワーだとは思うけど。
「こくとー?」
「ごめんごめん。なんでもないよ」
「いやいや、なんでもなくはないでしょ。それで、どうなのさー。本当に幽霊屋敷に入り浸っているのかー?」
「それは――」
「すまん、ちょっといいか」
僕がキラキラ目の隼也くんにお屋敷の事を答えようとした時、後ろから声をかけられた。
この声は、と思って振り返るとやっぱりそこには拓海くんがいた。
「なんだよー、拓海。今、いいところなんだぜ?」
「いや、本当にごめんな。こくとにちょっと話があってな。少しの間、借りたいんだ」
「ふーん……。なら、仕方ないかあー。じゃ、後でなこくとー」
「うん」
隼也くんが教室から出ていくと、拓海くんが僕の前に座った。いつもより険しい顔をしていて、なんだか拓海くんらしくない。
そんな拓海くんから語られたのは、不可解な出来事だった。なんでも拓海くんの両親がおかしくなってしまったらしい。
「おかしくなったって、どんな風に?」
「あー、なんと言ったらいいのか……。まるで獣みたいになってるんだよ」
「獣みたいに?」
「そうだ。ほんと訳がわからない……」
拓海くんは頭を抱えながら、現状を説明してくれた。
両親がおかしくなったのは、先週のこと。
いつも通り拓海くんが帰宅すると、リビングからけたたましい音が聞こえたという。
何事かとリビングまで走ると、両親が冷蔵庫を漁り、その中にある野菜や肉をそのまま貪り食っていたのだ。その姿はまるで獣のようだったという。
拓海くんは驚きながらも、必死に声をかけた。
両親を正直に戻そうと。だが、両親が正気に戻ることはなかった。
仕方がないと拓海くんは警察を呼び、そしてその後に来てくれた救急車によって両親は病院に運ばれた。
そして今、拓海くんの両親は病院で入院中。
その時の暴れようは嘘のように今は静かに、いや静かというかあれから目を覚ます事がないらしい。
検査をしても異常はなく、医者も困り果てているというのだから驚きだ。
「大変だったね、拓海くん」
「そうだな。大変だった……」
「でも、その話をなんで僕に?」
「いや、俺もそういう関係は半信半疑なんだが、病院であった看護師さんにこの名刺を貰ってな」
拓海くんが取り出したのは、見覚えのある名刺だった。
超常現象解決倶楽部という文字に、凪山明日香の名前。
この前、飛鳥さんに見せてもらった自分たちの名刺のパチモンだった。
驚いたのが名前の下に小さく僕の名前が書かれている事。
前に見せてもらったパチモンには無かったものだった。
「こくと、頼む。その明日香さんという人を紹介してくないか」
僕に向かって頭を下げる拓海くん。
色々と訂正や説明をしないといけないけど、まず今の飛鳥さんはとてもじゃないけど動ける状況じゃない。
先日、僕に似た誰かから受けた呪いによって、とこに伏せっているんだ。
正しい行動はここで拓海くんの願いを断る事。でも、僕はそれが人間らしくないんじゃないかと思えて……。
「ごめんね、拓海くん。飛鳥さん、体調を崩していて動ける状態じゃないだ」
「そうか……」
「でもね、話を聞くくらいなら大丈夫だと思う。これでも僕は超常現象解決倶楽部の助手なんだ。だから、放課後一緒に飛鳥さんのお家に行かない?」
「ありがとう、こくと……」
僕の言葉に拓海はまた深く頭を下げた。
親のためにそこまでする拓海くんの事を、理解するのは難しい。でも、拓海くんは友達だ。困っているなら話くらいは聞くべきだろう。道徳の授業でも、困っている人には手を差し伸べなさいと言っていたし。
「じゃあ、放課後に」
「ああ、そうだな」
僕らはそこで解散し、放課後。
拓海くんは手ぶらでは失礼だというので、お見舞いの品を買ってから、僕達は超常現象解決倶楽部の拠点である飛鳥さんのお家へと、足を進めた。
隣を歩く拓海くんはなんだか緊張しているようだったけど、僕は慣れた道のりなのであっという間にお屋敷に着いてしまった。
いつものように大きな門を手で押すと、庭でお手入れをしていた愛さんと目があった。
今日もきっちりとした印象のある愛さんは、僕の隣を見て怪訝な顔をしながら、近づいてくる。
「おや、今日はお友達とご一緒ですか?」
「はい。隣にいるのは僕の友達で、拓海くんです」
「…………」
「拓海くん……?」
「え、あ? あぁ……すまない。初めましてこくとの友人の佐藤拓海と申します。突然お邪魔して、申し訳ありません」
「いえいえ、ご丁寧にありがとうございます。それでなぜこくとくんのお友達が私達のお屋敷へ?」
「えっと、それは――」
僕は愛さんへ拓海くんの両親に起こった出来事を話す。飛鳥さんが動けない今、僕が頼れるのは目の前にいる愛さんしかいない。だから、出来たらよい返事を期待したんだけど、愛さんは眉を寄せて難しい顔をした。
「そうですか……。まあ立ち話もなんでしょうし、どうぞ中へ」
「愛さん?」
「こくと様も早く。拓海様も」
「あ、はい」
拓海くんが愛さんに急かされるままに玄関へと駆け足で
走っていく。僕もそれに続こうとして、愛さんに足を止められた。
「こくと様」
「どうしました?」
「今回の依頼、お受けするつもりですか?」
愛さんは相変わらず難しい顔をして、僕に尋ねる。
「えっと……」
拓海くんの様子からして、受けるべきだと思う。
あのかっこよくてスマートな拓海くんが、細く小さく見えるほどに弱っている。
なら、人間として友人として依頼は受けるべきだ。
でも、愛さんの顔を見ると不安になった。
そんな僕に愛さんは重ねていう。
「今回の件、おそらく拓海様のご両親に呪いをかけた人物がいます。それも人格や行動に影響を及ぼすほどとなると、相当な力を持つ可能性が高い。そして今、我々は飛鳥様がとこに伏せっている状態です」
「……はい」
「そんな状態で依頼を受けるのは難しい。たとえそれがこくと様のご友人でもです。それを肝に銘じていて下さい」
「……すみません」
たしかに愛さんのいうとおりだ。
僕の行動は軽率だった。
友人の事ばかりで、飛鳥さんのことを考えていなかった。
僕は今も苦しむ飛鳥さんを知っている。あの日以来、笑う事が少なくなった飛鳥さんを知っている。
それなのに僕は良い事だからと、考えることをやめたのだ。
「厳しく言い過ぎましたね。でも、こくと様には知っていて欲しかったのです。救いを求めるものに差し出す事ができる手は、限られているという事を」
「ありがとうございます」
「では、行きましょうか」
「はい!」
元気よく返事をして、やっと微笑んでくれた愛さんの後ろに、着いていく。




