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14.僕はここにいる

ひどい夢を見ている。

 これは過去のことであって、今じゃないはずなのに。もう決して繰り返される事ない日常なのに。

 それなのに僕はここにいる。


「うっ……」


 ぐぎっと音がして、僕は自分が殴られているのだと気付いた。

 口の中がガジガジでぺって吐き出すと、それは小さい歯だった。


「床を汚してんじゃねえクソガキが!!」

「っ!」


 また殴られた。

 その衝撃で僕は部屋の隅っこまで飛ばされる。

 それでようやく僕がいる場所がわかった。

 ここはお姉ちゃんと会うまで、生活していた空間だった。

 そこら中にある酒の缶と瓶、そしてゴミ袋。

 タバコの吸い殻と、服の山。

 それが今となっては懐かしいと感じた。

 今、僕は過去にいる。

 そのことに、ハハハと笑いが出た。


「何笑ってやがる! 何がおかしい!?」

「ぐっうあう……」


 次はお腹を蹴られた。

 男はもう一度、僕を蹴ろうとしたがそれはもう一人によって止められた。


「やめてよ」

「こいつ笑いやがったんだぞ!」

「でも、このままじゃ死んじゃうわ」


 そいつは僕をこの世に産み出した女だった。

 女は細い手で男の首を撫でる。

 そして笑いながらこう言った。


「死んだらもう……、使えないじゃない。それにめんどくさい。死体の処理って大変らしいし」

「べつに死んだっていいだろう。こいつは」

「やめてよ。こんな物のために刑務所なんて入りたくないわ」

「……あぁ、そうだな」


 男は女の言葉に納得して、僕に暴力を振るうのを止めた。それがまたおかしくて笑ってしまう。

 でも、骨と皮しかないこの身体じゃあまともな笑い声だって出せやしない。


「またこいつ笑って……!」

「うるせえよ」


 僕は震えながら立ち上がる。

 でも、声は出た。それだけで充分だろう。

 男は僕の言葉に驚いているようだった。

 隣にいる女も目を見開いている。


「なんだダンマリ? 驚くことは何もないよ。僕はただ喋っただけ。それなのにその反応、笑えるなぁ」

「てめえ……ふざけんじゃねえ!?」

「……また殴るなんて痛いなぁ、でも」


 顔をさする。あぁ、やっぱりと思った。


「こんなに顔は殴らないはずなんだよなあ」


 あいつらは僕の顔や腕なんかの目立つ場所に傷をつけるような事は決してしなかった。

 だから、おかしい。でも、その違和感があったからこそ僕はここが幻か何かの世界だと確信した。


「あなた達はだれ?」

「…………」

「…………お前の親だ」


 二人が絞り出した言葉はそんなつまらない回答だった。

 これまたおかしい。あの人たちの口から僕の親だなんて言葉が出るなんて。

 おかしくてたまらない。


「似せるならちゃんとすればいいのに。それともこれは僕の願いだったのかな。あなた達から子供として認められることが」

「お前は子供だろう」

「そうだね。でも、違うんだよそっくりさん。僕はあの人たちに子供として扱われた事もないし、親のような何かをしてもらった記憶もないんだ」


 僕はそう言って玄関に向かう。

 あの頃のままの錆びたアパートの扉。この扉から僕を救ってくれたお姉ちゃんとおばあちゃんはやってきたんだ。

 その扉を今度は僕が開ける。

 ドアノブを捻った時、背中に声がかけられた。


「どこに行く」

「そんなの貴方達もわかってるでしょう。僕のいるべき場所だよ」

「それは仮初だ。お前の居場所などどこにもない」

「そうだね、わかってる。でも、僕は行かなきゃ行けなんだ。お姉ちゃんに恩返しもまだ出来てない」

「……そうか。ならばどこへなりとも行くがいい」


 その言葉を聞いて、僕は扉を開けた。

 その途端、何もかも消え失せて、そこにあるのは真っ黒な空間だった。

 しばらく歩き回って、さあどうしようかなと思っていた時に、ポケットがやけに温かい事に気がついた。


「勾玉が光ってる……」


 取り出してみると、それはお狐様が僕にくれた勾玉だった。

 茜色に輝く光はあの時のものよりも大きく、明るい。

 それが一点に集まり、次第に線となった。

 道しるべだ、そう思った。

 僕はその線を頼りに歩く事にした。


 真っ暗な空間の中で、その勾玉の光は僕に安心をくれる。それだけで、僕は頑張れた。あのお狐様が僕を見守ってくれているような、そんな感じがしたからだ。


 どれくらい歩き続けたのだろう。

 ようやく辿り着いた、光の先。そこには一つの扉が、暗闇のなかポツンと立っていた。

 目をこらしてみれば、扉にはプレートが付けられていて、『よしこのへや』と書かれている。

 なんでここによしこさんの部屋の扉があるのか、頭の中はハテナでいっぱいだったか、勾玉の光はずっと扉の先を指している。

 僕にこの扉を開けて欲しいと言うのだろうか。


「よし……」


 ドアノブに手をかけると、氷でも握ってるのかなと思うほどの冷たさだった。触り続けていると、冷たさよりも痛さが増してくる。

 早く開けよう、僕は勢いよく扉を開け放った。


「うわあ」


 扉の先にあったのは、女の子の部屋だった。

 至るところがモコモコしていて、かわいいものがいっぱいある。壁に吊り下げられたコルクボードに写真がいっぱい貼り付けられていた。

 その中心によしこさんは座っていた。

 震える手で、包丁を握り締め、先端を首に向けながら。


「……よしこさん、なにをしてるんですか?」

「こくと、くん……?」


 血走った目が僕をみる。

 そして、満面の笑みでこう言った。


「見て分からない? 私に死にたいの。だからね、死のうと思って」

「それは本当ですか?」

「……あなたには関係ないでしょ。出てってよ」

「死んでどうするですか?」


 僕の問いかけによしこさんは声を張り上げ、立ち上がる。

 

「うるさい!! 貴方に何がわかるの!? あの子は苦しんでいた。私は気付けなかった。こんな私は死ぬべきよ……」

「自分に酔ってますね」

「ガキのくせに偉そうに!!」

「言っときますが、苦しいですよ。知ってますか? 包丁で首を刺したとしても簡単には死ねません。まず苦しみが来ます。その苦しみはきっと最後の瞬間まで、よしこさんを蝕み続ける。必ず後悔しますよ」

「それでも私は!!」

「貴方に家族はいますか?」

「え……?」


 僕はコルクボードの前にある、写真立てを手に取った。

 そこには家族三人で撮った、笑顔の写真が入っている。

 これは、僕にはなかったものだ。きっと家族の仲もいいはずだ。でなければ、この写真を部屋の中に飾ったりはしないだろう。

 それなのに、よしこさんは自分の命を終わらせようとしている。大切なものがあるのに。

 それが僕には許せない。


「僕には貴方の家族のことはわからない……でも、

こんな写真を撮る家族の仲が悪いとは思えない。そんな家族がいて、死ぬんですか」

「別に死ねばいいですけど、家族は悲しむでしょうね。よしこさんが親友を亡くした時と同じように。貴方は同じ思いを家族にさせたいんですか」


カランとよしこさんの手から包丁が落ちた。

 僕はその包丁を拾い上げ、扉を開けた先にある黒い空間へ放り投げた。

 

「あ……」

「そんなもんなんですよ、貴方の死にたい気持ちって。子供にこんな事を言われて、辞めちゃうくらいに」

「あなた!?」

「行きましょう。迎えに行かなくちゃ、貴方の大切なもう1人の親友を。そのために来たんですから」


 僕はよしこさんの手を握り、部屋の外へ出る。

 相変わらずそこは黒い空間が広がるだけ。でも、何もないわけじゃない。ポケットから勾玉を取り出すと、再び光が線となり、僕を導いてくれる。


「それ……」

「僕が知り合った神様に貰ったんです。きっとこれが僕たちを、まゆみさんの元へと導いてくれます」

「なんでそんな事を知ってるの?」

「僕にも分かりません。でも、そんな気がするんです」


 自分でも訳のわからない事を言っていることは知っている。でも、本当なんだ。

 この光は僕達を導こうとしている。

 よしこさんは信じられないという顔をしていたけど、それでも僕の手を離さず着いてきた。

 しばらく歩くと、光の先に白い球体があるのが見えた。

 その球体は大きく、中に人がいる。


「まゆみちゃん!」

「あ、え、ちょっと!?」


 よしこさんは走り出した。

 それも僕の手を握ったまま。そうなると足の長さが短い僕が引きずられる形に。

 球体にたどり着く頃には、僕は使い古された雑巾みたいにボロボロだった。

 元々、垢まみれの服を着ていただけあって、より一層そう見える。


「まゆみちゃん! まゆみちゃん……!!」

 

 よしこさんはと言えば、球体に縋り付いて名前を叫んでいた。僕は球体の中身に目を凝らす。

 そこにいるのは、人だ。擦り切れて泥だらけになった制服を着た女子高生だ。特に足回りはひどい。爪が裂け、皮膚にもヒビが入り、そこから血が滲み出ている。

 彼女がよしこさんの探しているまゆみさんなのだろう。

 

 やはり光は僕達を導いてくれていた。

 だが、これからどうすればいいのか。

 よしこさんはずっと球体からまゆみさんを取り出そうと、叩いたり引っ掻いたりしているが傷ひとつ付いていない。ということは、現状まゆみさんを救い出す手段はないと言える。


「飛鳥さんだったら……」


 飛鳥さんだったら、バケモノを倒したあの拳でこの球体を破壊してくれたはずだ。でも、今ここに飛鳥さんはいない。

 どうすればいいのだろう。僕は必死で考える。でも、いい案は思い浮かばない。ついには行き詰まって、未だに光を放っている手のひらの勾玉を見つめる。

 

 この光は優しく温かい。見ているだけで自分の中の空白を埋めてくれるような感じがする。

 でも、何故だろう。その光がどんどん大きくなっているような気がする。また道標になってくれるのか、それにしては収まる気配がない。

 どんどん、どんどん大きく強くなっていく茜色の光。

 あれだけまゆみさんを助けようとしていたよしこさんでさえ、手を止めてその光を釘付けになっていた。


「なんじゃ、情けないのう」


 最初に声が聞こえた。つい最近聞いたはずなのに、とても懐かしく感じる声だ。

 声が聞こえると同時に光は収まっていき、現れたのはお狐様だった。でも、僕はその姿に違和感があった。


「お狐様、その身体は?」

「……このわしは分体だからの。これくらいの姿しかとれん。なんじゃ、不満か?」

「いえいえ、とんでもない! また会えて嬉しいです」

「そうじゃろ、そうじゃろ!」


 僕の前に現れてくれたお狐様。その姿は前見た姿より、さらに幼く、六歳くらいの巫女服を着た女の子の姿になっていた。立派な耳と尻尾は変わっていない。

 

「あのー……その子は」

「お狐様です。同級生の家の守神様なんですよ。そして飛鳥さんが解決しきれなかった呪いを、退けた凄い神様なんです!」

「神様、この子が……」

「なんじゃこの女子は。せっかくお主の友人を助けてやろうと出てきてやったのに、不満か?」

「た、助けてくれるんですか! 本当ですか!?」

「ちょ、ちょいまて! ひっつくな、引っ張るな、揺らすな!! 童よ、この女子をどうにかせい!」


 お狐様をがっちりと掴み、ぶんぶん振るよしこさんをどうにか引き剥がす。

 酷い目にあった……と服を整えたお狐様は、きりりとした顔になってこう言った。


「こほん。まずそこにあるのはただの玉ではない事を言っておこう。あれはカゴじゃ」

「カゴ……」

「そうじゃ。恐らく狭間の神、ムスビメノミコト様が作り上げた結界とも言ってもいいじゃろうな。それがあの中にいる人間を守っておる。生半可な力では傷ひとつ付けることはできん」

「じゃあ、どうすればいいのよ……」


 よしこさんの沈んだ声に、お狐様はそう焦るでないと笑う。


「これを壊す方法が無いわけではない。この中にいる女子を助けたいという気持ちがあれば、簡単に壊せる」

「しかし、よしこさんが叩いてもダメでしたよ?」

「そりゃそうじゃ。こやつには器がない」

「器?」

「思いはある。じゃが、神の力を受け止める器がないじゃ。このカゴは神が作り上げたもの。それを壊すには思いとは別に、それなりの器も必要なんじゃよ」

「はぁ……」


 なんだか意地悪な仕掛けだなと思う。

 よしこさん1人では壊すことはできないなんて、もしここにお狐様がいなければ分からなかった。ムスビメノミコト様というのは、性格が悪いのかもしれない。


「じゃあ、お狐様がカゴを壊してくれるんですか?」

「それは無理じゃ。この身体は分体であるし、そもそもムスビメノミコト様とわしでは格が違いすぎる」

「では、どうすれば……?」


 そう問い掛ければ、お狐様は僕を見て笑った。

 自信満々に胸を張って、尻尾をブンブン揺らしながら。


「童よ、お主が壊すのじゃ」

「ええ?!」

「お主は何故か分からんが、器がある。それくらいあればカゴを壊す事ができるじゃろう」

「でも、僕にまゆみさんに強い思いはないですよ?」

「知っておる。おい、そこの女子!」

「は、はい!」

「壊すのは童に任せるしかないが、1人では無理だと今までの話で分かったな? お主はその補助を頼みたい」

「分かりました!」

「うむ。いい返事じゃ」


 お狐様は満足そうに頷くと、カゴの壊し方を説明し始めた。

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