13. 私たちは導かれている
お社へと向かう道中、僕はきっとあの世なのだから現実では考えられないものが見れるのだろうと思っていた。
例えば鬼が出たり、それこそ亡者で溢れかえってるじゃないかと背中をゾクゾクさせていた。
けれど、僕が今見ている視界の中に、そのどれも捉える事は出来なかった。
無人の住宅街。そうとしか僕の目には映らなかった。
「ここは本当にあの世なんでしょうか?」
「ああ、そうだよ。私も驚いているけど、ここは間違いなくあの世だ。それを忘れてはいけないよ」
「はい」
僕達はコンクリートで塗り固められた道を進む。
住宅街には薄暗い霧がかかっているのに、お社の場所ははっきりと見えたのが、不思議だった。
あの世の神様だから、すごいパワーを持っているのからお社もそう見えるのかもしれない。
「……まるでここに来いって言ってるみたいですね」
「事実そうなんだろう。私たちは導かれている」
「……」
「よしこさん。大丈夫かい?」
「え、あ、はい。すみません、なんだか現実味がなくて」
「なくて当然さ。ここはあの世だからね」
「そう、ですよね。ははは…」
よしこさんの乾いた笑い声が住宅街に響く。
駅を出てからよしこさんが話す事は、ほとんどなくなった。
初めて会った時から暗い表情はしていたけど、今は考え込む様な、心ここに在らずみたいな感じだった。
大切な友人が二人も居なくなったのだから、当然かもしれないが、そんなよしこさんが心配でたまらなかった。
でも、元気付けられるような言葉は思い浮かばない。
あったとしてもその言葉はよしこさんにとって、慰めにもならないものだろう。
「着いたね」
「はい」
「……」
「よし、頑張って登ろうか」
ぐっと見上げるほどの高さの山が目の前にある。
その麓にある鳥居の前に僕達はいた。
お社はこの山のてっぺんにある。
僕達は長い石の階段に足をかけた。
時々休憩を挟みながら、階段を登る。
不思議な事にあの世に来てから、喉の渇きや身体の疲れを感じることはあまりなかった。
今なら、持久走も余裕で走れるかもしれない。
そんなことを飛鳥さんにいえば笑ってくれた。
隣いるよしこさんもくすりと笑ってくれた。
僕はそれが嬉しかった。
「ふぅ……、やっと着いたね。こくとくん、よしこさん、大丈夫かい?」
「はい! 大丈夫です」
「私は、少し、疲れ、ました……」
元気よく答える僕と、肩で息をしながら答えるよしこさん。飛鳥さんは少しだけ汗をかいていた。
僕達の前にあるすごく立派なお社。
鳥居は大きく、地面に敷かれている石畳には隙間一つない。奥にある本堂はそのすべてに圧倒される様な何かがあった。
「これがあの世の神様のお社……」
「そうだね。そしてあそこにいらっしゃるのが、その神様みたいだ」
最初はぼんやりとしたモヤの様に見えた。
それが少しずつ固まっていき、人の形をとる。
最後には袴を着た、男の人の姿になっていた。
黄金色の両目が僕達をまっすぐに見つめている。
正直、怖かった。僕は神様といえばあのお狐様しか見たことがない。だからきっとあの世の神様も同じようなものなのかなと思っていた。
全然違う。
お狐様にあんな威圧感のようなものは無かった。
むしろ僕を包んでくれるような、優しいものがあったと思う。
あの神様は正反対だ。
ギスギス、ドロドロとしていて、視界に入れるのが嫌になるような存在感。
僕は目を逸らした。
それがいけなかったのだろうか。
「……罪人が、なぜそこに立っている?」
「申し訳ありません。ですが私達は……」
「お前ではない。そこの二人よ。……自覚がないとは恐ろしい。人はここまで愚かなのか。嘆かわしい、嘆かわしいな。だから――」
神様が片手をあげると、僕とよしこさんの上に大きな黒い玉が現れた。
僕は逃げようとした。だけど、身体が動かなかった。
黒い玉が上から迫ってくる。
ゆっくりゆっくりと。
そして、僕は逃げることもできずに。
「――死を持って償わなければならぬ」
グシャリと潰された。
最後に見ることが出来たのは、あの世の神様の満面の笑顔だった。
――――――
正直、私はあの世にいるという神様に会うのには反対だった。
しかし、まゆみさんの行方を知っているのはその神様しかいない。
神というのは治めている土地の全てを知っている。
ならば、あの世に来た生者というのは嫌でも記憶に残っているはずで、まゆみさんの行方を知る大きな手掛かりになるのは分かっていた。
けれど、神というのは気まぐれで、人の言葉を聞くことなど滅多にない。
それも気難しい神様というのだから、尚更だと思っていた。
しかし、しかしだ。
とはいえ、神である。
人々の信仰によって崇め祀られているのだから、無碍にはしないだろうと考えていた。
それが今の結果だ。
両手には幼い子どもの腕と、女の腕だけが残り、それ以外の部位は黒い玉の下で潰されていた。
石畳は赤く染まり、周りには人間だったものの肉片が飛び散っている。
あの世の神は笑っている。
「罪人は生かしてはおけぬ。必ず罰せられなければならぬ。しかし、今回は慈悲をくれてやろう。二人の命だけで勘弁してやる。お前は消えろ」
「か、神といえど、この様な横暴は許されません!」
「何を言っている? 神が許しをこう存在はいない」
こてんと首を傾げるその姿に、私の中の何かが切れた。
私は石畳を踏み砕き、一瞬にして距離を詰め、神に拳を振り上げる。
しかし、全力を込めたそこ拳は易々と神に片手で止められてしまう。
「くたばれ!!」
「神を殺すか。その見に神性を宿す身で」
「あの子のためなら神だって殺してやる!」
そうだ。殺してやる。
あの子は私にとって命よりも大切なものなのだ。
暗闇から掬い上げてくれた、恩人なのだ。
そのためなら神を殺し、祟りを受けても構わない。
だが、怒りに燃える私を神は嘲笑う。
「くははは!! そうか、それほどまでに大事か……だろうな」
「――お前はあやつのために倶楽部を作ったのだからな」
私は一旦、体制を整える為に距離を取った。
「お見通しですか」
「私は神だ。貴様ら人間の心などお見通しだとも」
「なら分かるはずだ。私の本気だと言う事が」
「そうだな。だが、お前には無理だ。たしかにお前の力は私に届きえる。しかし、今のままでは無理だ。実際、貴様の使っている術は単純すぎる。有り余る力を身体能力だけに注ぎ込むなど、愚か者のすることだ」
「そうですね。しかし、貴方にはこれで十分だ」
神は私の言葉にさっきまでのヘラヘラとした表情をやめ、鋭い目つきでこちらを睨む。
「小娘め……」
「その小娘ごときに怒りを覚える神がいるとは驚きです」
「黙れ。その減らず口、砕いてくれるわ」
やっと本気になったようだ。
しかし、私に不思議と恐怖はない。
あの日のバケモノとは比べ物にならないほどの存在だというのに、わたしの身体は震えもしない。
恐らくアドレナリンが出て、脳が麻痺をしているのだろう。
それがいつまで続くかは分からないが、このチャンスを逃すつもりは、私には無かった。




