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12.ここがあの世……

電車が止まったのは、誰もいない古びた無人駅だった。

 僕達はゆっくりと電車から降りて、その駅に足を踏み入れる。

 空は分厚い雲で覆われていて目に映るもの全てが霞んで見えた。

 ここがあの世なんだとキョロキョロとしていると、電車のドアは閉まり、どこかへと消えていった。


「ここがあの世……」

「みたいだね。見た目は現実世界と変わらないけど、気を緩めてはいけないよ。よしこさんも分かってるね」

「はい。でも……」

「どうしたんだい?」

「あの人、誰ですか……?」


 よしこさんが指を刺した先を目で追うと、そこにはなんと人が立っていた。

 背筋をピンと張った、黒い軍服を着たガタイのいい男の人だ。

 その人は僕達をじっと見つめていた。

 不快な感じはしない。どちらかというと、困惑しているようだった。

 もしかしてあの人が飛鳥さんの言っていた亡者なんだろうか。そう思っていたら、飛鳥さんが僕達の手を引いてその人がいる方へと歩き出してしまった。

 僕は引っ張られるまま抵抗もできず、反対側のよしこさんもびっくりした顔で飛鳥さんを見ていた。

 きっと僕も同じ顔をしていると思う。


「すみません、貴方は?」


 近付いて来た僕らに目を見開いている軍人さんに、飛鳥さんは尋ねた。

 でも軍人さんはその質問に困った顔をした。

 

「私は……。なんだったかな?」

「へ?」

「はははっ。すまない、気付いたらここにいてね。それに記憶もあやふやなんだよ。だから、何者かと言われると、困ってしまうな……」


 ほんとうにごめんねと困った顔をする軍人さん。詳しく聞けば名前も覚えておらず、どうやってここに来たかも覚えていないらしい。

 不思議と腹も減らないし、行くあてもないのでずっとこの駅で立っているとの事だった。

 ふと軍人さんは僕達の顔を見回して、ニヤリと笑った。


「ははーん。君達も死者に会いに来たのかな。向こうの世界で噂になっているんでしょう? 最近は多いなぁ、実はねつい先日も来たんだよ。あー、そうそう君と同じ制服を着ていたよ」


 軍人さんはよしこさんを指差す。

 よしこさんと同じ制服で、先日やって来た。これで思い浮かぶのは、僕達の探し人。まゆみさんだ。

 軍人さんの言葉を聞いたよしこさんが、くわっと身を乗り出す。

 

「本当ですか!? その同じ制服の子は今どこに!」

「わ、びっくりした。元気だね、ははは」

「よしこさん、よさないか。申し訳ない……」

「いやいや、大丈夫だよ。気にしないで」


 軍人さんは軽く両手を振って、はははと笑う。

 なんだか僕の持つ軍人さんのイメージとは違って、気さくな人のようだった。

 それにしてもやはりよしこさんと同じ制服の人というのは、もしかしなくてもまゆみさんの事だろう。

 飛鳥さんもそう思ったようで、軍人さんに頭を下げなら口を開いた。


「もし良ければ教えてくださいませんか。彼女がどこへ行ったのか。私達はその方を連れ戻しに来たんです」

「頭を上げておくれよ……。うーん、正直私も知らないんだ。何かを見つけたように走り出して、消えてしまったからね。ごめんね」

「そうですか……」


 手がかりが手に入るという期待が大きかったのか、飛鳥さんの声のトーンが落ちてしまう。

 その姿に軍人さんは慌てた様子で、うーんと何度も唸り、しばらくして何かを思い出したような顔をして、ぽんと手を叩いた。

 

「あ、そうだ。あっこに社が見えるかい? ほら、指の先にある山の中にある。そこに行ったら何かわかるかもしれないよ」

「立派なおやしろですね……」

「だろう。なんたって神様がいるからね」


 軍人さんは自慢げにそう言った。

 それに対して飛鳥さんはなんだか不安そうだった。

 神様と聞いて思い浮かぶのは、文世さんの呪いを本当の意味で消し去った、お狐様だ。

 そんな神様に会いに行けば、確かに何か分かるかもしれない。

 そう思うのに、飛鳥さんは顔は優れない。


「……私たちの言葉を聞いてくれるような神様なんですか?」

「聞いてくれないね、たぶん。気難しい神様だから」

「それじゃあ――」

「でも、気に入られれば絶対に教えてくれるはずだよ」


 軍人さんの言葉に飛鳥さんは顎に手を当てる。

 僕は悩む事はないんじゃないかと、質問した。


「神様なんでしょう? 行くべきだと僕は思いますが」

「……こくとくん。君が思い浮かべているのは、あのお狐様だろう?」

「はい」

「そうだろうね。でも、今回会おうとしてる神様はお狐様とは別格だ。言葉通り、格が違う。それにお狐様は人に寄り添う神様だったが、お社にいるのはこの冥界の神様だ。人の味方ではない可能性がある。事実、かの神を信仰しているのは生者ではなく亡者だろうからね」


 亡くなった人の神様。

 そんな神様もいるということに、僕は驚いた。

 もう亡くなっていると思う軍人さんが気難しいというんだから、生きている僕達に対してどんな対応をするのか、確かに分からない。


「飛鳥さん、どうしますか?」

「行くしか無いだろうね。手がかりがその神様にしかなさそうだ。……ありがとうございました」

「いやいや、いいんだよ。久しぶりに人と話すことができて楽しかったからね。じゃあね」


 僕達は明るく笑う軍人さんに手を振りかえして、神様がいるという山に向かう事になった。

 よしこさんは何とか落ち着いたようで、最後には軍人さんに頭を下げて謝っていた。

 でも、なんでだろう。そんなよしこさんの姿が一瞬ブレたような気がしたんだ。

 視界にノイズが走ったような感覚。

 きっと気のせいかもしれないけれど、なんだかそれがとても不快に感じた。

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