11.貴方も倶楽部の一員なのですから
あれから少しだけ歩いてたどり着いたのは、周りを田んぼに囲まれた大きなお屋敷だった。
文世さんのお家も大きかったけど、このお屋敷はその倍はありそうだ。自然と口が開いてしまう。
ちょっとだけ緊張しながらインターホンを鳴らすと、木の門がゆっくりと開いて、メイド姿の愛さんが僕を出迎えてくれた。
今日も髪が綺麗にセットされている。
「ようこそおいで下さいました、こくと様」
「はい、お久しぶりです藍さん」
「お久しぶりです。奥でお嬢様がお待ちですよ」
愛さんを先頭に中を僕は歩く。
庭には色んな植物が植えられていて、池もあった。
その池の中には、色鮮やかな鯉が泳いでいる。
まるで別世界だ。
そしてお屋敷の中はもっと凄かった。
広くて天井も高くて、廊下がかけっこが出来そうなくらい長い。
そんな感想を抱く僕に優しい笑みを浮かべながら、愛さんはスタスタと歩いていく。
そして、お屋敷の奥の奥にその部屋はあった。
ドアの横には木の板が立てかけられていて、書道家の人みたいな達筆な文字で、超常現象解決倶楽部と大きく書かれていた。
「どうぞ中へ」
そう愛さんに促されてドアノブを捻ろうとすると、中から話し声が聞こえた。
この声は飛鳥さんとあと一人はたぶん女の人だと思う。
「お客さんが来てるんですか?」
「ええ、ですがこくと様はお気になさらず。貴方も倶楽部の一員なのですから」
そうだけど……、知らない人がいる部屋というのはなんだか入りにくい。でも、あれだけ立派なお屋敷だし倶楽部の部屋として使ってるここはどんな感じなんだろうかと、興味を引かれるのは仕方ないと思うんだ。
僕は興味の赴くままにドアノブを捻った。
「おや、こくとくんじゃないか。約束通り来てくれたんだね」
「はい。約束は守るものだと教わったので」
部屋の中には飛鳥さん、そして女子高生が一人。
帰宅途中ですれ違った女の人達と、同じ制服を着ているからあの人たちと同じ学校なのだろう。
その人は飛鳥さんの対面のソファに座っていて、俯きながら肩を揺らしていた。
泣いている。
これは部屋を見るどころの話ではないのかもしれない。
それが正解だと言うように、飛鳥さんが少し焦った声で、僕に声をかけてきた。
「来て早々すまない。早速なんだが倶楽部活動開始だ」
「え?」
「詳しい話は道中で話そう。愛、車の準備を」
「はい、かしこまりました」
あまりにも急展開すぎて、脳がびっくりしたのか気付けば僕は車の後部座席に乗っていた。隣にはさっきの女子高生がいる。
僕は焦った。これでは家に帰るのが遅くなってしまう。
お姉ちゃんを心配させてしまう。
それだけは絶対に嫌だった。
「飛鳥さん! 下ろしてください! もうすぐお姉ちゃんが帰ってくるんです! 僕がいなかったら心配させてしまいます!」
「それは大丈夫だよ。実は愛の他にもメイドが一人いてね、彼女に君のお姉さんの事をお願いしてるんだ。きっと心配をかけることにはならないはずさ」
「でも……」
「私には君がいないと駄目なんだ。それに、報酬も弾むよ?」
その言葉にごくりと唾を飲み込んだ。
報酬、それはとても魅力的な言葉だ。
文世さんの呪いの件で、僕はびっくりするぐらいの成功報酬を飛鳥さんから貰っていた。今は飛鳥さんが作ってくれた専用の銀行口座に入ってるけど、僕はその通帳を中身を見るのが最近の楽しみ一つだった。
だって、それだけあればお姉ちゃんに楽をさせてあげられるから。
そして、今回も報酬が出るというのは正直嬉しい。
だってお金はあって困るものじゃない。
僕は少しして頷いた。
「分かり、ました……」
「うむ、よろしい。では、今回の依頼を説明しようか。こくとくんはあの世行き電車の噂は知ってるかな?」
最初はピンと来なかったけど、ちょっとして気付いた。
その噂は今日の帰り道に、すれ違った女子高生たちが話していた噂話だ。
「はい」
「なら、話は早い。君の隣にいる依頼主、よしこさんの友人があの世行き電車に乗って消えてしまった。今回の依頼は彼女の友人を連れ戻しに行くというものだ」
「……よろしく、お願いします」
隣にいる女子高生、よしこさんは僕に頭を下げる。
僕も慌てて頭を下げた。年上の人にそんな事をされるとヒヤヒヤしてしまう。
「よしこさん、まず先に言っておくよ。君の友人を取り戻せる可能性は限りなく低い。それでも私たちに依頼するんだね?」
「それは……、分かっています。でも私、諦めきれないんです。どうかお願いします」
「分かった」
よしこさんはスカートを握りしめながら、顔を伏せる。
きっとその表情を誰にも見せない為にそうしたんだと思うけど、僕にははっきりと見えていた。
不安、恐怖、絶望、それがごちゃ混ぜになったような顔。それだけようこさんにとって、その友達は大切な人なんだろう。
「お嬢様、到着いたしました」
「ありがとう、愛。さあ、行こうか二人とも」
しばらくして僕達は駅に着いた。
僕には馴染み深いお姉ちゃんが会社に行く時につかっている駅だった。
帰宅時間なのもあって、駅にはたくさんの人がいる。
今回、愛さんは来ないらしい。
すこし寂しかったけど、飛鳥さんが愛さんには今回の件とは別に重要な任務を頼んでいるらしい。
ちなみにどんな任務かは教えてくれなかった。
「よしこさん、ちゃんとアレは持ってきているね?」
「はい、もちろんです」
「あのー、アレってなんですか?」
ハテナマークを出す僕に飛鳥さんは説明してくれる。
「あの世行きの電車に乗るには条件があるんだ。それは会いたい故人が、生前大切にしていたものを持っていること」
「大切にしていたもの……」
「あとはその故人に会いたいという強い気持ちがあればいい。今回の場合は、それが無くてもあの世行き電車は現れるだろうけどね」
「どうしてですか?」
「縁が出来ているからさ。よしこさんと電車の間にね」
そう飛鳥さんが言い終わるやいなや、それは起こった。
僕達は確かに駅にいた。けれど、より正確にいえば駅前の広場にいたんだ。
そのはずなのに僕達は今、誰もいない駅のホームに立っていた。
「ほらね」
あまりにも不思議な出来事にぽかーん口を開ける事しかできない。
非科学的で非現実的。
飛鳥さんと出会ってから、そんな事ばかりだ。
カタンコトン。
線路の奥から電車の音がする。
飛鳥さんが革の手袋をはめて、僕の手をぎゅっと握った。反対側の手にはよこしさんの手を握っている。
「二人とも電車に乗っている間、私の手を絶対に離してはいけないよ」
「もし離したら……?」
「魂を持っていかれるだろうね。亡者にとって私たちの持つ生者のエネルギーはご馳走だから」
僕とよしこさんは飛鳥さんの言葉にこくこくと頷いた。
キキッーって音がして、駅に着いた電車のドアが開く。
飛鳥さんに手を引かれ、僕達は電車へと足を踏み入れた。
誰もいない……?
車内はガラリとしていた。
飛鳥さんが言っていた亡者の姿もない。
目につくものといえば、様々な広告だけ。
それも昭和を特集したテレビ番組で見た、懐かしいアイドルや俳優の広告があったり、最近の有名人のポスターまで貼ってある。
なんだかチグハグな感じだった。
僕達は仲良く椅子に腰掛ける。それを待っていたかの様に、電車は走り出した。
飛鳥さんの僕の手を握る手の力が強くなる。
「……これから目にするものは信じられないものばかりだろう。正直、あの世がどんなものか私も想像がつかない。なにせ行った事がないからね。でも、どんな事があっても気を強く持つんだ。そうすれば必ず私たちは帰って来れる。いいね?」
「はい!」
「わ、分かりました」
正直、気を強くもつってどうすればいいのか分からなかった。
そんな僕の心をのぞいたみたいに、飛鳥さんはアドバイスをしてくれた。
帰ったら何をしたいのか、考えておけばいいと。
それがきっと道標になってくれるから。
そう考えると分かりやすい。
帰ってお姉ちゃんと晩御飯を食べる。
それだけで元気とやる気が湧いてくるのを感じる。
でも、気になるの事が一つだけあった。
僕は飛鳥さんを挟んで向こう側にいるよしこさんを見ると、やっぱりずっと下を見ていた。
そんなよしこさんが、帰って何かをしたいという気持ちがある感じには見えない。
僕達は走る電車中、ずっと無言で目的地であるあの世につくまでの時間を過ごすことになった。




