ヴァンパイアに出会いました
20:00頃、東京
日本は3月後半で、まだ少し寒い。数年前から殺し屋をしている僕は、殺す時に便利だからという理由でいつも何枚か着ているので寒くはない。殺し屋は、もちろんバレてはいけないものや事を沢山持ち合わせている為、多少の変装をしている。でも映画のように大袈裟な変装はしない。現在の見た目はただの仕事帰りのサラリーマンのような感じだ。今日はすぐ任務が終わったから久々に早く帰って沢山寝たいと思っている。
気配を消して出来るだけ人目につかない道を選んで歩く。これは殺しの際にやる事なのだがもはや癖になってきていて、プライベートでも人がいない道だけを歩いていたら同僚に逆に怪しいからやめろと言われた事がある。今日は、僕の顔を見た奴らは全て殺しているからわざわざ狭い道を行く必要も無いのだが、無意識に来てしまったのだから仕方がない。でも今回は、知らない土地ということもあり、いかにも危ない人達が集まっていそうな裏路地まで来てしまった。幸いにもまだ暗くなりきっていないから、誰もいないようだった。早くこの薄気味悪い場所から抜け出したくて少し早足になる。
気味の悪い裏路地からそこそこ離れた頃、人の気配を感じた。殺気やヤンキー特有の気配のようなものは感じないからさっきの場所から追われてきたという訳ではなさそうだが、一応出来れば気配の正体がただの一般人であって欲しいと願っておく。取りあえず気配の正体の様子を見るべく気配を消して、裏に回り込む。そして徐々に距離を詰める。半径3m内に入り込んだ時、いきなりターゲットの気配が変わった。何かを狙っているような気配だ。僕はしっかり気配を消して音を立てないように動いていたはずだったのだが、まさか気づかれてしまったのだろうか。相手は僕よりもずっと上なのかもしれない。まだ気づかれたと決ったわけじゃないが、何があってもいいようにとりあえず袖の中に隠していた武器を構える。そして、さっきよりも慎重に気配を消して、ターゲットを観察する。見ればそこには、高校生くらいの青年が座りこんでいた。体調が悪いのか、苦しそうに肩で息をしながら俯いている。何かを狙っているような気配はもう感じなかったから、気の所為だったということにして武器をしまい、興味本位で彼に近づいてみる。
彼との距離が1.5mほどになっても、呼吸の音で足音が聞こえないのか彼はこちらに気づいていなさそうだった。
「大丈夫?」
と声をかけてみる。目の前の彼は苦しそうに呼吸を繰り返すばかりで、返事をしてくれそうにはないが、その中でも頑張って僕のことを見上げようとしてくれているのはわかる。警戒されないようにしゃがんで目線を合わせる。これも殺しで身につけた技術だ。相手や周りの人に警戒されては殺しにくいから、安心させて信頼を得るところから始めるのだ。しゃがんだことでさっきよりも距離が近くなり、再び俯いてしまった彼の顔もよく見えるようになった。彼はとても整った顔立ちをしていて、ギリギリ女の子に見えなくもないようなかわいらしい顔をしていた。そして、全体的にとても細かった。身長は高校生男子の平均より少し低いくらいだろうか。そんなに細くてちゃんとその身長を支える事が出来るのか、と思うくらいには細い。そして彼はすごく色白だった。白くて綺麗な肌、というよりかは何年も太陽に当たっていないのではないかというくらいに白く、少し病的に見えるほどだ。近くで見てみるとそれがよくわかる。
そんなことを考えていると、彼の気配がパッと変わった。さっきと同じで、まるで別人になったようだ。彼は獲物を狙っているような眼をしてこちらを睨んでいたが、次の瞬間ものすごい速さで腕を掴まれた。武器を取り出そうにも彼の動きが早すぎて間に合わなかった。噛まれる、と思った時には、彼はピタッと動きを止めて涙目でこちらを見上げていた。そして震えながら
「…ごめんなさい」
と言うのだった。