第1章 転生と夢と現実
異世界モノが好きな主人公。特に可愛い奴隷とイチャイチャする系が好きだった。
そしてある日、子供を助けて代わりに跳ねられ異世界転生する。
それは主人公が望んだ世界で、妄想を現実にしようとするが、ある日それが想像とは別の方向で砕かれた…。
前世の記憶
佐久間透は、どこにでもいる普通の高校生だった。勉強はそこそこ、運動も並み。特に秀でた才能があるわけでもない、ごく普通の男子。だが、一つだけ――少しばかり性欲が高かった。
特に異世界ハーレムものの小説やゲームが好きで、「もし俺が異世界に転生したら、奴隷の美少女たちに囲まれて……」なんて妄想を膨らませることも少なくなかった。もちろん、現実ではそんなことが許されるはずもないが、異世界なら話は別だ。
しかし、そんな妄想を抱いていた透は、ある日突然その人生を終えることになる。
ある日、何の変哲もない帰り道。気まぐれのように視線を向けた先で、小さな子供が車道へ飛び出していた。そして、向こうからは中型トラック。死角かなんかで見えてないのだろう、スピードを下げる気配がない。その間の思考、実に2秒ほどだが、その時思ってしまった。
――あ、やばい。
気づいた時は体が勝手に動いていた。子供を突き飛ばし、代わりに車にはねられる。全く馬鹿な話だ。他人を助けるのに自分が死んだら意味が無いじゃないか…。しかも見ず知らずの他人なんかのために。そんな在り来りなことを思いながら、考えるのをやめた。
そして次に意識が戻ったとき、透は全く別の世界に転生していた。
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転生――シュウとしての新たな人生
気づけば、俺は幼い体になっていた。
最初は何もわからなかった。ただ、暖炉の火がゆらめく部屋で、木造のベッドに寝かされていたことだけは覚えている。
この世界の名は「ルフェナ」。魔法が存在し、貴族と平民の身分制度が厳然と敷かれた世界。俺はそんな世界の孤児院で育てられた。
この体の名前はシュウ。性はない。物心ついたときから孤児院で育ち、親の顔は知らない。最初は不思議だったが、孤児院での生活は悪くなかった。むしろ、俺にとっては普通の日常だった。
何も不自由なく過ごしていた。ご飯はそこそこ美味しいし、おもちゃなんかを強請ったらしぶしぶ与えてくれる。正直、孤児院の世界だけで完結していた。逆に言えば、外の世界を何も知らず、知ろうともしなかったのだが。
時々、経験したことの無い記憶が急に蘇ることがあった。それは俺じゃない誰かが経験した記憶。だが、それが前世の記憶であり、完全に蘇ったのは、シュウとして10歳を迎えた頃だった。
――俺、転生したんだ。
その事実に気づいたとき、俺は興奮した。俺が何度も読んだ小説に出てくる異世界転生だ。憧れていた展開が今、現実になっている。今思えば、なにか特別なことがあった人生なんかじゃなく、ただ生きていただけの虚しい人生だった。だったら俺は、この世界で好きなように生きるべきだ。
異世界でやるべきことと言ったらハーレムだ。奴隷制度があるなら、それで契約なんかして、可愛い女の子を集めて、俺だけのハーレムを作る。そんな軽い気持ちで、俺は夢を抱いていた。
そう――あの日までは。
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エレナという存在
エレナとは、物心ついた頃からの友達だった。
俺より少しだけお姉さんで、いつも前に立って俺を引っ張ってくれる子。元気で明るく、愛嬌に溢れ、孤児院の誰からも好かれていた。
ときどき蘇る前世の記憶について話しても、他人は気持ち悪がるのだが、彼女は笑って信じてくれた。「シュウは面白いね!」と、無邪気に笑うその笑顔が好きだった。当然好きにならないはずがなかった。
孤児院の中で、エレナは俺にとって特別な存在だった。
いつか、エレナを俺のものにする。俺が作るハーレムの中には彼女がいないとダメだ!
そんな楽観的なことを夢に見ていた。
15歳のあの日が来るまでは…
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神父の言葉
「ねぇ、孤児院やるのって辛くねぇの?」
ある日、俺は神父に尋ねたことがある。
神父は優しく微笑みながら言った。
「あぁ、確かに辛い時もあるよ。みんなを守るために、ひとりが頑張らなきゃいけない時がある。でも、皆の笑顔を見れるから大丈夫だよ。シュウは優しい子だな。」
「だろぉ!」
このとき、“ひとりが頑張らなきゃいけない”の‘ひとり’が誰を指しているのか、当時は神父のことだと思った。その時、俺はそれ以上深く考えることをしなかった。
――だが、あの時神父が言った本当の意味を知るのは数年後のことだった。
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十五歳の別れ
十五歳のとき、俺の人生は大きく変わった。
その日、俺は中流貴族の家に引き取られることになった。俺の魔力の才能が認められたのだ。その家は魔法使いの名門で、俺を養子にして一族の秘匿魔法を継がせるつもりだった。
俺は舞い上がった。貴族の一員になる。魔法を学べる。異世界転生した意味を最大限に活かせる。これで俺の夢も叶いやすくなる。
……だが、それと同時に、エレナも孤児院を出ることになった。
ただし、俺とは違う形で。
エレナは、富裕層のトップにいる男に「買われた」のだ。
孤児院の運営資金を稼ぐために。家族としてではなく、「奴隷」として。
俺は冗談だと思った。
エレナが奴隷になる? あの元気で明るく、みんなに愛されていた彼女が?
――そんなの、ありえない。
でも、それがこの世界の現実だった。
エレナが俺に対して最後まで叫んでいたのを覚えている。だが、その声を、その手を当時の俺は無視した。ただ怖かった…それだけで。
俺はその瞬間、前世で抱いていた奴隷制度への憧れが崩れ去るのを感じた。
異世界の奴隷制度。俺はそれを、「都合のいいもの」だとしか考えていなかった。俺のような転生者が、好き勝手に使える便利なシステム。そう思っていた。
だが、違った。
これは、現実だった。
現実は残酷で、そこに一切の恋愛感情や優しさはなく、人としての扱いではなく‘’道具’’としての取引が行われていた。
いつもの優しい神父はどこにも居なくて、そこに居たのは泣き叫ぶエレナに1度も視線を送ることなく、淡々と汚い大人達と金銭のやり取りをする‘’汚い大人’’がいた。
そしてやっとわかった。
あの時神父が言っていた‘’頑張らなきゃいけない人’’
それは奴隷のことだった。
俺は、この世界で「奴隷」として売られていくエレナを、見送ることしかできなかった。
ただただ、無力だった。
胸が痛い。苦しい、エレナが最後まで俺の名を呼ぶ、その声が耳から離れない。
――俺は、変わらなければならない。
その日、俺は初めて本気でそう思った。
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魔法の才能と覚悟
俺を引き取った貴族の家は、この世界では珍しく、元々身分よりも才能を重視する家柄だった。
俺の魔力量と魔力操作の才能に気づいた義両親は、俺に魔法の基礎から派生、原理までを徹底的に叩き込んだ。結果として、俺は異常なスピードで魔法を吸収し、習得していった。
膨大な授業量と読み終えても無くならない魔法書の数々。実践訓練では毎日足腰が崩れ立たなくなるまで地獄の指導が続いた。だが、辛く、苦しいと感じたことは1度もなかった。あの日感じた、胸の痛みの方がよっぽど辛かったから…。
――俺には力が必要だ。
エレナを救うために。
俺は、夢想のためではなく、目的のために魔法を学ぶことを決意した。
そして三年後、俺は最強の武器を手に入れることになる――秘匿魔法《感受変換》と共に。