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命の値段(後編)


アルバートは絵を抱え、領主の館にたどり着いた。その豪華な門の前に立つ門番たちを見上げ、喉の奥から勇気を絞り出した声で叫んだ。


「お願いします! この絵を領主様にお見せしたいんです!」


門番たちはアルバートの必死の訴えを冷ややかに見下ろした。一人が面倒くさそうに腕を組み、短く言い放つ。


「領主様はお忙しい。無理だ。」


「でも、領主様は優れた絵には興味を示されると聞きました! この絵には思いを込めました。どうか見ていただきたいんです!」


それでも門番たちは取り合わなかった。さらに、門番たちは奴隷商人から金を受け取っているようで、アルバートを完全に無視しようとしていた。アルバートは失意に沈みかけたが、絵を握りしめながら決して諦めることはしなかった。


そんなアルバートの姿を見ていたスラム街の住人たちが、少しずつ彼の周りに集まり始めた。彼らも、奴隷商人の非道な行いには内心で怒りを抱えていたのだ。そして、アルバートの真剣な訴えを見て、その決意に心を打たれた住人たちは次々に声を上げた。


「少年がこんなに必死なんだ、領主様に話くらいさせてやれ!」


「絵を見せるだけならいいだろう!」


その声が波のように広がり、やがて館の周囲には大勢の人々が集まって大きな騒ぎとなった。その騒ぎを聞きつけた領主が、重厚な扉の向こうから現れた。威厳ある佇まいで人々の前に姿を現した領主は、アルバートの前に立ち、静かに彼を見下ろした。


「これは何事だ? 子供一人にこれだけの騒ぎを起こさせるとは。」


アルバートは緊張しながらも、震える手で絵を差し出した。


「領主様、どうかこの絵をご覧ください。この絵には、僕のすべての思いが詰まっています。」


領主は、アルバートに目を向け、やや険しい表情を浮かべた。


「では聞こう、少年。その絵を描くことで、お前は何を伝えたいのだ?」


アルバートは一瞬息を飲み、その厳しい問いに答えるべき言葉を懸命に探した。絵を描いていた時に胸の内で感じていたものが、再び熱く蘇る。震える手で絵を指し示しながら、彼は絞り出すように語り始めた。


「この絵は……彼女、リーゼを描いたものです。でも、それだけじゃない。この絵には、彼女がどれだけ輝く存在なのかを表したかったんです。」


領主は少し目を細め、問いを続けた。


「輝く存在……? だが、絵に描かれているのはみすぼらしい少女だ。目に見えるものはそれが全てではないのか?」


その言葉に、アルバートは顔を上げた。涙をためながらも、揺るぎない瞳で領主を見つめる。


「確かに、彼女は傷ついて、ボロボロで……でも僕には違って見えました! 彼女がどれだけ必死に生きているのか、どんなに強い心を持っているのか……それが、僕には光のように見えたんです。この絵を見れば、それがきっと伝わると思いました。」


領主は腕を組み、静かに絵を見つめ直す。その目には、ただの技術ではなく、絵に込められた思いを探るような深い考えが宿っていた。


「……だが少年、その光は絵を見ただけで、誰しもが理解できるものではない。お前の思いが伝わる保証はないぞ。それでも、この絵に全てを懸けるつもりか?」


アルバートは一歩前に出た。


「はい! 誰にも伝わらなくても構いません。でも……誰か一人でも、この絵を見て気づいてくれたら、それだけでいいんです!」


領主は驚いたように眉を上げた。そして、再び絵に視線を落とす。静寂が場を包む中、彼はついに頷いた。


「……お前の熱意、しかと受け取った。この絵に宿る思い、私が確かめさせてもらおう。」


領主の言葉に、アルバートは深く息をつき、その場で腰を折って頭を下げた。


領主はアルバートの差し出す絵に目を留めた。紙に描かれたのは、悲しみだけでなく、内に秘めた強さや希望がにじみ出ている。


「ふむ……。気持ちはよく伝わるが、技術としては幼稚で、まだまだ未熟だな。しかし……」


領主は一瞬言葉を切り、再び絵に目を落とした。


「この絵からは確かに熱い思いが伝わる。描いた者の真剣さが表れている。よかろう、話を聞こう。」


アルバートは領主の言葉に胸を熱くしながら、これまでの経緯を訴えた。スラムで出会ったリーゼが奴隷商人によって虐げられていること、そしてその奴隷商人がこの町で違法な行いをしていること。領主はその話に眉をひそめ、奴隷商人を呼び出すよう命じた。


やがて現れた奴隷商人は、強引に話をはぐらかそうとしたが、その時――。


「待って!」


誰かの叫び声が響き、群衆をかき分けてリーゼが姿を現した。彼女の服は引き裂かれ、体は傷だらけだったが、その目には確かな決意が宿っていた。アルバートに駆け寄ると、リーゼはその細い腕で彼にしがみついた。


「あなたの目には、私がこんなふうに見えていたのね……。」


リーゼの声は震えていたが、同時に強く心を打つものがあった。領主はぼろぼろの彼女の姿を見てすべてを悟った。


「このような行為を、私の町で許していたとは……。」


領主は即座に奴隷商人を断罪し、その場で処罰を命じた。奴隷商人が連行される姿を見届けると、領主はリーゼに近づき、申し訳なさそうに告げた。


「お詫びとして、今後の生活費を支給しよう。二度と不自由な思いをしないようにしてほしい。」


だが、リーゼはその申し出に首を振った。


「領主様、そのお気持ちはありがたいです。でも、ここで私がそのお金を受け取るということは、あなたも人に値段をつける奴隷商人と変わらないということになります。」


その言葉に領主は驚き、そして深く考え込んだ。


「私が望むのは、人の価値に金額をつけない世の中です。この絵がその象徴となることを願います。」


リーゼはアルバートが描いた絵にそっと触れ、頭を下げた。領主はその言葉に感銘を受け、彼女の願いを尊重することを約束した。そして絵は町の広場に展示され、未来への希望を示すものとして語り継がれることとなる。


スラム街に戻ったアルバートは、リーゼを守れたことに安堵し、初めて自分が人を救えたという実感に涙を流した。その背中に、リーゼがそっと抱きつく。



「私の輝きは、あなたのもとでより強く輝くと思います。だから、私はあなたについていきます。これが私にとって、初めての意思です。」



アルバートはその言葉を胸に刻み、また視界が白くなっていった。


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