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いのちの値段(前編)


灰色の空の下、アルバートはスラム街の路地裏に迷い込んでいた。崩れかけた建物、そこかしこに散らばるゴミ、そして住民たちの荒んだ目つき。ここはアルバートが知るどの世界よりも厳しい現実を抱えた場所だった。彼の心臓は早鐘を打ち、胸がざわざわと落ち着かない。


「ここは……どこだろう。」


扉を開けた先に広がっていたのは、この悲惨なスラム街だった。だが、いつものように誰かを助けるためにここに来たのだと、彼の直感が告げていた。周囲の冷たい視線を感じながら、彼は慎重に歩みを進めた。


「そちらは危険です。」


突然、落ち着いた声が背後から聞こえた。振り向くと、ボロボロの服をまとった少女が立っていた。顔は痩せ細り、片方の目には布切れが巻かれている。だが、残った片目にはかすかな光が宿っていた。


「あなたは?」


「リーゼと申します。ここはあなたのような方が来る場所ではありません。お戻りになった方がよろしいですよ。」


そう言いながら、リーゼは静かに歩き出した。アルバートが戸惑いながらもついて行くと、彼女は振り返らずにこう言った。


「安全な場所にお連れしますので、どうか私についてきてください。」


リーゼに案内されるまま、アルバートは狭い路地をいくつも曲がった。途中、子どもたちが飢えた目をして座り込み、大人たちは無関心に通り過ぎていく。どこを見ても絶望が漂っていた。


「ここに住む人たちはどうしてこんなに……?」


アルバートが思わず問いかけると、リーゼは静かに息を吐き、答えた。


「理由を考えても仕方ありません。この場所では、生き延びることだけが唯一の目的です。」


やがて二人は古びた倉庫のような建物にたどり着いた。リーゼがドアを開け、中に入ると、アルバートも続いた。中はほとんど空っぽで、床にはいくつかの毛布が散らばっている。


「ここであれば、少しは安全かと思います。」


アルバートは感謝の言葉を口にしたが、リーゼの表情は硬いままだった。彼女の目にはどこか諦めの色が浮かんでいる。


「君はここでどうやって生きているんだ?」


アルバートが尋ねると、リーゼは小さく首を振った。


「生きているだけで十分です。意味など考える余裕はありません。」


彼女の言葉にアルバートは胸が締め付けられる思いだった。彼女はまだ子どもなのに、生きることすら放棄しようとしている。その背後には、きっと彼女の過酷な過去があるのだろう。


「どうして片目を隠しているの?」


アルバートが慎重に尋ねると、リーゼはしばらく沈黙した後、穏やかに答えた。


「生まれつき片目が見えなかったのです。それが理由で、両親に売られました。奴隷として……。」


その言葉を聞いた瞬間、アルバートの背筋に冷たいものが走った。自分の親に売られる――それがどれほど残酷なことか、想像もつかない。


「奴隷として……?」


リーゼは小さく頷き、続けた。


「私を買った奴隷商人は、私を役立たずだと言って虐待しました。何もできないまま、ただ殴られ、捨てられました。」


その声には怒りも悲しみもなかった。ただの諦めだけがそこにあった。アルバートは拳を握りしめた。自分が不幸だと思っていたが、彼女の話を聞いていると、自分の境遇など些細なものだと思えてくる。


「リーゼ、君には……まだ希望があるよ。」

そう言おうとしたが、彼女の目を見て言葉を飲み込んだ。今の彼女にとって、希望など無意味なものに違いない。


その時、外から荒々しい声が聞こえてきた。


「リーゼ!隠れてるのは分かってるぞ!」


ドアが乱暴に開け放たれ、筋骨隆々の男が中に踏み込んできた。奴隷商人だ。彼の目は血走り、怒りに燃えていた。


「見つけたぞ、役立たずが!」


リーゼは怯えた様子を見せず、冷静に立ち上がった。


「ご用は何でしょうか。私はもう捨てられたはずです。」


奴隷商人は笑みを浮かべ、彼女の腕を乱暴に掴んだ。


「お前みたいな奴でも、売る場所が見つかったんだ。さあ、来い!」


「やめろ!」


アルバートが叫び、奴隷商人の前に立ちはだかった。だが、男は鼻で笑い、アルバートを軽く突き飛ばした。


「ガキが出しゃばるな!」


リーゼは何も言わずに連れ去られようとしていた。彼女の目には諦めの色しかなかった。それを見たアルバートは心が引き裂かれるような思いだった。


「リーゼ!」


アルバートは必死に手を伸ばしたが、奴隷商人は彼を無視して去っていった。

倉庫の中に残されたアルバートは、ただ呆然と立ち尽くしていた。だが、次第に彼の中に熱い思いが込み上げてきた。リーゼのような人を助けるために、自分には何ができるのか。


「僕にだって、できることがあるはずだ。」


彼は自分の過去を思い出した。ユメセカイで出会った人々――エドワードの孤独な芸術、ミレイアの痛み、ルーミィの勇気。それぞれの経験が、彼の心に新たな力を与えていた。


「今度は僕が誰かの力になる番だ。」


アルバートは震える手を握りしめ、自分の中に芽生えた使命感を抱きしめた。リーゼを見捨てるわけにはいかない。彼女に生きる意味を見つけてもらうためにも、行動を起こさなければならない。

彼女の過去がどれほど辛いものであっても、それを乗り越える道を共に探すことはできる。自分には力がないと思っていたが、今は違う。たとえ小さな一歩でも、誰かのために踏み出す勇気を持つことができる。



「待ってて、リーゼ。僕が必ず助ける。」



そう誓ったアルバートの目には、これまでにない決意が宿っていた。そして彼は、再び扉を開く勇気を胸に秘め、リーゼを救う方法を探し始めた。



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