目覚めの朝
アルバートはふと目を覚ました。聞き慣れた鳥のさえずりが窓の外から聞こえ、部屋の隅に差し込む朝日が、彼を柔らかく包んでいた。天井を見上げると、いつもと変わらない部屋の景色が目に入る。だが、胸の奥には妙な感覚が残っていた。
「あれは、夢だったのか?」
彼は静かに呟いた。体を起こし、薄暗い部屋の中を見回す。確かに、いつも通りの部屋だ。だが、昨晩の記憶はあまりにも鮮明で、夢と割り切るにはどこか現実味がありすぎた。芸術のない灰色の世界、燃えるような砂漠、そしてミレイアのまっすぐな瞳。どれもが彼の心に焼き付いていた。
立ち上がり、窓の外を見つめると、明るい陽光の中で人々が忙しそうに通りを行き交う姿があった。いつもの日常だ。だが、アルバートはそれをどこか他人事のように感じた。心の中には、夢で見た光景が今も鮮烈に残っており、何か大切なことを託されたような気がしてならなかった。
朝食を済ませ、いつも通り学校に向かうアルバート。クラスメートたちの賑やかな声や先生の叱責も、今の彼にはどこか遠い音のように感じられる。彼は無意識のうちに、自分の中で何かが変わったことを理解していた。
美術の時間になった。アルバートは教室の隅の席に座り、机の上に置かれたスケッチブックを開く。そこには以前描いた絵がそのまま残っていた。荒廃した風景を描こうとしたが、どこか中途半端で投げ出されたような絵だった。
彼はその絵をじっと見つめる。夢の中で出会った芸術家の言葉が頭をよぎる。
「評価されるかどうかなんて関係ない。大切なのは、自分が信じるものを描くことだ。」
筆を持つ手が震えた。以前の彼なら、どうせ描いても誰にも認められないという思いが先に立ち、筆を置いていたかもしれない。だが、今の彼は違った。夢での経験が、彼の中に小さな変化をもたらしていた。
アルバートはそっと筆を取り、新しい色を足し始めた。空には鮮やかな赤とオレンジを重ね、太陽が沈む瞬間の輝きを表現する。地面には、砂漠の金色を塗り重ね、遠くにはわずかに見える緑の草木を描いた。彼の心の中で浮かんだ光景—それは、夢の中で見た世界の断片が形となって現れたものだった。
「アルバート、随分と雰囲気が変わったね。」
隣の席のクラスメートが、彼の絵を見て驚いたように声をかけてきた。アルバートは少しだけ恥ずかしそうに笑いながら、「まあ、ちょっとね」と答えた。
描き終えた絵を見つめると、胸の奥にわずかな満足感が広がるのを感じた。それは、他人に認めてもらいたいという気持ちではなく、自分が本当に描きたかったものを描けたという実感だった。
放課後、アルバートは家に帰り、自分の部屋にこもった。机に座り、スケッチブックを開いて夢中で絵を描く。砂漠のミレイア、芸術家が描いたキャンバス、そして白い扉。彼の中で思い出の断片が次々と形となって現れていく。
「どうして、あんな夢を見たんだろう?」
彼は独り言をつぶやきながら、手を止める。その答えはまだ見つからない。ただ、一つだけ確信があった。あの夢での経験が、何かを彼に伝えようとしていたこと。そして、それが自分の中に大きな影響を与えたことだ。
特にミレイアの存在が、アルバートの心に深い印象を残していた。彼女が語った言葉、「たとえ痛みを伴っても、希望を持つことが大事だ」という信念は、どこか鋭い棘のように彼の胸に刺さっている気がした。砂漠で感じた彼女の強さと孤独、そして必死に未来を掴もうとする姿は、アルバートに新たな視点をもたらした。それまでの日常では考えもしなかった「自分にとっての希望」とは何かを問いかけるきっかけとなった。
その棘は痛みとともに、彼を前へ進ませる原動力となっていた。ミレイアの強さに触れたことで、アルバート自身も自分の内面を見つめ直し、些細な困難を恐れない気持ちを抱き始めていた。
ふと、部屋の隅に目を向ける。そこに—見慣れない小さな扉があった。白く塗られたその扉は、どこか懐かしいようでありながら、不思議な魅力を放っていた。
「また…新しい世界が待っているのかな。」
アルバートは静かに立ち上がり、扉の前に立った。手を伸ばし、ゆっくりと扉の取っ手に触れる。その感触は、夢の中で触れた扉と全く同じだった。
心臓が高鳴る。扉を開けるべきかどうか、迷いながらも、彼の心はすでに次の冒険への期待で満たされていた。扉の向こうにどんな世界が広がっているのか、彼にはわからない。それでも、彼は前へ進むことを決めた。
ゆっくりと扉を開けた瞬間、眩しい光が彼を包み込んだ。その光の中で、アルバートはまた新たな旅へと踏み出していくのだった。
夢と現実が交錯しながら、アルバートは少しずつ成長していく。次に彼が訪れる世界は、一体どのような試練と出会いを用意しているのだろうか。そして、彼が見つける答えとは。