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 それから時間だけが過ぎ、未だ心の準備が整っていなさそうな表情の真壁は、ハングリーフルで同じような顔の吉川と向かい合っていた。だが互いに一言も話さないままで、人が居るのにも関わらず沈黙に支配されるという奇妙な雰囲気が続いていた。それに加えどこか気まずく何とも近寄りがたい。


「おい。人の店をなんつー空気にしてくれてんだよ」


 カウンター越しに座るスカリへ耳打ちするルエルからは苛立ちが伺える。


「いーじゃんどうせ他のお客いないんだから」

「てめぇ出禁にしてやろうか?」

「それにしてもお二人はもしかして別れ話でもされるんですか?」

「その可能性もゼロじゃないかもね」


 その一方で真壁と吉川は互いの顔すら見れず、話し出すきっかけさえ掴めずにいた。二人の空間だけ時間が止まってしまっているのかのようだったが、真壁の絞り出す様な声で針はそっと動き始めた。


「……あのさ」


 現れては消えていく言葉は単なる沈黙の餌と化していたが、今度は吉川が口を開いた。


「……ごめんなさい」

「えっ? ――いや、俺の方こそ。ずっと黙っててごめん」


 しかしまだ気まずさは拭えず季節が巡るような自然さで沈黙が舞い戻った。

 少しの静寂の後、先に口を開いたのは真壁。


「実は俺……会社員じゃなくてさ……」

「うん」


 真壁の言葉を埋めるように吉川は小さく相槌を返す。


「裏打組っていうとこで色々やってたんだ。いつも会社に行く振りして着替えたりして組に行って……。騙すつもりは無かったけど……本当の事言って嫌われて別れる事になるのが嫌でそれで――ごめん」


 その謝罪を追いかけ額がテーブルに着く程に深々と頭を下げる真壁。

 吉川はそんな彼へ見方によっては申し訳なさそうにも悲しげにも見える表情を浮かべていた。心からの気持ちが詰まり重々とした頭が時間を掛けて上がるまでの間、ずっと彼女の細い視線は彼を見つめ続けていた。

 そして顔が上がると無言のまま交差する二人の視線。真壁はただじっと吉川が言葉を返すのを待っていた。


「私……」


 急かす事はせず、ただじっと彼女のタイミングで発せられる言葉を待っていた。


「……私も黙っててごめんなさい。実は私――」


 吉川は聞こえるか聞こえないかの小さな深呼吸をしてからゆっくりと言葉を続けた。


「私のお父さんは、ブラード組の組長なの。私は三女だし組とか関係ないかったから。たまにお父さんと会うぐらいで。それに――こんなの普通じゃないから怖がられたりして、よし君が離れてくのが怖くて……」


 言葉を口から吐き出しているはずなのに彼女の顔は重そうに段々と俯いていく。


「今日は久しぶりにお昼を食べようって事で一緒に。そしたら……」

「知らなかったとは言えあんな事……ごめん」

「そうだ! あの時! よし君が行った後、雨で流されてたけど血が……大丈夫なの?」


 突然声を上げたかと思うとテーブルに両手を着け少し前のめりになった吉川は心配そうな表情を浮かべていた。


「それは神速さんのお陰でもう」


 真壁が撃たれた箇所へ手をやりながら答えると、吉川は倒れるように座りながら安堵の溜息を零した。


「実は俺、組を抜けようとしてて。それで最近はその為の仕事をやってたんだ。それで今日、最後の仕事をしようと――光里の父親とも知らずに俺、銃を……」


 片手と共に俯かせた顔を真壁は微かに左右へ振っていた。


「じゃあ最後の仕事って」

「ブラード組の組長をやるっていうのが……。今日はその組長がよく行ってるあのお店に顔を出す日らしくてそれで」

「確かに昔からよくあのお店に連れてってくれてたっけ」

「俺がもっと早く正直に話してたらこんなことには……。もう少しで君のお父さんを撃っちゃうところだったし……」

「それは私こそ。ただよし君と一緒にいるのが楽しくて、ずっとこのまま幸せが続いたらいいのにって思ったら中々言い出せなくて……」


 真壁を真似るように僅かに顔を俯かせた吉川は手持ち無沙汰なのか両手をテーブルに上げ頻りに指先を絡めていた。

 すると先に顔を上げた真壁は両手を伸ばし彼女の手を包み込んだ。やはりそれは心休まる温もりなのか吉川の顔が上がる。


「確かに会社員とか色々と嘘ついちゃってたけど――」


 先程までとは違い真っすぐで自信に満ちた真壁の眼差しが吉川を見つめる。


「でも、光里を愛してたのだけは嘘じゃないから。これだけは嘘じゃない」


 その言葉に吉川は片手を中から抜き出した。そしてその手を真壁の手の上へ更に重ね合わせた。


「私も。よし君が誰だったとしても、これまでが無かった事にはならないし、これからも。秘密を聞いても私はよし君の事が好きだから」

「俺も。光里が誰だって変わらない。ずっと愛してる」

「よし君」

「光里」


 強く手を握り合い、互いを見つめ合う二人。そこに蟠りは一切無く、むしろ互いに抱える秘密ものが無くなった分、二人の距離はより一層近づいていた。より強固で、そう簡単に解ける事の無く結びついた赤い糸。

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