98:体育祭一日目・精密歩行・曲線
「それじゃあ行ってくるね。ナル君、イチ、マリー」
「ああ。行ってらっしゃいだ。ここで応援してるからな、スズ」
「頑張ってください」
「期待していまス」
さて、精密歩行・直線は一年生の部が終わり、続けて併設されている蛇行したコースで精密歩行・曲線は一年生の部が始まる。
基本的に一日目の競技の参加者は、各競技40人前後は居るはずだが……スズ以外の顔見知りは居なさそうだな。
スタート地点近くにある、待機とマスカレイドの為のテントに入っていく姿で名前まで知っているのはスズくらいだ。
俺が気付かなかっただけかもしれないが。
「スズが上手く行くかどうかは……バッグの中身次第か?」
「恐らくはそうなると思います」
「テントの中である程度はリロール出来るはずですけどネ」
雑談をしつつ待つこと暫く。
スズの出番がやってくる。
『18番、戌亥寮、スズ・ミカガミ』
「……」
スズがテントから出て来て、スタートラインの前に立つ。
普段手で持っているボストンバッグは、今回に限っては肩から提げる形になっていて、その口は少しだけ開けられている。
代わりに手には、緑色の液体が入った丸いフラスコが握られている。
そして、スズが自分の意思で一歩踏み出すと同時に計測開始。
「何か飲んだな」
「明らかに動きが速くなりました」
「タイムを見る限り、踏み外しも無いようですね」
スズは計測開始と同時に、白線に従って歩きつつ、フラスコの中身を飲み干す。
するとスズの動作が傍目に見ても明らかに速くなる。
それは動画の再生速度を弄ったかのような見た目であり、幾つかの自然法則を無視しているかのように速い。
しかし、ルールは順守しているようで、ペナルティは付いていない。
それはつまり、常に足の片方は白線に触れているし、白線の外を踏んでも居ないという事である。
「敏捷性だけじゃなくて精密性も上げている感じか? それと姿勢が普段よりも綺麗で、服の下の筋肉が普段より増しているように見えるから、体幹の強化や姿勢保持を中心とした筋肉の強化も入っているっぽいな」
「これはこれで幼馴染パワーって奴ですかネ」
「そうなると思います。普段よりも明らかに鋭いですし」
この動きは明らかに普段のスズとは別物の動きだ。
ではどうやってそれを為したかと言えば、スズの仮面体の機能を使ったに違いない。
スズの仮面体の機能はバッグの中身を色々と混ぜ合わせる事によって、様々な効果を発揮すると言うものだが、今日の競技の為に適切な組み合わせを見つけ出してきたのだろう。
「チェックポイントも綺麗かつ最短手順で超えて行っていますネ」
「これはタイムの方も期待出来そうです」
「そうだな。スズ個人としては良いタイムが出せそうだ」
ただ、スキルは使っていないな。
たぶんだが、バッグの中身の入れ替え……リロールで魔力を使ったか、今の加速状態から更にスキルを用いると制御不可能になるか魔力不足が見えてしまうか、そんなところだろうか。
どういう理由にせよ、仮面体の機能だけでは限界があるのも確かなので、タイムとしては学年全体で見たら、それなりに早い止まりになるだろう。
まあ、こればかりは競技との相性がまずあるのだから、どうしようもないな。
しかし、俺がそんな事を思っている間にも、スズは完璧に制御された手足を綺麗かつ最短時間で済むように伸ばして、チェックポイントを殆どノンストップで通り過ぎていく。
そして、その過程でも、白線の外に足がはみ出るような事は一度も起こしていない。
『ゴール! 18番、戌亥寮、スズ・ミカガミ。記録は3分38秒』
「ふぅ……うん、まずまずかな」
と言うわけで、何事もなくスズはゴールした。
特筆すべき点としてはペナルティタイムが一切存在していない点だろうか。
スズは自分の動作を完璧に制御して見せたことになる。
「ナル君。見ててくれた?」
スズはゴール地点近くのテントに入ると、そこでマスカレイドを解除。
それからデバイスの『シルクラウド・クラウン』をアタッシュケースの中に戻すと、俺たちの居る場所へと戻って来た。
「ああ、勿論見てたぞ。今回の競技の為に、適切な調合の組み合わせを見つけ出し、それを使った状態での身体制御の練習までいつの間にかしていたんだな。まっすぐに伸びて、完璧に制御されていたスズの動きは、とても綺麗なものだったぞ」
「き、綺麗!? えへ、えへへへへ。そっかぁ。ナル君に綺麗と言ってもらえるだなんて嬉しいなぁ……」
俺の言葉にスズは笑顔を浮かべてくれている。
うん、やっぱりこういう時は素直に思ったままを伝えるのが一番だな。
「スズ。お見事でしタ。ペナルティ無しは中々のものですヨ」
「はい。ナルさんの言う通り、素晴らしい動きでした」
「マリー、イチ。二人もありがとうね」
マリーとイチの二人もスズの事を褒め称える。
「「「ーーーーー~~~~~!!」」」
「っと」
「凄い記録が出たみたいだね」
なお、そうしている間にも競技は続いていて、今はなんかスケート靴のようなものを履いたホッケーマスクの仮面体が、視界なんて飾りだと言わんばかりに超高速でコースを駆け抜けて……あ、ゴールした。
800mもある上にチェックポイントで止まらないといけない場所もあるコースなのに、タイムは1分を切っている。
スキルも仮面体の機能も使っていたっぽいが、とんでもないな。
そりゃあ、歓声が上がるのも納得だ。
「この体育祭。普段の決闘では戦績があまり振るわない仮面体でも活躍できる可能性があるのは分かっていたが、競技との相性差が本当に出るな」
「ですヨ。だからマリーはほどほどにするのでス」
「イチも同様です」
「私は折角だからやれるだけやるよ。調合で何が出来るかバレたところで、そこまで問題じゃないし。それと今の人、あの速さなのに10000m徒競走に出てこないって事は、相性もあったんだろうけど、たぶん私と同じくらいの魔力量じゃないかな」
「あ、そう言う事も分かるんだな」
「まあね。だからマリーやイチみたいに控える人も出るのが、体育祭だし」
そして冷静に解析をすれば、これだけでも分かる情報があるらしい。
なるほど怖い。
そりゃあ、全力を出さないと言うのも、敢えて選択肢に入れる人が出てくるわけだ。
うん、それなら俺はその意思を尊重するだけだな。
「とりあえず精密歩行の飛び石の会場に向かうか」
「うん、そうだね」
「次はイチの番ですね。ほどほどに頑張ります」
「引き続き応援させていただきますネ」
俺たちは移動を始めた。




