96:試作品のテストを終えて
「本日は誠にありがとうございました」
俺とマリーで試作『シルクラウド・クラウン』の実戦テストを行った後。
スズとイチの二人も、基本的な動作の範囲でテストを行った。
結果は上々で、俺たち四人全員にとって満足のいく結果となった。
「本日取らせていただいたデータ。今後デバイスを通じて収集されるデータ。翠川様たちの要望。そう言ったデータを活用する事によって、弊社では必ず皆様の為のデバイスを完成させていただきます。重ね重ねとなりますが、本日は誠にありがとうございました」
そして、満足のいく結果となったのは楽根さんたち『シルクラウド』社の人たちにとってもそうであったらしい。
楽根さんはもちろんの事、護衛として付いてきているように見えて、その実、技術者としての顔を持っていたらしいスーツにサングラスの方々が、サングラス越しでも嬉しそうにしているのが分かる姿を見せている。
「喜んでもらえたようで何よりです。ところで、完成品については何時頃になりそうですか?」
「そうですね……完成品の第一弾につきましては、研究と調整がスムーズに進んで、最大限に早く出来上がったと考えても9月ごろになると思います」
「なるほど」
「ですがご安心ください。現在の試作品でも既に一般的なデバイスを超えるものに仕上がっていると言う自負とデータはございますし、何かしらの不具合や故障がありました時も最速最優先で対応させていただきますので」
「そうですか。ありがとうございます」
『シルクラウド・クラウン』の完成品は早くて九月。
つまり、夏休みが明けた後になるのか。
それまでにまた何度か試作品を『シルクラウド』社の人の前で試したり、学園の授業としての決闘で用いたりもあるだろうか……今のデバイスとの付き合いもそれなりにありそうだな。
後できちんと整備の仕方とかも覚えないとな。
自分の人生をかける道具なのだから、必要最低限の整備くらいは出来るようにならないといけないだろう。
「それでは失礼させていただきます。体育祭、頑張ってくださいね!」
そうして楽根さんたちは、専門っぽい警備の人たちに守られながら、帰っていった。
「さて、それじゃあ俺たちも戌亥寮に戻るか。仮面体にスキルの調整。デバイスが変わった事による変化の更なる理解と、色々と忙しくなりそうだ」
「そうだねナル君。でもこれは嬉しい忙しさって奴になると思う」
「お手伝いいたします。実家柄、細かい作業は慣れていますので」
「マリーは一枚使ってしまったかラ、補充しておかないとですネ」
そして俺たちもまた戌亥寮へと戻っていく。
さて、もう直ぐ体育祭。
ここから最終調整の時間になるだろう。
優勝を目指すほどの気概はないが、良い記録は残せるように頑張りたいものだ。
■■■■■
同日深夜、戌亥寮0504号室前。
「こんばんは燃詩先輩。気分はどうですか?」
スズは部屋のロックが解除されたのを確認すると、周囲に人影が無いことを確かめた上で部屋の中に入る。
「アハハハハハハッ!! 気分はどうかって? 最高にハイって奴だぁ!」
そして、スズが部屋の中に入って扉が閉まると同時に響いたのは、燃詩の大きな笑い声だった。
「……。燃詩先輩。カフェインの過剰摂取が原因で興奮状態にあるのなら、救急車か赤桐先輩をお呼びしましょうか? 今は深夜ですから、この部屋が完全防音である事は知っていますけど、騒ぎ過ぎはどうかと思います」
「む、そうか。では落ち着くか。まあ、吾輩のキャラには合わない興奮具合ではあったしな。ただ、気分が最高にハイって奴なのはただの事実だ。と言うより、水園、お前が持ってきたデータを見て興奮しないのはマスカレイド関係の技術者ならあり得ない。アレは宝の山だ」
「そこまで燃詩先輩に言ってもらえるの嬉しいですね。それはつまり、ナルちゃんの魅力がそれだけ多くの人に伝わるという事でもあるので」
「魅力……まあ、魅力ではあるな。方向性は一般的な物とは大きく異なるが」
燃詩が見ていたのは、本日行われていた、試作品『シルクラウド・クラウン』をナルたちが試している姿であり、その時に採取された各種データ群。
燃詩の口は明らかに笑みを浮かべ、声は喜びの色を伴っている。
「ちなみに燃詩先輩。具体的にはどの辺りが宝でしたか? 後学のためにお教えいただきたいです」
「ほぼ全部だな。デバイス影響。ナルキッソスの衣装替え、盾強化、肉体再生。マリー・アウルムのユニークスキルである『蓄財』に、それを利用して強化されたスキル。水園とファスの各種確認ですら、よくよく見て行けば、宝だらけだった。吾輩としては、体育祭が終わった後にでも、『シルクラウド』社と交渉をして、このデータを国内のデバイスとスキルを扱う連中に見せた方がいい。人によってはインスピレーションが洪水を起こして溺れるぐらいに刺激的なものになるぞ。いやぁ、かく言う吾輩もインスピレーションが止まらなくてな。早速、ナルキッソスの肉体再生を利用した電脳防壁を……」
「それほどですか。元々、体育祭が終わったらそのつもりでしたけど、少し金額とかの調整をした方がいいのかな……」
「……。しておけ。金は適切に取っておくのが、誰にとっても丸い。回る範囲で金は持っておくべきだしな」
「そうですか。ありがとうございます」
燃詩の言葉に合わせるように、スズがスマホを操作して、自分の予定に新たな文章を書き加える。
「いやしかし、この色変更の際の魔力動作は実に興味深いな。これを利用すれば……」
「ところで燃詩先輩」
「なんだ? 用件なら手短に頼むぞ。吾輩も電脳決闘者として暇な身ではない」
「……と言うスキルはありますか?」
「吾輩の記憶にはないな。待ってろ、それぐらいなら数分あれば作ってやれる」
「ありがとうございます。これなら、ナルちゃんとの決闘には辿り着けそうです」
スズの言葉に合わせて、燃詩の指先が動き、何かを紡ぎ出していく。
そして、数分後には一つのスキルが『ライブラリ』と言う名前のアーカイヴに登録され、スズ以外には見向きもされずに流れていく。
『決闘の組み合わせを操作して万全の状態で当たれるようにすればいいだけではないか?』
「要らない。と言うか、初戦で当たったら、ナル君だとその後も考えちゃうから駄目。私の目的である、一時的にでもナル君に私の事だけを思ってもらうためには、その後の事を考えなくてもいい状況に持っていかないと達成できない。ああでも、初戦で全力を尽くすことで、ナル君も全力を出さないように持っていくのもそれはそれでありなのかな」
『……。燃詩音々』
「ふんなし。てか吾輩も忙しいので、何もやらないでくれるのが一番嬉しいですね。そも吾輩の記憶が正しければ、特別決闘の初戦は必ず別の寮の生徒と当たるようになっているはずだから、初戦で当たることは無いし、当たったらむしろ色々と疑われるかと」
『……』
直後、何かを嗅ぎ取ったかのようにアビスが二人に囁く。
が、二人はどこ吹く風と言わんばかりに聞き流してしまう。
二人の様子にアビスは何かを溜め込むように言葉を詰まらせ……そして、気配は通り過ぎて行った。
「狂信者共相手に爆発するんですかね?」
「するんじゃないか? まあ、国外で爆発する分には、吾輩の知った事ではない」
「そうですね。私もナル君の邪魔にならないのなら、関係ないです。それじゃあ燃詩先輩、スキルの方、ありがとうございました」
「後で使用感想のレポートを挙げてくれ」
「分かりました」
しかし、二人はそんなアビスの様子に大した感想を抱く事もなく流すと、深夜の密会を終えることにしたのだった。
アビス「アイツらは本当に私の信徒か! 私を信じてはいるが敬う心と言うものがまったくない!! 感情と理性を切り離すな! いや待て、そこでだけ繋げて早口になるんじゃない!? 何を考えているのだ貴様らと言うものは!! そもそも貴様らは女神などと言う訳の分からない存在が与えたものをだな……」
09/15少し文章改稿




