95:試作『シルクラウド・クラウン』実戦テスト VSマリー・ゴールドケイン
「それでは。始めましょうか。『マナシュート』」
マリーの手から放たれた黄金色の魔力塊は矢のような速さで飛ぶと、盾を構えてすらいないナルへと真っすぐ向かっていく。
スキル『マナシュート』は、魔力に最低限の加工だけ施して射出する、最も基本的な攻撃スキルである。
最大の特徴は燃費。
高速射出と当たった相手へのダメージと言う二つの機能しか持たないが故に、炎の球を放つ『ファイヤーボール』や指定した場所に弱い電撃を放つスキル『ショックボルト』などと比較して、抜群に燃費が良く、普通の乙判定の決闘者であっても一度の決闘で30~40回程度は難なく使えるものである。
威力についても、普通の仮面体が全力で鈍器を振り回して当てたくらいにはあり、一撃必殺は望めないが、牽制、削り、追撃などの役割を十分に果たす事が出来る。
その為、多くの決闘者がなんだかんだで利用する事になるスキルでもある。
そんなスキルによる攻撃をナルは両の目でしっかりと捉えると……。
「ふんぬっ!」
「「「!?」」」
「ワーオ」
左手で難なく握り潰した。
そして、開かれた手には傷一つなく、調子を確かめる事すらしないナルの様子からして、ダメージが全く入っていない事は誰の目にも明らかだった。
先述の通り、『マナシュート』には鈍器を全力で振り回して当てたくらいの威力はあり、命中すればそれなりの衝撃を相手に与えて怯ませるくらいの事を普通は出来る。
だが、『シルクラウド・クラウン』と言う専用デバイスの性能によって強化されたナルの肉体は、『マナシュート』程度の攻撃では傷にならないどころか、怯みすらしない防御性能を得てしまっていた。
それはつまり、普通の仮面体で鈍器を振り回した程度では、もはやナルは痛痒すら感じないという事である。
「連射。行きますね。『マナシュート』!」
「おう、来い!」
それを理解した上で、何かを確かめるようにマリーは『マナシュート』を連射する。
ナルはそれを握り拳で迎え撃って打消し、肌に直撃する直前に盾を生成して防いだり、敢えて肌で直接受けて何事もなく流し、紙一重で避け、連続蹴りで片っ端から打ち消す。
「うん、このレベルの攻撃なら、幾ら来てもダメージにならないな」
「うわー、ナルちゃんの防御力が凄まじいことに……」
「これはもうマトモな手段で攻撃を通せる決闘者の方が少なそうですね」
「データや録画で窺い、予測を立てていたのですが、想定以上ですね……」
結果はノーダメージ。
ナルの仮面体の魔力消費とナル自身の魔力生成では、生成量の方が勝っている事もあって、本当に一切の消費をしていないほどである。
その普通ではない結果に、外野陣も思わずと言った様子で呟く他なかった。
「それでマリー。『シルクラウド・クラウン』の調子は?」
「すこぶる快適ですね。スキルの起動が滑らかで、扱いやすいです。デバイスの繊細性や実現性が関わってくる部分なのでしょうが、これほどに変化があるのにどうして今まで火力偏重のデバイスが主体だったのかが不思議に思うほどですね。衣装の肌触りや帽子の嵌まり具合も学園配布のものより体にフィットしている感じがして、より決闘に向いた形になったように思えますね」
いつもの独特なアクセントを消したマリーの言葉が響く。
その口から出て来たのは、『シルクラウド・クラウン』を褒め称える言葉であり、『シルクラウド』社の社員たちはその言葉を聞いて満足げに頷く。
「じゃあ、やれるか?」
「そうですね。やってみましょうか」
そうしてデバイスを褒めたマリーが胸元から一枚の金貨を取り出す。
金貨の正体は、マリーが自身の魔力操作技能と仮面体の機能を合わせることで作り出した魔力の結晶。
通常、マスカレイド発動中に作られた魔力を基にした物体は、マスカレイドを解除すると同時に消滅する。
だが、自身の父親から受け継いだ魔力の性質と技術によって、マリーはマスカレイドを解除しても消えない魔力の金貨を生み出すことに成功していた。
名は『蓄財』。
ユニークスキルとも呼ばれる、デバイスを介さない魔力操作技術によって成立する、特殊なスキルである。
「とは言え、一枚だけです。デバイスにどういう負荷がかかるか、分かっていませんからね」
「まあ、そうだろうな」
そんな金貨をマリーは右手で持ち、握り、砕く。
すると金貨はマリーの魔力に変換されて消滅し、右手の上に集まっていく。
その魔力の量は、通常のスキルに用いられる魔力の数倍に及んでいる。
だが、魔力だけあっても、利用方法が無ければ意味がない。
「マリー・アウルムの名において命じます。金杭、金喰いて、叶え来るは、鼎狂わす、金重のクルス……」
故に、マリーはスキル『P・魔術詠唱』と言う、次に発動するスキルに見合った文言を口にする事で、大量の魔力と引き換えに大幅な威力上昇を見込めるパッシブスキルを利用。
金貨を砕くことによって得た魔力を『P・魔術詠唱』へと回すことで、魔力消費についてはノーリスクにした上で次のスキルの威力を高めていく。
「さあ行きますよ。少なくともデビュー戦のトモエ以上なはずです! 『ゴールドパイル』!!」
そうして放たれたスキルの名は『ゴールドパイル』。
本来ならば、黄金色の謎の金属で出来た長さ1メートル、直径10センチメートル程度の杭を射出して攻撃するスキルであり、その杭は先端こそ尖っているが、飾りも無い綺麗な円柱型をしている。
だが今マリーが放った『ゴールドパイル』はその形を大きく変形させ、十字架の形を取ると共に、その表面に何かしらの文字が彫られ、黄金色のオーラを纏っていた。
黄金の十字架はナルに向かって真っすぐに、螺旋回転をしながら飛んで行く。
その速さは矢ではなく銃弾の速さであり、十字架の大きさもあって、砲弾のような様相であった。
「盾よ……全力だ!」
対するナルは自分の目の前に盾を出現させると、それを両手で持った上で、込められるだけの魔力を盾へと込めていく。
その速さはデバイスの性能もあって、時間にして一瞬でしかなかったはずなのに、並の決闘者一人分の魔力が盾へと集まっていた。
そうして、マリーの放った十字架とナルの盾がぶつかり合い……。
「「「ーーーーー~~~~~!?」」」
決闘場所を囲う結界越しでもなお空気の震えを感じるような衝撃波と衝突音がまき散らされる。
「ふうぅ……流石に貫けましたね」
「っう……流石に貫かれたか」
そして、ナルの盾は貫かれていた。
だが完全に破壊されたわけではなかった。
そのため、マリーの十字架の切っ先はナルの腕を貫き、抉りはしたものの、ナルの胸にまでは攻撃は届いていなかった。
「とは言え、ナル相手だと盾を貫いただけでは駄目なんですよね。理不尽な事に」
「まあな。このぐらいの傷なら治せる」
ナルが盾を消すと共に、攻撃が終わって勢いが完全に死んだマリーの十字架も姿を消す。
そうして傷口を塞ぐものが無くなると同時に、抉られたナルの腕が再生を始め、ナルが痛みに若干顔をしかめている間に、骨が繋がり、肉が増え、血管と神経が修復され、肌が元通りに張られて、何事も無かったかのように戻っていく。
また、肉体の修復に合わせて衣装も修復されていき、こちらもまた何事も無かったかのようになっていく。
「魔力量の方はどうです?」
「流石に半分は削られたぞ。デバイスの性能も合わせて考えたら、今までで一番のダメージで間違いない。学園配布デバイスだったらマスカレイド解除まで持っていかれたんじゃないか?」
「そうですか。なら、マリーとしては十分な成果を得られることになりますね。そんなわけで降参です。テスト終了ですね」
マリーが結界の外へと出て、マスカレイドを解除する。
それで新しいデバイスの実戦テストは終了となった。
その後、得られたデータの内容によって、『シルクラウド』社の社員たちが大騒ぎになった事は言うまでもない。
スキル『ゴールドパイル』によって生成される金属は、金に似ているけど違う、正体不明の金属です。
と言うのも、色や導電性は金のそれなのですが、重量が金にしては軽かったりしますし、金にしては硬すぎるのです。真鍮などの他の黄金色の金属とも一致しません。
なので、魔力によって一時生成されている、正体不明の金属となります。
余談ですが、類似スキルとして『アイアンパイル』とか『スチールパイル』とか『オークパイル』とかもあります。




