93:試作品デバイス
さて、体育祭の練習、決闘、普通の授業、『シルクラウド』社とのちょっとしたやり取り、そう言った様々な事をしている間に、五月は過ぎていく。
もう少し詳しく語るのなら。
体育祭の練習と普通の授業については言う事も無く。
決闘については、イチとマリーの二人は何事もなく勝利し、俺以外の甲判定者たちは圧勝していた。
『シルクラウド』社とのやり取りのメッセージはデザインやら要望やらで多岐に渡ったが、俺にまで届いているのは一部らしく、スズが処理しているメッセージの量は明らかに俺よりも多かった。
そして本日。
体育祭開催まであと一週間少々と言うところにまでなった、五月の最終週は火曜日、つまりは5月28日。
それは決闘学園へとやって来た。
「本日は私共の為にお時間を割いていただきありがとうございます。翠川様」
「いえいえ、俺たちの為でもありますから。楽根さん」
決闘学園の応接室にやってきたのは、『シルクラウド』社の楽根さんの他、スーツにサングラスを付けた護衛っぽい女性たちが複数名。
彼女たちの手には立派なアタッシュケースが合計四つ握られている。
「それでその、この物々しい空気は何かあったので?」
「はい、ございました。先日の事になりますが、何者かが弊社の開発部門への侵入を試みたようでして。幸いにして盗られたものは情報含めて何もございませんでしたが、本日は念のために普段よりも警備を厳重にした次第でございます」
「「「……」」」
「まあ、完全新規のデバイスとなれば、喉から手が出るほどに欲しい何者かは居てもおかしくないよね。必要なら、電脳警備の専門家との繋ぎを取り持ちましょうか?」
「……。その件につきましては、社に持ち帰って検討させていただきます」
「分かりました。ではそのように」
なるほど、企業の機密情報とかを物理的に盗み出すことを試みた連中が居たのか。
そりゃあ、警戒をして当然だな。
で、俺がそんな事を思いつつ頷いている横で、スズは専門家との繋ぎを取るか聞いているし、イチは何かのチェックをしているな。
マリーは俺と同じっぽいが。
「そう言うわけですので、翠川様。こちらのデバイスの取り扱いにはどうかお気を付けくださいませ。どこで誰が狙っているか分かりませんので」
「分かりました」
「そうだね。苛烈な連中は学園の警備によって止められるだろうけど、内部に変なのが居ないとも限らないだろうし」
「常に身に着けるか、きちんとアタッシュケースに入れるか、ですね」
「学園の生徒も品行方正とは限りませんシ、背後関係の都合で品行方正で居られなくなる場合もあル。とは聞きますからネ」
「こわ……」
しかし、企業へ盗みに入るような連中が居るのなら、俺たちが新しいデバイスを持っている事は危険ではないか?
と思っていたところ、学園内部なら、外部犯や凶悪犯の心配はしなくてもいいらしい。
けれど、学園生徒に変なのが混ざっていないとも限らないので、取り扱いにはやはり注意が必要なようだ。
なお、学園生徒に変なのが混ざっている実例は、イチとマリーが正にそうである。
二人とも俺の味方であるから防諜の側に回っているだけなのだ。
だから、逆に言えば、俺及び『シルクラウド』社を含む俺の周囲と敵対関係にある企業から支援を受けている生徒ならば、防諜ではなく諜報に自分の力を向ける事はあり得る。
つまり、立場の違うイチとマリーが居たとしても、何らおかしくはないのである。
「ちなみにこちらのアタッシュケースは魔力を含む攻撃でも容易には破れないように加工がされている他、最新式の複数段階認証機構が搭載されていますので、破壊される心配はしなくても大丈夫です」
「へー。なんだか、いざと言う時には盾や防具として使う事も可能そうだ」
「実際、広げた後に盾として使う事くらいは想定しているそうですよ」
「そうなのか……」
とりあえず、俺が気にするべきは、使い終わったら自分の目が届かない場所に行ってしまう前に、きちんとアタッシュケースに収納する。
これだな。
ちなみに最新式の複数段階認証機構とは言うものの、俺がやるべき事自体は単純なようなので、開け閉めの手間はそんなにかからないようだ。
「さて、それではそろそろ肝心のデバイス本体のお披露目と参りましょうか」
「分かった」
「楽しみだね、ナル君」
「楽しみです」
「実物を手に取れる機会が来たのですね」
俺、スズ、イチ、マリーの四人の前に、それぞれアタッシュケースが置かれる。
見極めは……アタッシュケース表面の絵で出来るので、間違いはなさそうだ。
間違いが無いことを確認したところで、俺たちは楽根さんの言葉に従ってアタッシュケースを開放して、中身を確認する。
「こちらが翠川様たちの専用デバイス……の試作品。『シルクラウド・クラウン』です」
俺専用のデバイス、『シルクラウド・クラウン』。
見た目は折り畳み式の大きなイヤーカフスが付いた金属製の輪、あるいはギリシャ神話の登場人物が付けているような月桂冠と言うのが、近いか。
しかし、金属製の輪には同じく金属製の植物の葉が付いていたり、イヤーカフスの部分から水仙の花を模したチャームが提げられていたりする。
また、スズたちのものだと、輪の部分から顔を隠すように絹製のヴェールが下がっているし、俺のデバイスで言うところの水仙の花が別の植物の花に変わっていたりする。
「性能といたしましては、翠川様たちのご希望通りに、仮面体の展開能力や実現能力、繊細性などを優先したチューニングが施されています」
「ふむふむ」
「スキルの登録可能数については3個まで。ですが、テスターたちの報告によれば、通常のデバイスよりも細かい制御が可能との事です」
「なるほど」
「ただ、試作品という事で、それぞれのデバイスには着用者の使用中のデータを収集する機能が付いています。この機能によって情報収集を進め、最適化を行えたならば、性能もスキルもアップグレードが可能であると開発部では予想しているようです」
「へぇ」
性能は要望通り。
比較は……俺の知るデバイスが学園配布のものしかないので、比較する事自体が不適当だろう。
「それで翠川様」
「ああ分かってる。まずは一度試してみよう。スズ」
「うん、必要な設備なら借りてあるから大丈夫」
では、此処からは実践を通じて、性能を確かめてみるとしよう。
『シルクラウド・クラウン』
『シルクラウド』社製、ナルたち専用のデバイス。
見た目は月桂冠にヴェールと折り畳み可能なイヤーカフスを付けたもの。(ナルは顔を隠す気が無いため、ヴェールを削除)
イヤーカフスにはチャーム型の追加パーツを付けることが可能。
月桂冠本体だけでなく、イヤーカフス、チャーム、ヴェールの部分にもデバイスとしての機能を持たせてあるので、取り扱いには注意が必要。
日常的に着用するには流石に気合いが必要なデザインではあるが……その気になれば、ネックレスやブレスレットとして着用する事も出来なくはない。
余談:チャームの形
ナル:水仙の花
スズ:鈴蘭の花
イチ:イチイの花
マリー:マリーゴールドの花




