89:五月の決闘 VSグレーターアーム
『それでは、本日注目の一戦と参りましょう!』
金曜日の午後。
満員御礼とまではいかないが、普段よりも明らかに観客が多いホールに、二人の決闘者が姿を現す。
『まずは東より……グレーターアーム!』
「「「ーーーーー~~~~~!」」」
二人の内の片方は、制服と顔を隠すフード越しでもなお鍛え抜かれて張り詰めている筋骨隆々の肉体を持った男子生徒。
彼は堂々と舞台の上へと上がっていく。
その顔に着けられている仮面は学園配布のデバイスではなく、大手デバイス製造会社が出している、スキルの数と種類も含めて、攻撃能力に性能が大きく割り振られたモデルであり、顔を完全に隠している。
『対するは西……ナルキッソス!』
「「「ーーーーー~~~~~!!」」」
グレーターアームの時よりも明らかに声量が大きく、女性の比率も高い歓声が上がる。
そんな歓声を気にする様子も見せずに、ナルは舞台の上へと上がっていく。
その顔を隠すのは、未だに学園配布のデバイスである。
『それでは早速始めていきましょう! 3……2……1……決闘開始!!』
「マスカレイド発動! ぶっ潰すぞグレーターアーム!」
「マスカレイド発動! 魅せるぞ、ナルキッソス!」
今回の決闘は授業の一環であり、特別な事は何もない。
と言うわけで、二人が言葉を交わすこともなく準備は進み、普通に決闘を開始
互いのデバイスから光が発せられて、その光が収まる時には、全く違う姿の二人が舞台上に姿を現す。
グレーターアームの見た目は、頭部を完全に隠す金属製の西洋兜、布製のズボンと靴だけを身に着け、筋骨隆々の上半身を外気に晒していると言うもの。
身長はマスカレイド発動前よりも一回り大きくなって、2メートル近い。
両腕は真っすぐ立っている状態でも自身の膝下に届く程度には長く、スズがナルに見せた資料よりも更に張った状態の筋肉になっている。
そして、その手には、巨大おろし金とでも称すべき、細かく鋭い突起が幾つも付いた巨大な金属塊が握られていた。
対するナルの見た目はデビュー戦の時と変わらない。
学園の女子制服に身を包み、手には強化プラスチック製の透明な大型盾を握り、その美貌をこれでもかと周囲へと見せつけている。
ただ、グレーターアームの姿を実際に見て、言いたいことがナルには出来たらしい。
マスカレイドの発動が完了すると共に口を開く。
「上半身裸。なんて羨ましい……。俺はキャストオフしたら怒られるのに!」
なお、この発言が聞こえた瞬間に観客席の麻留田は檻の準備を始めている。
「それは男の姿をした仮面体と女の姿をした仮面体の差って奴だろ、諦めろよ」
「まあそうだな。後で自分の部屋で脱げばいいか」
「ぬ……ゴホンゴホン」
何かを想像してしまったらしいグレーターアームがせき込む。
それから、弛緩してしまった決闘の空気を引き締め直すようにグレーターアームが武器の先をナルに向けながら言葉を発する。
「今回の決闘。俺たちがやる事自体は極めてシンプルだ。俺は今の俺に可能な全身全霊で最高な一撃をアンタに叩き込む。それをアンタが耐えきればアンタの勝ち。俺が押し潰せば俺の勝ち。本当にただそれだけだ」
「らしいな。そして、今ここでそう宣言された以上、俺に逃げると言う選択肢は無くなったわけか。俺の方が格上なんだしな」
「……。卑怯だと思うか?」
「まさか。手を尽くしてこその決闘だろう? ましてや負ければ終わりになるような何かが賭けられているわけでもない。ただの授業の決闘だ。だったら、示すべきものは示すべきだろうさ」
グレーターアームは武器を肩で担ぎ上げ、持ち手を両手で握り、攻撃を仕掛けるに当たって適切な彼我の距離となる場所へと移動する。
対するナルは未だに盾すら構えず、堂々と仁王立ちをして、グレーターアームとの会話に興じる。
「ただ、だからこそ言わせてもらうぞ」
「何をだ?」
「最低でもデビュー戦でトモエが見せた一撃以上のものをお前が見せなければ、この決闘が組まれた意味がない。俺は真正面から受け止めてやる。だから……お前もビビらず、余計な考えを持たず、堂々と真正面から来い」
「……!?」
ナルはただ言葉を発しているだけである。
それなのに、舞台の空気が張り詰めて、グレーターアームは息に詰まり、全身を一度強張らせる。
「すぅ……はぁ……」
そして、まるで覚悟を決めるように一度深呼吸をして、金属塊を持つ手を改めて握り直し……真っすぐにナルの事を見つめる。
下らない駆け引きなどする必要なし。
ただ最高の一撃を叩き込めばいいのだと自分に言い聞かせて。
グレーターアームは構える。
「『エンチャントフレイム』! 『ハイストレングス』!」
「来るか」
グレーターアームがスキル発動し始める。
ナルはその場から動くことなく、少しだけ足を広げて、きちんと盾を構える。
「『クイックステップ』! 『バーティカルダウン』!!」
「……」
グレーターアームの巨体がナルに向かって勢いよく飛び込み、型通りに動いた体が金属塊を振り下ろす。
『エンチャントフレイム』によって、ナルの盾が苦手としているらしい炎を武器に纏わせる。
『ハイストレングス』によって、元より優れた膂力を持つ体の筋力をさらに強める。
『クイックステップ』によって、自身には足りない踏み込みのスピードを補い、攻撃に乗せる。
『バーティカルダウン』によって、攻撃全体に魔力を纏わせて、威力を増強する。
それは、グレーターアームが使用しているデバイスがスキルを四つまで登録可能である事も、デバイスの特色も、自身の仮面体の特徴も生かした、現状の普通の決闘学園一年生が単独で出せる最高威力の攻撃と言っても過言ではないもの。
それこそ、生半可な防御であるならば、守りごと叩き潰して仮面体を粉砕せしめる攻撃であった。
「流石に……重いな」
「!!?」
が、それをナルは真正面から受け止めて見せた。
炎によって融解した盾で金属塊を真正面から受け止め、堅さと柔らかさの両立でもって衝撃を受け止め、押し込もうとする動きを筋肉と骨で受け止め、グレーターアームの一撃を完全に停止させていた。
「なん……かた……いや、柔らか……動かな……」
勿論、ナルに被害が無いわけではない。
肘や膝、肌の幾らかからは抑えきれなかった衝撃を逃がすかのように血が噴き出しているし、同様の理屈で以って制服も幾らか破れている。
だが、金属塊がビクともせず、おろし金のような金属突起を生かす事を生かすことも出来ず、グレーターアームが動揺している間にも、それらの傷は塞がり、まるで攻撃など受けなかったかのようになっていく。
「さて、今度はこっちの番だな」
「っ!?」
ナルが盾を手放して消しつつ、ほんの少しだけ跳躍して、全身が何も触れていない状態へ移行。
それから片足だけ舞台の床へ付け、続けてグレーターアームの腰を掴むと、その見た目からは想像もつかないような膂力で以ってしっかりと持つ。
そして、床に付けている片足で勢いよく床を蹴り……どうせ一撃で勝負がつくからと付けてきた『P・速力強化』を発動。
「ーーーーー!?」
ひねりを加えながら勢いよく跳躍したことで、ナルは凄まじい速さで回転しながら大きく跳ぶ。
それはすなわち、ナルに掴まれているグレーターアームも同様の状態になるという事。
「な、な、ーーーーー!?」
「さあ、どの程度の威力が出る!?」
ジャイアントスイングをしながらジャンプをする。
そうとしか表現のしようのない状態で飛び立ったナルは、やがて重力に引かれて落ちていく。
ただし、真っ先に地面に着くのはナルではなく、振り回されているグレーターアームであり、しかも凄まじい回転による混乱からグレーターアームの頭には対処すると言う思考すら生まれていなかった。
結果。
凄まじい勢いでグレーターアームの頭は舞台の床へと叩きつけられ、グレーターアームの全身全霊の一撃が当たった時と同じような凄まじい音をホール全体へと響かせ、舞い上がった砂埃によって二人の姿を観客の目から隠す。
そして、砂埃が晴れた時に舞台上に残っていたのは……。
「よし、勝ったな」
天を指さすようなポーズを取っているナルただ一人だった。
ナルキッソスの完全勝利である。




