87:五月の決闘準備
さて、体育祭の参加競技が決定し、そのための練習も始まった。
だが、それだけに集中するわけにはいかないのが、国立決闘学園の生徒と言うものである。
「ん?」
「メッセージだね」
それを示すものが届いたのは夕食の時間中だった。
と言うわけで、食事の手を一時止めてスマホを確認。
えーと、メッセージのタイトルは『五月の決闘の日程について』。
内容は……俺の決闘が今週の金曜日の午後に行われることが決定したようだ。
これはマスカレイドの授業成績に関わってくる奴だから、棄権したらその分だけ成績も下がる奴だな。
「ナル。決闘相手はどなたですカ?」
「えーと、グレーターアームって名前になっているな」
「ふうん……」
俺は決闘の相手の名前を告げる。
その瞬間にスズは何かを察した顔をし、イチは何かを思い出すような顔をし、マリーは何かを悟ったような顔をした。
その表情に逆に俺は困惑して……。
「虎卯寮一年生、魔力量900前後、巨大な武器と大型の両腕が特徴的な仮面体を持った男子だね。一撃の威力だけならトモエ以上だから、彼がナル君にどれぐらいのダメージを与えられるかを今後の試金石にするつもりなんだろうね」
「デビュー戦ではスキル込みとは言え、盾を持った相手を防御の上から一撃で吹っ飛ばして勝っていましたね。ただ、攻撃以外は一般的なレベルかそれ以下だったと思います。つまり、攻撃に特化した仮面体ですね」
「勝つだけならナルは逃げ回っていれば勝てる相手ですネ。たダ、わざわざ組ませてきた辺リ、ナルに求められているのは逃げる事ではなク、真正面から攻撃を受け止めて耐えきる事でしょウ。ナルの訓練としても都合は良いですガ、あからさまですネェ」
「「「ひえっ……」」」
スズたちからもたらされた圧倒的な量の情報に、思わず俺と周囲の聞き耳を立てていた生徒たちの声がダブった。
「ん? 怖いの? ナル君」
「怖いな。スズたちの情報量が……」
いやだって、名前を告げただけで、所属、だいたいの魔力量、仮面体の見た目に戦闘スタイル、おまけにどういう意図でこの決闘が組まれたのかまでお出しされるとは流石に思わないって……。
「まさかとは思うが、生徒全員の情報を把握しているのか?」
「それこそまさかだよ。流石に時間も手も足りないよ、ナル君。中にはデビュー戦にすら出てこない人だって居るんだから。私が知っているのは……護国さんたち甲判定者のような生徒たちの中でも実力者とされている人か、今回のグレーターアームみたいに何かしらの特徴がある人くらいだよ」
「そ、そうか……」
「戌亥寮の人なら全員把握しているけどね」
「「「!?」」」
流石はスズと言うべきか。
いや、この情報量はイチとマリーも協力しての事……だけじゃないのか?
もしかしなくても、麻留田さんたち二年三年の先輩たちの助力も……受けていそうだなぁ……。
とりあえず、俺としては頬を引きつらせずにはいられない話である。
「大丈夫だよナル君。悪用なんて考えてないから」
「そこはまあ、信頼しているから大丈夫だ」
「不必要に漏らすこともありませんよ、ナルさん」
「うん、そこも信頼しているから大丈夫」
「マリーたちが勝利を得るために利用するだけでス」
「そ、そうかー。ただ、ほどほどになー。個人情報なのは確かだし」
もしかしたら、いや、もしかしなくても、今ここで話題を出しているのは一種の牽制なのだろう。
あるいは情報戦の類か?
とりあえず、やり過ぎて敵を増やし過ぎないようにだけは釘を刺しておこう。
「えーと、それでだ。グレーターアームの情報は貰っていいのか?」
「うん大丈夫だよ。ただ、ナル君が決闘相手な時点で、相手はデバイスもスキルも火力に全部回しているだろうから、参考にしていい部分と参考にしてはいけない部分がある事は間違えないでね」
「なるほど」
俺はスズからグレーターアームの情報を貰う。
なるほど。
大きくて筋骨隆々な上半身に、巨大な武器を持っているな。
そしてデビュー戦ではイチが言っていた通りの一撃KO。
単純な瞬間火力で言えば、確かにトモエの一撃にも匹敵していそうな感じはある。
反面、機動力や防御力は低いようで、デビュー戦で勝てたのは相手が防御を優先したからと言うのが大きいようだ。
これがもしも専用デバイスを持ってきて、それが火力に性能を回したもので、スキルについても同様であるなら……なるほど、脅威になりそうだな。
しかし、逆にこれを真正面から受け止める事が出来たのなら、一対一かつマトモな手段で俺の防御を突破できる一年生は居ないと考えても良さそうではある。
なるほどなぁ……これは確かにスズの言う通りの試金石であるし、マリーの言う通りに訓練相手として都合が良くもありそうだ。
「あ、ナル君。一応言っておくけど、グレーターアームが専用デバイスを使うことは無いから」
「そうなのか?」
「護国さんの家じゃないんだから、流石に間に合わないって。今の一年生で専用デバイスを持っている可能性があるのは、甲判定だと護国さん、羊歌さん、吉備津君の三人くらいで、乙判定の中でも親が現役のプロの決闘者でデバイス会社と繋がりがある十数人くらいだって」
「という事は?」
「市販品の中でも、自分と相性が良く、攻撃に向いたデバイスを選んで使っている程度って事」
「なるほど」
どうやら少し過剰な警戒をしていたらしい。
うんまあ、やる事に変わりはないから、別にいいか。
なおこれは余談となるが、専用デバイスにもグレードと言うべきものがあるらしく。
そのグレードの最上位に当たる、俺が『シルクラウド』社に作ってもらっているような、設計レベルから専用のデバイスの所有者と言うのは、本当に少ないとの事。
多くは、既存のデバイスを使用者一人一人に合わせてチューニングをした程度であるらしい。
そして、プロにチューニングしてもらうのではなく、使用者自身がチューニングすると言う事も結構多い。
で、今回のグレーターアームについては、本人の技量、実家の繋がりなどから考えて、相性のいい市販品をチューニングせずに使っている程度だろうとの事だった。
ぶっちゃけ、殆どの決闘者はこれであるらしい。
これで問題が起きる事もないようだし、性能上昇は見込めないが、性能低下する事も絶対に無いので。
「ちなみにチューニングの方法って学園で習ったりは……」
「成績優秀者や拘りたいと思った人が受ける授業はあるし、図書館にも本があるよ。ナル君には不要と言うか、下手に弄らない方がいいだろうけど」
「一般的な魔力性質の所有者である事が前提ですからネ。あの手の本ハ」
「はい。なのでナルさんは止めておいた方がいいと思います」
「あ、はい」
なお、俺は魔力性質も考えると、手を出さない方がいい分野らしい。
まあ、俺は衣装を好きに変えられるのだから、そこで必要な調整はすればいいか。
余談ですが。
戌亥寮に所属する生徒は、一学年75人なので、三学年合わせて225人。
この内、甲判定者がナル含めて5人で、残りが乙判定者となります。
09/07誤字訂正




