86:投擲・射撃競技の練習方法
「えーと、いつもの教室でいいんだよな」
「はい、いつもの場所で大丈夫です」
「スズが申請に行っているはずでス」
ミーティングがすんなり終わったという事で、俺たちは早速、体育祭の練習を始めるべく動き出す。
向かう先はいつもの教室。
えーと、何だったか、色々な機材を使う事によって、狭い教室の中でも、一部の競技の練習が出来るようになっているらしい。
「お待たせナル君。教室使用の申請と機材の使用許可、両方とも取って来たよ」
「いつもありがとうな、スズ」
「ふふふ、これくらいなんてことないよ」
と言うわけで、別行動していたスズも合流して、教室に無事到着。
中に入る。
「それでどうやって練習するんだ?」
「えーと、ちょっと待ってね」
今年の体育祭で俺たちが参加する競技はこうなっている。
ナル:10000m、強行突破、特殊決闘・プロレス
スズ:曲線、円盤投げ、特殊決闘・プロレス
イチ:飛び石、射的、借り物競争
マリー:ダンス、やり投げ、借り物競争
この内、10000m、曲線、ダンスについては、グラウンドに出れば共同の練習場所で練習できるので問題ない。
特殊決闘・プロレスについてはいつも通りの決闘の準備をすればいい。
借り物競争については、実はマスカレイドを発動していない素の状態の身体能力の方が重要とかで、生身でのランニングとかで鍛えるべきであるらしい。
強行突破は……まあ、出たところ勝負だろうな。
そして、残りの競技が、教室内で機材を使用して練習するものであるらしい。
スズの指示で、イチとマリーがアレコレ弄って、準備をし……決闘の際に舞台を囲うものと同種の結界が展開される。
「うん、準備完了。えーと、説明の為にイチは中に入ってもらえる?」
「分かりました」
イチが結界の中に入り、マスカレイドを発動、ファスの姿になる。
「では、射的の練習を始めます。3……2……1……スタート!」
「撃ちます」
ファスがクロスボウを結界に向かって撃つ。
するといつの間にか結界の内側に的のようなものが、壁に書かれた絵のように出現していて、ファスのクロスボウの矢が結界に触れて分解されると、その絵の中を矢が飛んで行き、絵の中の的へ命中。
点数が加算される。
「これは……あれか、ARの亜種みたいなものか」
「うん、そうなるね」
俺は目の前の光景に対する感想を漏らし、スズがそれを肯定してくれる。
AR……Augmented Reality、日本語訳するならば拡張現実。
現実の光景にCGなどで作られたデータを重ね合わせる事で、現実を拡張する技術である。
それを利用して、学園では結界内に居る人間の動きを観測し、そこから計算された結果を結界に映し出すことによって、一部の訓練に利用できるようにしているらしい。
今なら、結界の壁に射的の的を距離含めて再現した上で、ファスのクロスボウによる攻撃の結果を産出して表示しているようだ。
「こうでもしないト、やり投げなどは危険すぎて練習できませんからネ」
「この時期だけやる人が増えるのに、人も場所も物も増やせないしね」
「ああなるほど。言われてみれば納得だ」
何故このような技術が必要かと言われれば、それはシンプルに練習場所、道具、人員、安全の確保の為である。
そもそも投擲・射撃競技で行われる運動は、事故が起きた時に生身の体で受ければ大惨事を免れない物ばかりである。
しかし、決闘学園の生徒がこれらの競技に手を出すのは、一部の生徒を除けば、体育祭の期間中だけ。
決闘学園が国立とは言え、流石にこの為だけに専門の人員を呼べるほどの余裕はない。
競技スペースに入る際には、マスカレイドの使用を徹底する事が関の山である。
また、投擲・射撃競技と言うのは、基本的に広大な敷地を要求するものである。
効率的な練習の為には同一競技のための敷地が複数欲しいところではあるが、前述と同様の理由で以って、それほどの敷地を確保できるほどの余裕はない。
しかし、決闘の練習の為の敷地ならば、幾らでも用意できる。
そんな事情が噛み合った結果として、他にも色々と応用が効く事もあり、AR技術を利用した投擲・射撃競技の練習場が考案され、実装された。
らしい、スズとマリー曰く。
なお、流石に風や重力の影響を正確にシミュレートしたり、砲丸の重さを再現したりは出来ないので、何処かで一度くらいは本物を使った練習をするべきでもあるらしい。
この技術の用途先としては、まだ基本的なフォームの確認ぐらいまでだそうだ。
「ふぅ。いい感じですね」
「お疲れ様です。ファス」
とまあ、そんな感じの会話をしている間に、ファスが射的を終了。
記録は……良いのか悪いのか、ルールをきちんと確認していないから、よく分からないな。
ただ、マスカレイドを解除して結界の外に出て来たイチの表情を見る限り、そこまで悪い結果では無いようだ。
「では次はマリーですね」
「うん。その後は私が円盤投げをしてみるね」
続けてマリーが結界の中に入り、やり投げの練習を始める。
なんか、結界の応用とかで、投擲物の形については、殺傷能力を持たない形で再現できるそうだ。
で、マリーが練習をしている間に一つ気になった事があったので、俺はスズに質問する。
「もしかしなくても強行突破の練習もできるのか?」
「うーん、出来ると言えば出来るけど……大量に迫ってくる攻撃の映像と音を流せるだけだから、ちょっとビビらなくなる程度じゃないかな? 風すら起こせない訳だし」
「うーん、そうか。でもまあ、それでもやっておかないよりはマシだと思うから、後でやっておく」
「分かったよナル君。準備しておくね」
どうやらこの機材でする強行突破の練習は、どれほど激しい攻撃が飛んでくるのかを事前に主観で知っておけるくらいなものであるらしい。
ただ、マリーがやり投げの練習を、スズが円盤投げの練習を終えた後に試させてもらった身として言わせてもらうなら……事前に知っておいてよかったと断言することは出来る光景であった。
それだけは、明言しておきたい。




