84:朝のランニング
国立決闘学園に入学してから一か月と少し経った。
それだけの時間が経ったという事で、俺の土日の行動もだいぶ固定されてきている。
具体的に言えばだ。
朝はランニングを一時間程度。
昼はスズたちと一緒にショッピングモールへ行って、必要な物の買い出しと決闘に役立つ何かがないかの探索。
夕方はイチが指導する形での体術訓練。
夜はスズとマリーがメインになっての座学や宿題。
と言う感じである。
「すぅー……はぁー……」
そんなわけで、現在の俺は学園の敷地内を適当にランニング中である。
コースは特に決めていないが、学園の広さもあって、未だに行っていない道があるので、未知のコースを少しずつ潰している状態だ。
スズ、イチ、マリーの三人の姿も無い。
三人も三人でやる事があるのだから、これも当然の事だろう。
ただ、この日のランニングはいつもと少し違う展開になった。
「あら、翠川様」
「ん? 護国さんか。そっちも……ランニングか?」
「ええそうです。私も翠川様と同じでランニングです」
道の途中、十字路の曲がり角で護国さんに遭遇して、向かう方向も同じだったという事で、一緒に走る事になったのだ。
「護国さんも体力作りの一環として、と言う感じか」
「その通りです。ランニングは効率よく体を動かすことを学びつつ、基礎的な体力を付けるのに向いていますから。時間やルートは人それぞれですが、他にも私たちと同じように走っている人は居るはずですよ」
「だろうな。俺も時々他の人とはすれ違ってる。中には走り慣れていない感じのも居るが」
俺と護国さんは会話をしながら走り続ける。
俺と護国さんでは身長差から来る歩幅差もそれなりにあるのだが、そこは俺の方がペースを合わせている形だ。
ただ、護国さんの走りにはまだ余裕がありそうなので、護国さんも護国さんで俺のペースに合わせようと減速しているのかもしれないな。
「走り慣れていない人は体育祭で徒競走などの走る競技に出る事が決まったから、走るのに少しでも慣れるために今から練習しているのでしょう」
「走る競技と言うと、徒競走以外だとハードルや流鏑馬、借り物競争なんかもか」
「そうなりますね。私も10000mの他には借り物競争に出ますから、慣れておかないと」
「……。それ、言って大丈夫なのか?」
「問題ないと思いますが? 借り物競争は対策の仕様がありませんし、10000mは一部例外を除いて甲判定者が出てくると決まっているようなものですから。翠川様も10000mには出るのではありませんか?」
「ん? んん?」
護国さんの言葉に俺は少し考える。
借り物競争の話ではない。
10000m徒競走の話だ。
一部例外を除いて甲判定者が出てくると決まっている?
どう言う事だ?
「翠川様? 各寮は全ての競技に各学年一人は出さないといけない、と言うルールを分かっていますか?」
あ、あー……なんかスズか諏訪さんか……どちらかがそんな事を言っていたような気がする。
それに俺の希望競技を出した時に、スズたちがなんだか微妙な表情をしていたのも思い出してきた。
「たぶん?」
「……。翠川様、10000mの徒競走は、走り切るのに相応の魔力量が無いと、途中で魔力切れを起こしてマスカレイド解除となり、失格となってしまいます。これは良いですね? だからこそ、事前に記録を出していないと10000mは参加できない訳ですから」
「ああうん、大丈夫」
「では、10000mを走り切るのに必要な魔力量はどの程度か。普通に走るのであれば、魔力量が1000は必要です。つまり、甲判定者でないと、魔力量が足りません」
「なるほど」
きゅ、急に数学のお話が始まってしまったような気がする。
いや大丈夫だ。
ちゃんと話にはついていけているし、交通ルールやすれ違う人にも注意は払えている。
うん、大丈夫だ。
「となれば、身体能力と仮面体の能力も合わせて考えると、虎卯寮では私。子牛寮では縁紅か吉備津君。申酉寮は徳徒君か遠坂君。戌亥寮では翠川様で確定する事になります。だから私は翠川様が10000mに出場するものと決めていたのですが……違うのですか?」
「あー、その戌亥寮の決め方だと、出場競技を本決定するのは次の月曜日のミーティング時なんだ。だから、護国さんが言う通りなら、そこで俺以外に10000mに出ようと考えている人が居なければ、俺が出ることになると思います」
「なるほど……つまり、水園さんは今週の希望を出すタイミングでは、敢えて訂正せずに見逃したわけですね」
護国さんの俺を見る目がなんだか、俺のやる事に呆れている時のスズの目に似ている気がする。
「そうなる……のかな? あー、えーと、気が付かなかった俺が悪いだけで、スズたちは悪くないからな。そこは確かだ」
「そうですね。水園さんたちは悪くないです。これはルールをきちんと把握しきれていなかった翠川様の問題ですから」
「うん、そうそう」
「ただ翠川様。この手のルール確認の把握ミスは決闘では致命傷になる事もありますので、きちんと把握するようにした方がいいかと。水園さんたちもそれを理解させるために、今回は敢えて見過ごしたのでしょうし」
「あ、はい……」
はい、反省してます。
護国さんから、咎めるような視線がビシバシと飛んできているのを感じて、縮こまるような思いになってます。
これはスズたちを頼り過ぎるなって事なんだろうな、たぶん。
うん、本当に気を付けよう。
「と、そろそろ寮の近くですね。それでは翠川様、私はこれで」
「ああ分かった。今日はありがとうな、護国さん。俺が気が付いてなかった事を教えてくれて」
「い、いえ、そんな……こちらこそ差し出がましい事をしてしまって申し訳ありませんでした。その、水園さんには後でよろしく言っておいてください」
「ああ、分かった。それじゃあまた今度」
「は、はいっ! ”また”、ですね!」
ここで虎卯寮が見えて来た。
俺はもう少し走る事になるが、護国さんは此処で走るのを終えるようだ。
なので、俺は護国さんと別れるとそのまま走り出し、戌亥寮に向かってラストスパートをかけた。
なおその後、護国さんにも言われた事なので、今日のランニング中にあった事をスズに話したところ。
「あ、教えてもらったんだ。ふむふむ……まあ、これはこれでと言うところかな?」
などと、笑顔で呟いていた。
「あ、ナル君。次のランニングからは最初は虎卯寮方面に走るようにしようか」
「まあ、別に構わないけど。なんで?」
「うーん、サスペンス防止?」
「?」
なお、その後の言葉はさらに意味が分からない物だった。
従っておくけれど。




