83:模擬決闘を終えて
「本日はありがとうございました。皆様からお預かりしたデータは私の手で確実に研究員の方へと届けさせていただきます」
「はい、よろしくお願いします」
模擬決闘が終わって。
必要なデータは取り終わったという事で、楽根さんは嬉しそうな顔で俺たちに挨拶をしている。
「デバイスのデザインや細かい仕様の相談などで、完成までにもう何度かやり取りをする事は必要だと思いますが、試作品につきましては早めにお渡しする事が出来ると思います」
「具体的には?」
「そうですね……六月の初め。そちらの体育祭の前には最初のものはお出しできるはずです」
「なるほど」
体育祭の前には試作品が出来る。
と言う事は、体育祭には専用デバイスで臨む事も可能になるのか。
護国さんなどの入学前から有名だったぽい人たちの中には、既に専用デバイスを持っている人もいるだろうし、そういう人たちと競い合う事を考えたら、これはありがたいことだな。
「試作品が来た時はマリーとの模擬決闘ですかネ?」
「うんそうだね。ナル君が望んでいる通りのものが出来たなら、相応の火力に対する耐久試験が必要だろうし、そうなったらマリーが適役だと思うよ」
「ではその時は任されましタ。たっぷりと蓄えておきますネ」
うんまあ、確かに試作品が来た時のデータ取りにはイチよりもマリーの方が良さそうではあるな。
「その時は担当者として、また観戦させていただければありがたく思います。マリー様が高出力な仮面体であるのならば、弊社のデバイスを使った際にどのようになるかは興味があるところでもありますので」
「ふふフ。そうですネ。マリーとしてもモ、そこは少し楽しみでス」
ちなみにだが。
今回の『シルクラウド』社による専用デバイス開発だが、当初は俺の分だけと言う話だったはずなのだが、何時の間にやらスズたちの分まで開発する事になっている。
交渉の席でスズが色々とやって、楽根さんが上に相談して、気が付いたらそんな感じになっていた。
まあ、今後俺とスズたちでチームを組んで行動する事があるようなので、その際に四人揃って同じデバイスを付けている事の視覚的効果を考えたら、納得しかない話なのだけれど。
なお、そうやって開発されるスズたちのデバイスは、基本的な仕様は俺専用のものを基にして、そこからチューニングしてスズたちの特性に合わせるそうだ。
その為に必要なデータも既に渡してあるそうなので……後はお任せである。
「また、事前の取り決めの通り、こちらのデータの一部をスキルの研究員の方へも流させていただきます。翠川様たちが気に入るものが出来るかは分かりませんが、これで弊社のデバイスに合うと同時に、翠川様たちの魔力の性質にあったスキルも少なからず開発されるはずです」
「らしいですね。楽しみにしてます」
それと、今日取ったデータは『シルクラウド』社と縁があるスキルの研究開発をしている場所にも流されるらしい。
えーと、スズ曰く。
俺の魔力の動きや性質を研究する事によって、新しいスキルが生み出される可能性がある、だけでなく、俺でも使えるように改良されたスキルや、これまでのものよりも効果が上昇したスキルが生み出されるかもしれない。
そうなれば、データの提供者である俺に対しても、色々と恩恵がある。
だったかな。
とは言え、スキルの研究と開発はそう簡単なものでは無いそうなので、簡単な物ならともかく、きちんとしたものなら少なくとも数か月、場合によっては一年以上の期間を見て待つべきもののようだ。
なお、研究開発が完了すれば、殆どのスキルは俺たちがスキルを登録する際に使っている端末へと登録されるそうなので、そこで利用すればいいとの事。
緩い繋がりだが、好き勝手に開発できるからこその掘り出し物なスキルもあるようなので、日本のスキルの研究開発の場はこうなっているらしい。
「それでは改めまして。本日は本当にありがとうございました!」
そうして楽根さんは学園の外へと出て行った。
なお、この後は『シルクラウド』の研究所がある場所まで、専用の車で送られるそうだ。
「さてナル君。楽根さんについてはどう思った?」
「どうって、普通に真面目に仕事をしてくれる大人の女性っていう感想しかないんだが? 楽根さん自身も真面目に仕事をする気しかなかっただろ。いやまあ、ここでスズが話を聞いてくるという事は、『シルクラウド』社自身はそうなっても構わないと思っていたんだろうけど」
「うん、そう言う事だね。でもまあ、そっちは本当に棚ボタ程度の気持ちで、真面目に仕事をするのが第一でいいはずだよ」
「でないと困る。やるべき事をやっているのは大前提なんだからな」
で、楽根さんの姿が見えなくなったところで、不穏な質問をスズはしてきた。
いやまあ、そう言う事をやる理由は分かるけどな?
甲判定者の立場がそう言うもので、同じ程度の仕事を出来る会社が複数あるなら、親しい方を選びたくなるだろうし。
会社が決闘を挑まれた時に、身内だったら裏切る事も無ければ、身内価格でやってくれる可能性だってあるだろうし。
うん、企業と言うのは、一筋縄ではいかないな。
当たり前なんだけど、強かだ。
「とりあえず今日の所はこれで終わりだな。戌亥寮に帰ろう」
「うん、そうだね。ナル君」
「ですネー」
とは言え今日は乗り切った。
明日以降も何とかはなる事だろう。
敵ではなく味方なわけだしな。
「あ、ナルさん。戌亥寮に帰ったら、寮の中の空きスペースでイチと簡単な組手をしましょう」
「え?」
「今日のイチとの模擬決闘。イチにマトモに攻撃を当てる事が出来ていなかったので。今後の為にも体術を学びましょう」
「……。お手柔らかにお願いします」
「善処はします」
なおその後、俺は戌亥寮でイチに何度も投げられたり、打たれたりすることになった。
痛くないように配慮はしてくれていたが……中々の厳しさだった。
必要性は理解できているので、不満などは言わないが。




