8:戌亥寮
国立決闘学園は全寮制の学園である。
これは、全国から決闘者の卵を集めて育てると言う学園の特性に加えて、未来の敵になるかもしれないと様々な妨害活動を目論む敵への備えとして、全寮制にした方が都合が良いと国が判断したためである
そんな国立決闘学園の中に存在している寮は四つ。
子牛寮、虎卯寮、申酉寮、戌亥寮である。
寮の名前は、本校舎を中心として学園全体を見た場合に、何処の方角にあるのかを示している。
なので、戌亥寮ならば、学園全体で見た場合には北西の位置にある事になる。
なお、それぞれの寮にはどうしてか似た傾向の生徒が集まると言う奇妙な話があるが……これについては今は割愛。
寮の構造としては、何処の寮も概ね同じ。
五階建てで、生徒250人を収容できる規模になっている。
一階は食堂などの共用スペースであり、催し物が開かれることもある。
二階と三階は男子寮であり、男風呂と男子用のランドリーなども同様。
四階と五階は女子寮となっており、設備についてもほぼ同様。
注意事項として、男子生徒が四階以上に行く事は相応の理由が無ければ認められず、仮に許可なく侵入している事が判明した場合には相応の罰則が与えられることになる。
場合によっては退学などの重い処分が下されることもあるので、冗談でも行ってはいけない。
部屋割については学園の指示通りに。
なお、魔力量甲判定者は一人一部屋が与えられ、魔力量乙判定者は三人一部屋が基本となっている。
人数の都合で二人一部屋になっている者も居るが、一人で一部屋を占有できるのは、基本的に魔力量甲判定者のみである。
それでは各自、自室の鍵を受け取るように……何? まだ全てを話し終えていない?
……。
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「あー、そうか。学園内専用SNSや授業についての軽い話もあるんだったか。全くもってかったるい。こんな事なら、寮長なんて引き受けるんじゃなかった……」
「「「……」」」
俺、スズ、イチ、マリー、それから他の戌亥寮所属となった新入生一同は、寮長である桂雄先輩の言葉を聞いていて、一堂にこう思った。
大丈夫なのか、この先輩。
と。
いやまあ、喋っている内容そのものにはおかしさも無いし、伝えるべき事をきちんと伝えてくれているようだから大丈夫なのだろうけど……。
それでも、かったるそうにしている姿を見てしまうと、そう思わずにはいられなかった。
いや、と言うかだ。
「アレで寮長と言う事ハ、他の先輩たちはもっとヤバイ、とかなんですかネ?」
「「「……」」」
マリーの言葉に返す者はいない。
だが、無言こそが雄弁な肯定であるとはよく言ったもので、ほぼ間違いなくそう言う事なのだろう。
「ヤバいと言うか、協調性や確実性の問題だな。戌亥寮は割と好き勝手やっている奴が多いから、三年生だと俺ぐらいしか、確実に情報を伝達できると判断されている奴が居ないんだ。分かったか、マリー・ゴールドケイン」
「ワ、分かりましター……」
しかし能力はあるらしい。
甲判定者である俺ならばまだしも、マリーの名前を把握しているという事は、この場に居る新入生……だいたい80人前後の顔と名前は全員一致させている可能性があるという事だ。
それと、マリーの小声がしっかりと聞こえて居る辺り、耳もかなり良さそうである。
「さて説明を続けるぞ。次は学園内専用のSNS……ソーシャルネットワーキングサービスについてだな」
説明が再開される。
ただ、俺も含め、新入生たちの話を聞く態度には先ほどよりも緊張感が漂っている。
誰だって寮長に悪い意味で目なんて付けられたくないのだから、当然なのだけれど。
「国立決闘学園の生徒には、学園内専用のSNS……あー、正式名称は『マスカレイド-net』と言うんだが、生徒間ではもっぱら『マスッター』と呼ばれているものがあるんだが、それのアカウントが一人一つずつ与えられている。使い道については、学園側からの連絡に始まり、各種お知らせのチェック、友人同士の会話、匿名掲示板での他愛ないバカ騒ぎなど色々とあって、ここで全部説明するのは無理だから、後で各自目を通しておけ」
『マスッター』か。
なんだか少し前に、アルファベット一文字に名前が変わったとあるSNSを思わせる名前だな。
「ただ一つだけ注意事項がある。今さっき言ったように、『マスッター』のアカウントは一人一つだし、学園内限定だ。だから、匿名掲示板であっても実際には匿名性なんてものは無いし、誰が何時何処でアクセスしたかや情報を発信したかが全て記録されている」
「「「……」」」
「だから、誹謗中傷やなりすまし、犯罪の教唆なんぞをすれば、直ぐに学園側にバレる事になって、よくて謹慎。最悪は退学からの犯罪者行きコースだ。ネットリテラシーの大切さなんて今更言われるまでもないだろうが、各自言動には気を付けるように」
ああうん、確かに大切な話ではあるな。
人を傷つけるような書き込みの類をするなと言う当たり前の話と言ってしまえば、それまでなのかもしれないけど。
とりあえず、俺の周囲でSNS周りが怖いのは……スズだな。
「スズは気を付けるようにな。俺を馬鹿にするような書き込みがあっても反応しないように」
「大丈夫だよナル君。そんな私も巻き込まれるような手は使わないから」
「……。信じてるからな」
「大丈夫なんでしょうか、これ」
「信じましょウ。まだ友達歴半日ですけド」
そこはかとなく不安だが、スズは賢いから大丈夫だ。
きっと大丈夫だ。
大丈夫だと信じよう。
「続けて授業についてだが、これも詳しくは『マスッター』を確認するように。こちらから言う事としては、学園の授業は各自の進捗具合に合わせて組まれることになるから、学力には自信のない甲判定組や、苦手科目がある乙判定組でも、授業についていけないなんて心配はしなくてもいい。そもそも受ける内容が変わるからな」
「あ、はい」
「ナル君……待っているからね」
「たぶん、無理じゃねえかなぁ……」
授業についての心配は要らないらしい。
いや、下げた内容でも分からなかったら、中々にショックを受けそうな気もするが……大丈夫だよな?
俺はそこまで馬鹿じゃないはず。
うん、そのはずだ。
「さて、これで伝えるべき事は伝えたな。質問がある奴は、寮の事務員さん辺りにでも聞いてくれ。丁寧に教えてくれるぞ。では、各自、自分の部屋の番号と鍵を確認してから、自室へと向かうように」
そんなわけで、桂寮長による説明会は終了。
俺たちは自分の部屋へと向かう事になる。
「ナル君の部屋は?」
「0304号室になっているな。三階、4番の部屋って事らしい。スズは? 行けないけれど、一応聞いておきたい」
「私たちは0410号室だね」
俺は早速自分の部屋の番号を確認。
それからスズの部屋番号も、何かしらの理由で使うかもしれないからと確認。
「私たち?」
ただ、そこで少し気になったので疑問を口にしたところ。
「イチも0410号室との事です。一緒の部屋ですね」
「何故かマリーも0410号室だったのですヨ。不思議な事もあるものですネ」
「ふうん? そうなのか。不思議だな」
「うん、とっても不思議。悪い事じゃないけどね」
なんだろう、誰かしらの意図が働いている事は明白なのだけれども、誰の意図なのかは分からない感じだな。
いやそもそも、この三人を一緒の部屋にする事によって、誰か損得を得るのだろうか?
強いて言うなら、スズ、イチ、マリーの三人は既に仲良くなっているので、そこがバラバラにならなかったのは都合が良く、この三人が得しているようにも思えるが……。
まあ、深く考えても詮の無い事か。
切り上げておこう。
「じゃ、スズ、イチ、マリー。ここでな。また後で」
「うんまた後でね。ナル君」
「では失礼します。ナルさん」
「次は夕食時ですネー。ナル」
俺たちは三階へと移動。
そして、そこでスズたちとは別れて、俺は自分の部屋……0304号室へと入った。