79:一年生戌亥寮体育祭ミーティング
「さて、感心な事に全員揃っているな。例年、一人か二人くらいはサボる奴が居るんだが、今年は居ない奴もきちんと理由があるか、連絡をしてくれているし……いや、本当に感心するよ。お前らの勤勉さには」
月曜日の午後。
体育祭についてのミーティングを行うという事で、戌亥寮の大型会議室には一年生のほぼ全員と二年生と三年生の一部が集まっていた。
そして今、壇上で話をしているのは、戌亥寮の寮長である桂寮長である。
「さて。そんな勤勉なお前らには悪いが、体育祭における戌亥寮の方針はシンプルだ。『ルールさえ守れば、後は自己責任で自由にしてヨシッ!』以上だ!」
「「「!?」」」
で、今、指揮を執る立場にあるはずの寮長によって、方針なんてものは存在しない事が通達された。
うーん、まあ、アレだな。
「知ってた」
「まあ、そうなる」
「ルール確認ヨシッ!」
「なんでヨシッって言ったんですか?」
「まあ実際、押し付けられても面倒だしな」
「調整で此処に出てくれはあるかもだけど、最初からガチガチってのもねー」
「他の寮の誰それが出るから変えてくれってのもダサいしなぁ」
「自由にしていいって事は、選んだ相手に従うのもまた自由って事!」
「ヒャッハァ! 桂寮長は話が分かるぅ!!」
戌亥寮なら、それでいいんだろう。
沸き立っている人間も居れば、冷静に頷いている人間も居るが、困った表情をしている人間は見当たらないしな。
「ふむふむ」
「なるほどですねネェ」
「マル、バツ、バツ、マル……」
「……」
なお、そんな同級生たちをスズたちは冷静に観察している。
これはアレだな。
桂寮長の言葉に対する反応から、体育祭の参加競技で調整が必要になった時に、誰へ話を持っていくかの優先順位を付けて行っているのだろう。
ちなみに、諏訪さんと獅子鷲さんは桂寮長の隣で苦笑している。
「と言うわけで、後は一年で頑張ってくれ。分からない事があったら、その時はそこに居る熊白か麻留田に聞いてくれれば、大抵は問題ないはずだ」
「熊白未隈だくまー。戌亥寮二年の甲判定者だから、分かり易い質問には答えるくまー」
「麻留田祭だ。戌亥寮三年甲判定者で、風紀委員長でもある。自己責任と言う言葉の意味はよく考えるように」
と言うわけで、桂寮長は部屋の外へ出ていく。
そして、代わりに紹介された二人だが……麻留田さんはもちろん、あの麻留田さんである。
俺は土日に各学年の体育祭取りまとめ役が集まるまで気づいていなかったのだが、麻留田さんは俺と同じ戌亥寮だったらしい。
おまけに部屋も俺の部屋の真上との事である。
で、もう一人の熊白先輩は……やる気を感じないな。
なんだか動物園で昼寝をしている熊のようである。
後、その語尾は何なのでしょうか、先輩。
「えーと、それじゃあ体育祭についての説明を始めようか。説明が終わったら、とりあえず現時点での希望を各自紙に書いてもらって提出。来週までにこっちでまとめるから、来週は調整が必要な部分について話し合うと言う流れで行くよ」
「質問については、説明が終わった後でお願いします。私と諏訪君はそれなりに調べたので、大抵の事には答えられるはずです」
諏訪さんと獅子鷲さんが説明を始める。
説明の内容は……うん、分かり易いな。
それぞれの競技にどのような能力が必要とされるかの予測も含まれていて、これなら選択肢が多くて迷う事はあっても、適性が無いものを選んでしまう事はなさそうだ。
「ナル君。どれに参加するかは決まった?」
「まあ、だいたいは」
「流石ですね。イチは少し迷ってます」
「ナルは能力的にも選びやすいですよネ。羨ましいでス」
さて、そうして二人が説明をしている間に、俺は自分が参加する競技を決めて、紙に書いてしまう。
スズたちも……概ね決めたっぽいな。
せっかくなので見せ合う事にしたのだが、このような結果になった。
ナル:ダンス、強行突破、プロレス
スズ:曲線、円盤投げ、ダメージコンテスト
イチ:飛び石、射的、借り物競争
マリー:400m、砲丸投げ、借り物競争
「「「……」」」
「どうした?」
「ううん、何でもない、これはあくまでも第一希望だもんね、うん」
「んー?」
俺が選んだ競技には何か問題があるらしい。
スズたちが揃って微妙な顔している。
けれど、俺の仮面体の性能的に……体の制御は完璧と言ってもいいからダンス、防御能力が圧倒的なので強行突破、殴り合いには強いのでプロレス……と言う形で選んだので、何も問題はないはずなのだけど。
俺は甲判定者だし、こういう時は主力として活躍できそうな場所へ突っ込むべきだしな。
「まあ、来週になったら分かるよ、ナル君。うん」
「そうか」
まあ、俺が見落としているだけで、参加人数とかを調整する都合で、参加せざるを得ない競技があったんだろう、たぶん。
その辺で調整が必要なら受け入れるから、話が来るまで待っておけば問題はないな。
「スズさんのダメージコンテストは大丈夫なのですか? ランダム要素が強いと思うのですが」
「駄目かも。まあ、そこは他の人次第じゃないかな。マリーは……ぶっちゃけやる気ない?」
「やる気がないと言うよリ、体育祭とマリーとの相性が良くないんですヨ。なのデ、今回は無難に流しまス。イチハ……実は射的一本狙いですよネ」
「そうですね。他の競技は調整が入っても構いません」
ふむふむ。
多少の違和感を感じたのだけれど、調整とかの対象になる事も考えての選択ではあるらしい。
たぶんだが、他の生徒たちも絶対に譲れない部分と、譲れる部分があるんだろうな。
そして、来週までに調整しないといけない箇所を把握して、実際に調整をする事になる、と。
やっぱり、調整役って並外れて大変な役目っぽいな。
「以上が体育祭の説明となる。では、今日は参加希望競技を提出した者から、退室して欲しい」
「質問がある人は諏訪君、私、麻留田風紀委員長、熊白先輩へどうぞ。それから水園さんたちも質問を受けてくれます。分からない事は分からないままにしないようにお願いします」
そんなこんなで説明終了。
続けて質問タイムとなる。
とは言え、俺がやる事はスズの後ろに立って、一緒に話を聞くぐらいしかやる事が無いのだけれど。
「私の仮面体なんですけど……」
「俺の仮面体なんだが……」
「こういう能力を持っていてですね……」
「能力を生かすのなら……」
いやしかし、体育祭が寮ごとな理由がよく分かるな。
質問を聞いているだけでも、安易に外へは漏らせないような情報……各自の仮面体の能力やスキルの情報が集まってくる。
うん、漏らさないように気を付けておこう。
いずれは決闘の姿から知れ渡っていくのかもしれないけど、それは今、俺が漏らしていい理由にはならない。
「では、来週までに何処で調整が必要なのかをまとめて来ますね」
「よろしくお願いします」
そうして、体育祭に向けての戌亥寮でのミーティングは無事に終わったのだった。




