77:ナルのランニング
火曜日。
マスカレイドの授業時間、ナルはスズを連れて、グラウンドへとやって来ていた。
理由は単純で、ナルは仮面体と授業日程の都合でこれまでに限界ランニングとも呼ばれる、自分がマスカレイドを維持できる限り走り続けると言う行為をしてこなかった。
その為、それに伴う記録も持っていなかった。
これでは体育祭含めて色々な場面で問題があるという事で、今日は記録を取りに来たのである。
「しかし限界なぁ……限界……無理なんじゃないか?」
「うん、私もそう思う。だから、今日はとりあえず授業時間限界まで走ってみて。そうしたら、次回の測定では先生が何かしらの対策を考えてくれるだろうし」
「分かった。じゃあ、とりあえず走る」
ナルはマスカレイドを発動すると、女子制服姿の仮面体になって走り始める。
走るフォームに淀みやつかえは無く、速さそのものについては並走する他の一般的な生徒と比べて遅くも無ければ速くも無い。
なので、この時点で周囲の生徒が思うのは、珍しい生徒が走っているな、程度のものだった。
走り始めて10分経過。
この時点で大抵の魔力量乙判定者は限界が来たり、限界でなくとも魔力の底を感じ始める。
が、ナルはペースを変えることなく走り続ける。
走り始めて20分経過。
この時点で乙判定者たちは全員居なくなり、甲判定者でもギリギリと言うレベルの者たちは居なくなる。
しかし、ナルのペースは変わらない。
走り始めて30分経過。
この時点で甲判定者でも殆どのものは居なくなるし、学年トップと言われる生徒でも、底が見えてくる。
けれど、ナルは走り始めた当初と変わらずに走り続ける。
走り始めて40分経過。
この時点で既に前人未到と言っても過言ではなく、周囲の生徒たちが何時まで走り続けているのだとざわつき始める。
それでも、ナルは依然走り続ける。
走り始めて50分経過。
この時点で周囲の生徒たちは、底なしの魔力とはどういう物なのかを、理解させられた。
だが、ナルにとってはどうでも良い事であるため、普通に走り続ける。
やがて授業終了の時間がやってきたため、ナルは走るのを止めた。
ナルが一度もマスカレイドを解除していないのは、この場に居る人間全員が証人である。
「ナルちゃん。魔力量の残りは?」
「万全だな。ぶっちゃけると、全く減ってない。精神的苦痛とか、衝動とか、その辺を抜きにすれば、まだまだ余裕だな」
「「「!?」」」
ナルの言葉に周囲は驚く。
だが同時に改めて理解させられる。
ナルキッソスは自分たちとは次元が違う化け物であるのだと。
そして同時に考えさせられる。
もしも、決闘する事になった場合、このふざけているとしか称しようのない魔力量にどうやって対処すればいいのだと。
「そう言うわけだから……」
「はい、マスカレイド解除ね。キャストオフじゃなくて」
「あ、はい」
そうして悠々とナルはグラウンドを去っていった。
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翌日は水曜日。
ナルは再びグラウンドに姿を現すが、今日姿を現したのはパルクール訓練の為に障害物が設置されている方のグラウンドである。
傍には当然のようにスズの姿もある。
「これ、ルール的に授業時間内にマスカレイドを解除しないと駄目な奴か?」
「先生に確認をしたけど、授業時間終了から5分くらいまでなら猶予時間があるみたい。そう言うわけだから、今日も頑張って一時間走ってね」
「分かった」
ナルは昨日の限界ランニングと同じように限界パルクールへと挑む。
目的も昨日と同様で記録を作るためである。
「ナルキッソス様。私は並走させていただきます」
「分かった」
ただ、昨日と違って、今日はトモエが隣で走っている。
二人には大きな身体能力差は無いらしく、同じような速さとペース、コースで走っている。
それはつまり、ナルの身体制御能力はトモエに並ぶ程度にはあるという事であり、自分にどの程度の動きが可能であるかをしっかりと把握しているという事でもあった。
「ナルキッソス様。体育祭はどの競技に出るかは決めましたか?」
「まだだな。とは言え、俺の長所を生かすとなると、ほぼ決まっているようなものでもあるんだが」
「そうですよね。幾つかナルキッソス様が出たら手が付けられない事になるだろうと予測できる競技があるので……やはりそうなりますか」
二人は走り続け、やがて途中でトモエは魔力量の限界から離脱する。
なお、この時点までで、ナルもトモエも障害物を超える際のミスは一つもなかった。
それはそのまま、二人の集中力や環境把握能力が優れているかを示しているとも言えた。
ちなみに、既に翠川鳴輝と護国巴が決闘の結果に従って婚約したことを知る生徒は多い。
そんな彼らの目から見れば、一緒に走っている間の二人は、仲よく走っているようにしか見えなかったし、事実そうであった。
そんな二人を、スズはどうしてか笑顔で見つめつつ、スマホを操作して何処かと連絡を取っているようだった。
その後、ナルはそのまま授業終了時間まで走り続けて、余裕を持ったままグラウンドの外に出た。
なお余談として、この日の内にスズも限界パルクールの記録を取っている。
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「ダンスは……」
「折角だからやっておこうか、ナル君。疑問も持たれているだろうし」
「そうだな」
さらに日が変わって木曜日。
今日もナルとスズはグラウンドに現れた。
そしてマスカレイドを発動すると、機械の指示に従って踊り始める。
ダンス……と、それだけ言ってしまえば何の意味があるのかと思われそうな競技内容だが、その実は仮面体を繊細かつ正確に、時には速く、時にはゆっくりと、パルクールの時以上の集中力と身体制御能力を要求されるものである。
それを限界まで続けるわけだが……当然、ナルには限界などない。
むしろ機械の指示の方が先に底をついてしまい、ループをさせる必要が出て来てしまうほどだった。
「あ、そうだナルちゃん」
「なんだ?」
と、ここで既に限界まで踊ってリタイアしていたスズがナルへと話しかける。
ナルも、既に次の動きが分かっていて余裕があるため、スズに返事をする。
「『シルクラウド』から返信があったよ。次の火曜日だって。たぶんそこで契約をして、ついでにデータ取りかな」
「なるほど。しかし、データ取りか。ちょっと検査して、じゃないよな」
「それだけじゃないね。うーん、相手が用意しないなら、部外者を除いた状態でイチと模擬決闘かな」
「分かった。まあ、データ取りならそうなるか」
「私とマリーじゃ、取れるデータの方向性がどうしてもね……。秘匿性を考えると、他の人は呼べないし」
こうして話をしている間もナルは差し支えなく踊り続ける。
指先までしっかりと気を張り詰め、視線一つまで制御した踊りを披露する。
それは、以前にナルがダンスの時間で一位を取った事に納得するほかない動きだった。
「結構忙しいことになりそうだな」
「そうだね。体育祭、デバイス、授業としての決闘、やる事が沢山あるね」
「頑張らないとな」
「うん。でも、出来る限りのサポートはするから安心して」
「ありがとうな、スズ。でもスズ自身の事も疎かにしないでくれよ」
「勿論だよ、ナルちゃん」
そうして授業時間終了までナルはミスなく正確に踊り続けたのだった。
この日から、実技に限ってはナルは間違いなくトップ層である事が、シンプルな記録からでも読み取れるようになった。
10/15誤字訂正




