76:戌亥寮一年生・逸般枠の話
「と言うわけでね。体育祭の戌亥寮一年生のまとめ役は基本的に諏訪君と獅子鷲さんがやってくれることになったの」
時刻は夕方、場所は戌亥寮の俺の部屋。
俺は部屋に設置されているパソコンの前でうんうんと唸っている状態だが、そんな俺の背後ではスズ、イチ、マリーの三人が体育祭についての話をしている。
「あの二人ですか。なら大丈夫そうですね」
「ですネ。未来の寮長候補や生徒会役員候補として頑張ってもらいましょウ」
イチとマリーの二人は諏訪さんと獅子鷲さんが担当する事に異論はないらしい。
まあ、俺も話していて人格面に異常とか感じなかったし、成績も問題ないのだろうし、学園側も適性を見て呼んだのだろうから、当然なのかもだが。
「ただね。流石にあの二人に、ナル君と私、それから私が紹介した人たちだけだと、手が回り切らないと思うんだよね。だから、情報収集と説得については、イチとマリーの二人に頼むこともあると思うんだ。その時はよろしくね」
「分かりました。イチに出来る事をさせていただきます」
「SETTOKUですネ。分かりましタ。とりあえズ、決闘の舞台は何時でも準備できるようにしておきましょうカ」
「そうですね。それが良いと思います。立会人にも必要ならなりましょう」
「うん、お願いね。ナル君にこんな雑事を任せるのは無駄でしかないし、あっちの面々に純粋な管理をお願いするとしたら、二人にお願いするしかなさそうだったから」
スズは、イチとマリーの二人に情報収集と説得をお願いするらしい。
情報収集と言うのは、他の寮の誰がどの競技に出るのかを探ると言う話なのだろう。
とは言え、普通の乙判定生徒が何処へ出るかを探っても意味は無いだろうし、甲判定や何かしらの特筆すべき能力を持った生徒に限った話になるんだろうな。
説得と言うのは……マリーの言い方に若干不穏なものを感じたが、要するに他の戌亥寮の生徒に対して、こっちの競技に出てみないかと言う話をするのだろう。
どうにも調べた限りでは、体育祭では一人につき一日一競技しか出られず、けれど全ての競技に各寮から一人ずつは出さないといけないようなので、生徒の参加したい競技に偏りが出てしまった時にはそれを解消する必要があるようなのだ。
で、話の流れから察するに……問題の解消には、決闘を用いることもあるっぽいな。
なんかそんな感じの会話内容になっている。
「まあ、これでとりあえずは次の月曜日のミーティング次第かな。そこで皆が希望を出して、それが出来るだけ叶うように整理すれば、私たちがやるべき事はほぼ終わりじゃないかな」
「そうですネ。そこから先の各競技対策についてハ、個々人で何とかすればいいと思いますヨ」
「アドバイスを求められた時は先生を紹介すればいいでしょうしね」
うーん、俺としては非常に大変な仕事のように感じていたのだが……スズたちにかかれば、こんなにあっさりなのか。
頭の出来の差を感じるな。
「それでナル君。確認終わった?」
「……。まだ途中だな」
スズたちが俺の背中越しにパソコンの画面を覗いてみる。
パソコンの画面に映っているのは、俺宛てに届いた各企業からのスポンサー契約の打診であり、仕事の依頼でもある。
なお、今ここにあるのは学園による第一次選別をクリアした上で、スズたちによる第二次選別をくぐり抜けたものだけである。
それなのに結構な量なので……学園に対しても、スズたちに対しても、お疲れ様と言う他ない。
「一応、良さそうだなと思ったものには印をつけたんだけどな」
「ふむふむ。なるほど」
メッセージの内容は……まあ色々だ。
単純に俺の見た目が素晴らしい事を理解してくれた企業からのCM出演依頼。
ほぼ同上な理由で、服を着てくれないか、化粧品を使ってくれないか、その上で写真を撮らせてくれないかと言うモデルの依頼。
俺に合わせたデバイスを製造させてほしいと言う依頼。
始動は専用デバイス完成後になってしまうが、俺の為のスキル開発をさせてくれないかと言う打診。
決闘で着用する衣服の雛型を作らせてほしいと言う打診。
こんなところだ。
なお、俺の『放送事故』については、そう言うものとして、どこも既に受け入れている模様。
それでいいのか、企業たち……。
で、俺が選んだものはだ。
「ナル君。服のモデルを務める事と、決闘で着る衣装の雛型を作ってもらう事は許可してくれたんだね」
「ああ。この二つは必要な事だと判断させてもらった。魔力で生成した服がキャストオフで破れるのも問題ないと言ってくれているしな」
まず服周りは受け入れることにした。
プロに着飾ってもらい、それを写真で残しておけるどころか世に広めてもらえると言うのは、俺にとっても利益がある事だからな。
まあ、下着姿は流石に出す気はないが。
「スキルの打診も受けるんですね」
「ああ。と言うより、これはむしろこっちから依頼したいくらいだな。でないと今後に差支えがある」
次にスキルの開発についても受け入れる。
これは俺の魔力についてのデータと要望を送れば、向こうで勝手にやってくれるとの事なので、やらない理由がない。
と言うかやらないと、俺はパッシブスキルしか使えない状況が続いてしまう。
「そして問題は何処の企業にデバイスを作ってもらうカ、ですカ」
「ああ。スズたちが選別してくれて、資料もまとめてくれているから、これでも選ぶのはだいぶ楽になっているんだろうけど……最後の一押しが見つからなくてな」
最後にデバイスの製造だが……以前、スズたちが言っていたように、本当に沢山来ていた。
これでもスズたちが怪しい会社や押し売りする気しかない会社を省いてくれたそうなのだが、それでも十数社残っていた。
この中から一つ選べと言うのは……うん、大変だ。
だがやるしかないだろう。
「一応聞いておくが、複数社に作ってもらうのは止めておいた方がいいんだよな?」
「こっちが開発費から出しますってのならありだと思うけど。今回は開発費は企業の方が出していて、ナル君が使う事によって宣伝とする形式だから、複数社に作ってもらったら、事前にそうだと伝えても……揉めるね。間違いなく」
「だよな。俺でも想像がつく」
なにせ、こちとら甲判定を貰っているだけの学生である。
企業に無理を言えるような立場ではない。
「うーん。どうしたものだろうな……」
「ナル君の為に開発するなら、どういうコンセプトで開発するかを聞いてみるくらいなら……出来るかな? 私たちの要望に従いますと言う答えは禁止にしておいて」
「ナルさんがどういう人間かは知られているので、それを先読みされるだけじゃないですか?」
「そうですネ。何処の企業もこのチャンスを逃すとは思えませんのデ、異口同音になるだけだと思いますヨ」
「特典とかは付けられたって困るしなぁ。そんなの付ける暇があるなら質を上げてくれとしか思えないし」
「うーん、その会社が普段出しているデバイスを改めて並べてみよっか。こうなったらナル君の好み優先で」
スズが自分のスマホを弄って、カタログのようなものを見せてくる。
なるほど、俺が候補に残している企業は、普段はこういう物を作っているのか。
スズたちがまとめてくれた資料にも列記されていたが、それぞれの企業のサイトを通してみると、また変わってくるな。
そして、俺は一つの企業に目を留めた。
「……。『シルクラウド』だね。決闘者と言うよりは一般人向けのメーカーで、防犯と防災を意識して普段から着用していられるデザインが特徴的な企業なんだけど……」
「此処なら顔を隠さないデザインのデバイスを作ってくれそうな気がする」
「うん、実にナル君らしい理由だね」
「ですね」
「でハ、連絡を取りましょうカ」
選んだ企業の名は『シルクラウド』。
デバイス製造部門はまだ立ち上げて間もないようだが、品質については保証されているようなので、そちらの問題は無し。
そしてデザインセンスは噛み合う感じがした。
盾やブーツの時と同じように、上手くいくと思えた。
と言うわけで、俺は『シルクラウド』に専用デバイスの開発を依頼する事にしたのだった。




