72:観戦者の考察
「翠川様。その、水園さんって何者なのですか?」
スズのデビュー戦終了後。
どことなく緊張した顔の護国さんが俺に声をかけてくる。
「何者と言われても……俺の幼馴染としか返せないな。それ以上になると個人情報の類だから、俺が勝手に話すわけにはいかないし」
「そう、ですね」
たぶんだが、デビュー戦で見せたスズの決闘が、護国さんにとっては想定外のものだったのだろう。
だから、少しでも情報を集めるべく俺に尋ねて来たのだろう。
だが、護国さんとスズなら、俺はスズの味方をする。
なので、スズの情報を話すことは出来ない。
とは言えだ。
「ん~、萌が把握している範囲だと~、水園さんは~そこまで魔力量に恵まれたタイプじゃないね~中学三年生時点で500程度~。乙判定組の中でも少なめなはず~。スキルも特別なものを使えるとは聞こえてないし~つまり~今の決闘では仮面体の機能を活用したことになるね~」
「そうですか」
「……」
「なるほど」
「良く調べていますネ」
「今年の甲判定女子組だと~萌が一番~情報は集められるからね~」
護国さんに味方する人間の中に情報収集能力を持っていない人間が一人も居ないなんてのはあり得ない。
現に、羊歌さんはスズについて結構な量の情報を集めているようだ。
しかし、これ以上の情報を得ている可能性は無いだろう。
「ま~。だからと言って~水園さんの仮面体が~具体的に何が出来るかは~分からないけどね~」
「当然です。イチがしっかりと防諜していましたから」
「マリーたちも話していませんしネ」
「……」
イチとマリーは、今後の防諜活動の布石なのか、敢えてドヤ顔をしている。
が、スズの仮面体の能力の情報が無いのは、二人がきっちりと守っているからではない。
イチもマリーも俺も、スズの仮面体の機能が調合とでも称すべきものなのは知っていても、調合の結果としてどのような現象を引き起こせるかを、一部しか知らないのだ。
もっと言えば、スズ自身、傾向は分かっていても、未だに調合の組み合わせの詳細は把握しきっていない事だろう。
それほどまでにスズの仮面体の機能である調合は奥が深い。
「爆発、強化、煙幕……」
ではスズは先ほどの決闘で何をやったのか。
俺はごく自然にそれを考え始めていた。
最初の爆発は……まあ、置いておいていい。
ただの爆発だった。
次に服用した薬はたぶん強化。
スウィードの攻撃に見てから反応している点と、その後の反撃の威力が変わらなかった点から考えて、反応速度とでも言うべきものを強化しているのだと思う。
で、最後の煙幕は……ただの煙幕ではないと思う。
ただの煙幕なら、スズはスキルを使って自分の身を守る必要はなかったはずだ。
だが最初から特殊な煙だったのなら、スウィードの反応もまた別だったと思う。
しかし、煙の中で次の調合を行ったり、スウィードに何か薬品を浴びせに行くのは難しい。
スウィードの反応も合わせて考えると……既に展開されていた煙の性質が途中で変化したか?
無害なものから、熱と腐食性を伴うような物へと。
「俺に対応できるか?」
もしも俺の想定通りの煙であったのなら、相当凶悪な代物だ。
逃げ場はなく、それどころか呼吸を介して自分から懐に入れてしまったものが攻撃に変化する。
体の内側から破壊されたのなら、俺であっても相当量の魔力を消費する事になるはず。
術者であるスズを探し出して倒そうにも、視界を潰された空間で物音を立てないようにしているスズを見つけ出すことは難しい。
舞台の全域……少なくとも四半分くらいは一度に捉えられるような攻撃手段が無ければ、捉える事は厳しいだろう。
だが、俺にそんな手段は存在しない。
うーん、もしかしなくても護国さんや縁紅、その他甲判定組の面々よりも、対スズの方がよほど相性が悪い気がしてきたな。
しかも、煙幕への対処法があっても、スズの調合なら別の攻撃手段を生成してくるだけな気がするし。
ワンチャンスどころではなく負ける可能性があるように思えるな。
「……。護国さんはスズに対処できると思うか?」
「……。幾つか方法は思いつきます。ただ、水園さんが初手を行えた時点で、“絶対”に対処できる方法はありません。よって、速攻策が最も安定はするでしょう」
「ただ、その速攻すらも、安定するとは限らない、と」
「相手が速攻を仕掛けてくると分かっているのなら、そのための策を予め組んでおけばいいだけ。水園さんにそれが出来ないとは思えませんので」
つまり、俺の盾を撃ち破れるだけの手段を持つ護国さんでも、必勝にはならない、と。
俺が言うのもなんだが、スズ、強すぎないか?
この分だと、今年の甲判定組の誰に対しても、スズはワンチャンスを持っているように思えてくるな。
「ふうむ」
「身内でも戦う事になったらどうするかを考えてしまウ。決闘者あるあるですネ」
「そうですね。悪い事ではありませんが。あ、ナルさん。待っていればスズさんはこちらに来るはずなので、寮に戻るのはその後で」
「分かった」
俺はスズが帰ってくるまでの間。
自分ならどう戦うかを考えずにはいられなかった。
■■■■■
「ふう。デビュー戦はどうにか勝利、と」
一方その頃。
マスカレイドを解除したスズは控室に着くと、そこで一息吐いていた。
そこへイチからメッセージが送られてくる。
内容は、護国たちがやってきたことと、ナルがスズと戦う場合にどうすればいいか考えている事、の二つ。
「……。ふふふ、そっかぁ、ナル君ってば私の事を考えてくれているんだぁ」
そのメッセージの内容にスズは破顔し、体を揺する。
「ふふふ。ナル君が決闘者として成長していて嬉しいな。そうだよね。護国さんにでも勝てちゃうナル君でも、私の熱酸毒煙を見たら警戒しない訳にはいかないよね。だってナル君てば、ああ見えて真面目さんなんだから」
部屋の中に誰も居ない事をいい事に、スズは呟く。
「と。いけないいけない。えーと、この様子だと護国さんも私の事を警戒に値する実力を持った決闘者だって認めてくれたっぽいかな。うん、そうでないと、ナル君の正妻の座を譲ってあげるだけの価値なんてないから、これくらいは当然だよね」
スズはスマホを弄って、今後の日程を確認していく。
「ナル君は嫌がっているけど護国家の力は確か。きちんと制御できる人間は必要だけれど、後ろ盾となって、有象無象がナル君に関われないようにするのには十分。護国さん自身も良い悪いでは言えば良いの側。ナル君が甲判定だと分かった時点で、私だけでナル君を独占する事は不可能。だからと選んだルートだけれど、今のところは良い感じかな。この分なら……卒業までには完全に固められるはず」
スズの指が素早く動いては止まるを繰り返す。
「本当は……本当は独占してしまいたいんだけどなぁ……私だけのナル君にしてしまいたいんだけどなぁ……」
『そう思うのなら、そうしてしまえばいいのに』
「無理。現実的じゃない。仮に上手くいってもナル君に愛想を尽かされるだけ。そんな手段は、馬鹿馬鹿し過ぎて、考慮にも値しないよ。まったく、私の思い付きのように囁かないで。ああでも……」
『……』
スズの指が止まる。
そして、何かが囁いたように思える方向へと顔を向けて呟く。
「そうだね。一度だけ、一時的にでも、ナル君の思考を私の為だけに全て使ってもらうのは悪くないかも。合法的に、健全に、誰にも迷惑をかける事も無く……むしろ、みんなから褒めてもらえる形で、そう言う状況にこの舞台になら持っていける。ふふ、ふふふ、ふふふふふ。うん、うん、そうだね。私がミスをしない前提にはなるけれど、その状況に持っていくだけなら九割九分九厘上手くいく。後は舞台上で私がどれだけナル君と踊る事が出来るかだけど、ふふふふふ……楽しみだなぁ。ナル君待っていて。次の大舞台では、私とナル君を主演に出来るはずだから。きっとその舞台でナル君は……私の事だけを考えて、乗り越えてくれるはずだから。ふふふふふ……待っててね! ナル君!!」
スズのスマホには、決闘学園で行われる体育祭の日程が表示されていた。
怖いことに企んでいる事は完全に健全だし完全に合法なんですよ。




