71:乙判定のデビュー戦 スズ
『それでは準備が整いましたので、次の決闘へと参りましょう。東より、スズ・ミカガミ! 西より、スウィード!』
スズと男子生徒が舞台の上へと移動する。
どちらの動きにも、淀みや緊張、油断の類は見られない。
『3……2……1……決闘開始!!』
「マスカレイド発動。映して、スズ・ミカガミ」
「マスカレイド発動。覆え。スウィード」
決闘開始の合図とともに二人はマスカレイドを発動する。
スズの眼前に薄い円盤状の水が出現し、それが通り過ぎた場所からスズの体は仮面体のそれへと変わっていく。
つまり、顔には般若の面が現れて角を伸ばす。
体を守るは白と赤が眩い巫女衣装。
そして手には、揺れる度に何かがぶつかり合う不審な音が内部から響くボストンバッグの持ち手が握られている。
こうして、不穏な気配を漂わせる般若巫女が姿を現した。
対するスウィードは、デバイスから大量に帯状の物体を出現させる。
革、布、綿、金属、様々な材料で作られた無数の帯はスウィードの全身を覆い、暖簾のようにその先を下げ、その内に居るスウィードの手足が何処にどうあるかを分からなくする。
そして、かろうじて人であると分かるシルエットだけ残した塊の内側から現れたのはトライデントとも称されるような三又の槍。
かくして、槍以外は何処を向いているかも定かではない正体不明が姿を現した。
「時間を与える気は……ない!」
先手を取ったのはスウィード。
帯同士がぶつかり合う事で派手な音をかき鳴らしつつも、他の仮面体と変わらない速さでスズに向かって駆けていく。
そして、明らかに帯によって邪魔されるはずなのに、何にも邪魔されていないように、槍が横薙ぎに振るわれる。
その刃先は当然ながら、スズへと向けられている。
「だろうね。『クイックステップ』」
スズは『クイックステップ』を発動。
向上した身体能力による一歩によって、スウィードの槍を回避しつつ、大きく距離を取る。
そうして距離を取りつつ、スズはボストンバッグの中身を確認すると、その中から二つのフラスコを掴み取ると、素早くスウィードへと投げつける。
「!?」
発生したのは爆発。
舞台上だけでなく、会場全体へと爆音が響き、音の大きさに見合うだけの紅蓮の華がスウィードの直ぐ近くで花開く。
「熱量がイマイチ。ハズレかな」
自らの行動の結果を見届けたスズは直ぐに次の行動に移る。
ボストンバッグから取り出すのは試験管と幾つかの錠剤。
試験管の中の液体へ錠剤を投入し、素早く振り溶かして、中身を般若面の口へと運び、飲み干す。
「見た目ほど熱くはないが……俺じゃなかったら危なかったんだろうな」
その間にスウィードが爆炎の中から現れる。
幾つかの帯が焼け焦げているが、その動きに淀みは無く、ダメージを受けている様子は見られない。
「薬を飲んだ……状況から考えてバフの類だと考えるべきか。ならば」
スウィードが再びスズへと向かっていく。
スウィードの仮面体は体から提げられる大量の帯によって防御力を確保すると共に、自分の顔や四肢の動きを掴ませないようになっている。
槍の穂先まで隠してしまえば、何処を見ているかも、何処から攻撃が出てくるかも分からないだろう。
そして、本来ならば自分の動きも阻害してしまうはずのそれを、無視する事が出来てしまう、と言うのが、スウィードの仮面体の機能である。
スウィードはそんな自分の仮面体の機能を生かすように、槍の穂先を隠しつつ、スズへと駆け寄っていく。
そうして、十分に距離が詰まったところで、スズの視点から見れば、何時何処からどのように振るわれるかも分からない槍の穂先が飛び出す。
普段のスズの反応速度ならば決して間に合わないはずの速さで突き出されたそれを……。
「当たらないよ」
「避けるか!?」
スズは難なく避ける。
それどころか、すれ違いざまに蹴りを放ち、攻撃を仕掛ける。
とは言え、その攻撃は軽く、スウィードには全くダメージを与えられていない。
だからスズは直ぐに距離を取り、スウィードは反撃として槍を振るうが空振った。
「ふうん。その帯の下、きちんと体があるんだね」
「それはそうだろう。帯そのものが体だと思っていたのか?」
しかし、そんな軽い攻撃でもスズにとっては十分だった。
大量の帯の内側に、槍を振るうきちんとした人体がある、肩が微かに動く程度には呼吸をしている、帯は物理攻撃には強いが気密性が高いわけではない。
スズは既に情報を得ていた。
だから、得た情報を基にスズは動き出し、ボストンバッグから幾つかの物体を取り出す。
「そう言う仮面体も世の中にはあるって私は知っているんだよね。そう言うのだったら、こっちが切るべき手札も変わってくるから、警戒は必要なんだよ」
スズの仮面体の機能は一言で言えば調合。
ボストンバッグの中身として生成された物体を混ぜ合わせる事で、様々な現象を引き起こすことが出来る能力である。
そして今、スズは赤、黒、緑、三つの液体を自身の足元へと流し、自然と混ぜるのに任せて混ぜ合わせ、幾つかのカプセルをそうして混ざっていく液体へと落とす。
すると大量の煙が発生していき、舞台の上を覆い尽くしていく。
「これは……」
「苦しみたくないなら、早めの降参をおススメするよ。『エアシェルター』」
スキル『エアシェルター』によって、スズの周囲に空気の膜が展開され、スズの周囲には煙は入ってこない。
しかし、それ以外の場所は何処も煙に覆われていき、1メートル先も見通せないような煙によって、舞台の外からは何も見えなくなっていく。
「「「~~~~~……」」」
この光景に観客たちは困惑する。
様々な人々に自らの力を示すのがデビュー戦であるにも関わらず、その姿が見えなくなってしまったのだから。
「ーーーーー!?」
そして絶叫が響いた。
スズのものでは無く、スウィードのものだ。
その叫びは痛みと熱さを訴えるものであった。
「「「……」」」
「ーーーーー……」
叫びはしばらく続いた。
けれど、直に叫びは小さくなっていき……やがて途絶えた。
「よし。私の勝ち」
やがて急に煙は晴れる。
見通しが良くなった舞台の上に立っていたのは、空のフラスコを持ったスズ一人だけ。
それはどちらが勝者であるかを如実に示すものだった。
『しょ、勝者……スズ・ミカガミ!』
「勝ったよ、ナル君ー!」
そうしてスズは堂々と舞台を去っていった。




