7:スズのマスカレイド
「ナル君。こっちこっち」
「分かってるって」
俺が取り調べを受けている間に、甲判定者組のマスカレイドお披露目は無事に、何事もなく、まるで最初から九人だったかのように、終わったらしい。
どのような仮面体だったのかは後で自分で調べてとスズに言われたので、ざっと調べたが……遠くから撮った写真を見る限りでは、九人とも立派と言えるような姿だったようだ。
うんまあ、これでいいんじゃないか?
やった本人が言うなと言われそうだが、マトモな仮面体九人が並んでいる横で、ドヤ顔仁王立ちしている裸の女とか、放送事故でしかないし。
「ふう、無事に着いたね」
「ちゃんと時間前だね。お疲れ様。スズ」
「トラブルなく連れ出す事が出来ましたカ? スズー」
さて、乙判定者たちの初マスカレイドだが、どうやら小さな会場で、教職員一名と新入生一名、それから新入生が一緒に居てもいいと認めた人間だけを入れる形で行うらしい。
よほど期待されている個人でもなければ、公共のカメラが入る事も無く、記録装置は教職員が持つ撮影用の小型カメラ一つだけのようだ。
そして、黒髪の少女と金髪の少女はスズと同じ会場で初マスカレイドをやるらしく、会場の前でスズと俺の事を待っていてくれたようだ。
「うん、何とか。あ、二人ともナル君にはまだ名乗ってなかったよね。と言うわけで、折角だからどうぞ」
「そうですね。では改めまして、自己紹介させていただきます。イチは天石市と言います。奇妙な縁ではあり、どの程度の付き合いになるかは分かりませんが、これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします、天石さん。知っているとは思うけど、翠川鳴輝、スズの幼馴染だ」
まず名乗ってくれたのは黒髪の少女、天石市さん。
黒い髪は普通だが、虹彩は色々な人の目を惹きつけそうなくらいに真っ赤だ。
天石さんは礼儀正しくお辞儀をしてくれたので、俺も礼儀正しく返す。
「マリーはマリー・ゴールドケインと言いまス。日本人とアメリカ人のハーフですネ。中学からこちらだったのデ、文化や生活は大丈夫ですけド、言葉のイントネーションは少しおかしい感じですネ。聞き取りづらかったならゴメンナサイ」
「いや、問題なく聞き取れるから大丈夫だよ、ゴールドケインさん」
続けて名乗ってくれたのは金髪の少女、マリー・ゴールドケインさん。
俺はゴールドケインさんが右手を差し出してきたので、それに応じる形で握手をする。
それにしても、今の諸国情勢的に、乙判定を貰えるだけの魔力持ちが国外に出れると言うのは、日本とアメリカの関係性を考えてもなお珍しい気がするけれど……そこはまあ、本人が話したいならにしておくか。
きっと繊細な部分だ。
「あ、そこはマリー呼びでいいですヨ。そして折角ならイチも名前で呼んであげてくださイ」
「えっと?」
「折角なので呼び捨てでお願いします。そうしたら、イチも翠川さんの事を今後はナルさんとお呼びしますので」
「マリーもナルと呼びますヨ。こんな可愛い子に名前呼びしてもらえるなんてお得ですネ」
「えーっと?」
と、ここでゴールドケインさんが思わぬ提案をしてきたので、俺は思わずスズの方をそっと見てみる。
スズの反応は……。
「うん、私からもお願いしたいかな、ナル君。二人の事は名前で呼んであげて」
笑顔だ。
そして、何も問題がないと本心から言っている。
こういう場面だと、妙なプレッシャーをかけてくるのがいつものスズなのだが……二人とは既に話し合いが済んでいるとか、そう言う事なのだろうか?
いや、話し合いってなんのだよと思うのだが、でも、そうとしか思えない状況だ。
「えーと、うんまあ、スズが問題ないならいいか。それじゃあ、これからよろしく、マリー、イチ」
「はイ。よろしくでス」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
まあ、問題がないなら、それに越したことは無い。
と言うわけで、俺はマリーとイチの二人と順番に握手を交わす。
「それでこの後は……俺はスズのマスカレイドを見に行くって事でいいんだよな?」
「うん、そうなるね。で、その後は私と一緒に寮、SNS、授業と言ったものの説明を受けることになるのかな。本当は他の甲判定の人たちと一緒に受けるはずだったんだろうけど、ナル君が取り調べから解放された時点で、もう甲判定の人たちはそれを終えてたから」
「なるほど。なるほど?」
さて、この後についてだが……どうしてスズが色々と詳しくて、学園側も便宜を図ってくれたような状態になっているのだろうか?
教えてもらう側の俺としては色々とありがたい事ではあるけれど、少しだけ不安も感じるな。
こう、何か裏があるんじゃないか的な意味で。
「スズの言っている事に嘘はないので安心してくださイ」
「はい。イチも保証します」
「そうか。そうならいいんだが」
とりあえずマリー、イチの二人は既にスズの何かには触れたらしい。
アイコンタクトだけで、俺が気になっている部分を教えてくれた。
大丈夫なら……まあいいか。
「じゃ、この後も分かったところで会場に行こうか」
「あ、ああ」
と言うわけで会場前の受付に移動。
イチは一人だけで、マリーは母親と思しき女性と共に会場の中へと入って、暫くすると出てくる。
そしてスズの番がやって来ると、俺を引き連れながらスズは会場の中へと入る。
「水園涼美さんですね。ではこちらのフードとデバイスをどうぞ」
「はい」
「観覧者の方はこちらへ。決して線の外側に出ないようにお願いします」
「分かりました」
俺の時と同じように、教職員の指示に従って、スズはフードとデバイスを着用する。
「では始めてください」
「はい。マスカレイド……発動!」
スズがデバイスを起動すると同時に銀色の光が発せられ、視界が奪われる。
そして、光が止んだ後に立っていたのは?
「発動……出来ましたか?」
顔には立派な二本の角を持った般若の面。
身に着けているのは、立派な巫女衣装。
手にしているのは中に何かが入っているらしい、両手で持つような大きさのバッグ。
髪の色に変化はなく銀色のままで、声音もスズのままだ。
だが……そう、なんとなくだが、プレッシャーのようなものを感じる。
それも炎のような熱を帯びた上に、泥のように粘りつく、そんなプレッシャーを。
「ええ、発動できています」
「そうですか、良かったです」
だが教職員の方がそのプレッシャーをものともしていないのか、あるいは感じていないのか、何事もない様子でスズへと話しかける。
「ナル君。どうかな、可愛い?」
スズが俺の方へとしっかりと向き、尋ねてくる。
プレッシャーは……明らかに増しているな。
だが、仮面が般若である事も含めて、間違っても可愛いとは言えない姿をしている。
そして、嘘を吐けばろくでもない事になる気配もしている。
「可愛いと言うよりはカッコイイ。あるいは威圧感がある。と言う感じだな。なんか、ビリビリとしたものが来てる」
「カッコイイ、カッコイイかぁ……うーん。調整をする必要がありそうかな」
だから嘘は吐かず、けれど言葉は選んで返す。
そんな俺の答えにスズは悩むような姿を見せているが……とりあえずこの場はどうにかなったな。
「水園さん。それではマスカレイドを解除してください」
「はい、分かりました」
スズは教職員の言葉に素直に従ってマスカレイドを解除する。
と同時に、俺が感じていたプレッシャーも薄れて消える。
しかし、あのプレッシャーはいったい何だったのだろうか。
放出されている魔力とか、そう言う話なのだろうか。
「それではこちらをどうぞ。こちらは学校生活の案内となりますので、これを持った上で指定の寮へと行ってください」
「分かりました。行こう、ナル君」
「あ、ああ。分かった」
こうして、少なくとも表向きには、何事もなくスズの初めてのマスカレイドは終わった。
そして、俺とスズはイチとマリーと合流すると、次の目的地である寮……戌亥寮とやらに向かう事になった。
今回は本変身ではないので、バンクはまだございません。