69:デビュー戦を終えて
『しょ、勝者! ナルキッソス!!』
「ふぅ。何とかなったな」
俺の勝利がコールされたが、会場はどよめいたままで歓声は上がらない。
うーん、護国さんが勝つと思っていた人の方が多くて、それが覆されたからだろうか?
まあいい、俺はやるべき事をやったまでだ。
「服を出してっと」
俺は魔力を体の表面から出して、それを制服に変換、着用する。
すると発動条件を満たさなくなったので、スキル『P・Un白光』は停止して、消え去る。
「もう、戻っても?」
俺は司会の先輩に問いかけて、頷いたのを確認すると、笑顔を浮かべ手を振りながら舞台を後にした。
そして通路を移動して行き、自分専用の控室として準備された部屋にまで戻ったところで、一息つく。
「……」
で、それから直ぐに自分の残存魔力量を確認する。
量的には……残り四割のラインは確実に切っている。
俺の魔力量は公には3000オーバーとしか言われないが、正確には3600にその日の調子や成長分で少々プラスした程度になる。
それが残り四割となると……。
「純粋な魔力消費量だけを考えれば、護国さんよりも俺の方が消費している疑いがあるな。となると、今日勝てたのは戦略がハマった面もあるが、それ以上に俺の魔力量が多かったから、か」
まあ、そう言う話になってしまう。
はっきり言ってこれは良くない事だ。
それはつまり、戦術や技量の面では俺は護国さんに大きく負けていたことに他ならないのだから。
俺の魔力性質や自然回復分による優位性まで合わせて考えればなおの事だろう。
「うーん、スキルについてはデバイスと合わせてスポンサーがついてからどうにかするしかないのだろうけど、盾の扱い方とか基本的な体術とか、そう言うものについても真剣に学ばないとな……このままだと次は確実に負ける」
けれど磨くべき点がはっきりと見えたのはいい事だ。
闇雲にあれやこれやと手を出すよりは遥かにいい。
明日からはまずスズたちのデビュー戦を見に行かなければいけないが、それが終わり次第、そっち方面を磨いていこう。
「と、メッセージか」
と、ここでマスッター経由でのメッセージが届いた。
差出人は……スズ、イチ、マリーの三人だな。
で、内容はっと……。
『ナル君。デビュー戦勝利おめでとう! とってもカッコよかったし、美しかったよ! ただね、最後のあれはちょっとどうかと思うの。だから後で反省会をしようね』
『ナルさん。デビュー戦勝利おめでとうございます。見事な戦いぶりでした。しかし、最後の胸に押し付けて窒息させると言うのは、少々どうかと思います』
『ナル! コングラッチュレーション!! デビュー戦勝利おめでとうです! けれど、最後のあれはその……色々とぶち壊しでしたよ。詳しい話はスズが話してくれると思います』
「……。あれぇ?」
三人とも祝ってくれている。
けれど同時に、三人揃って決め手については批判的だ。
あれぇ? あの場面において、最速で確実に護国さんを仕留める手段として俺は相手の顔を胸に押し付けると言う手段を取っただけなんだけど……。
何故こんなに呆れられていると言うか、駄目だしされているのだろうか?
いやでも、俺の技量で締め技や組み技なんてやったところで、きちんと絞められないし、護国さんなら絶対に対処できたはずなんだから、俺の選択は間違ってないはず。
うん、問題ないはずだ。
よし、この方向性で、反省会には臨もう。
「えーと、デビュー戦出場者は……観客たちが去ってから帰るようにか。じゃあ、此処でしばらく時間を潰すしかないな」
俺は控室の扉に鍵をかけると、帰れるようになるまで時間を潰すことにした。
■■■■■
「色んな意味で顔から火が吹き出そうな思いです……」
同時刻。
護国巴は自身の控室で横になりつつ、両手で顔を抑えていた。
「婚約~おめでと~」
「はい……」
そんな護国の周囲には、羊歌たち、今年の甲判定女子組が揃っていた。
「あー、うん。見事に音声取られているし、攻撃も止められているもんな。これ。完璧に成立してるわ」
「まあ、なんか裏でそう言う内容での決闘もやっていたって言うし、負けたことに変わりは無いし、口走ったところで大差はないんじゃない?」
「ううう……」
だが護国は立ち上がれない。
マスカレイドの影響で決闘中に思わず口走ってしまった事、その直後に攻撃を防がれて見惚れてしまった事、そんな乙女の情緒を台無しにした上で辱めともとれるような手段で以って倒された事、デビュー戦の裏で成立していた決闘のアレコレ、様々な要素が重なった事によって、護国の心中は正に天変地異のような惨状と化していた。
「それで~どうするの~? 婚約~という事は~その気になれば破棄とかも出来るよね~目指すなら協力するよ~。狙いどころは~半年ぐらい先になっちゃうけど~」
「い、今は落ち着いてものを考えられないので……少し待っていてください。羊歌さん……」
「そっか~。まあ~落とされるにしても~翠川君ならありだよね~」
「おと……ーーーーー!?」
余談だが。
護国巴のこれまでの人生は、護国家の令嬢として相応しいものになれるようにと、勉強と鍛錬の日々であり、その傍らで両親たちの一般的には爛れた性関係を見させられていると言うものである。
結果、国を護るために必要な事であると理解しつつも、両親たちとは違う清純で真摯な付き合いを求めると共に、相手にも相応の能力を求める節が出来ていた。
では、そんな護国の思いにナルが相応しいかと問われれば……。
(翠川さんとの婚約……翠川さんは顔や体つきはすごく良くて……決闘では私を圧倒して見せて……私の為に怒ってくれて……水園さんたちとの付き合いもあるけれど節度は守っていて……もしも、もしも水園さんのように翠川さんの隣に並ぶ事が出来たら……ーーーーー!?)
少なくとも、護国巴自身はナルの事を悪く思っていなかった。
決闘で勝利するために、そのためにまだ三代目と言えども血を重ねて来た護国家の女として、ある意味では必然とも言える思いを抱かずにはいられなかったようである。
「これは……当分は戻ってこれなさそうだな」
「そうだね。あ、ボクの決闘の反省会を続けても?」
「いいよ~萌にアドバイスできる範囲でしてあげる~」
「ーーーーー!?」
結果。
護国の復帰には小一時間ほどかかるのだった。
なお、護国のスマホにはスズからのメッセージが届いていた。
『婚約おめでとうございます。巴さんが協力者になるのか、ライバルになるのかは分かりませんが、ナル君に惚れたもの同士、仲良くはしましょうね。つきましては、まずは私の仮面体を知ってもらうためにも、私のデビュー戦を見に来てもらえると嬉しいです。水園より。
追伸、次からはあんな事が無いようにナル君はしっかりと反省させておきます』
この日、ナルの就寝時間は珍しく日付が変わった後になった。




