67:それぞれのデビュー戦 ナルVSトモエ-後編
本日は三話更新になっています。
こちらは三話目です。
「行くぞオラァ!」
ナルが全速力に近い速さで駆け寄る事で、両者の距離はあっという間に詰まっていく。
「『エンチャントフレイム』、『バーティカル……っ!?」
対するトモエは先ほどナルの盾を破った時と同じように、『エンチャントフレイム』によって薙刀に炎を纏った上で、『バーティカルダウン』を放つ体勢へと入り……。
「スズから聞いたことがある。動作完全固定である代わりに威力が極めて高いスキルがあるってな。それがそうなんだろう? じゃあシンプルだ。その完全固定された動作では届かない位置へ行けばいい」
気づく。
今から軌道を修正したのでは、『バーティカルダウン』を当てる事が叶わない位置にナルが居ることに。
トモエに出来る事はスキルの発動そのものをキャンセルした上で、別の手段による反撃を行う事だった。
「このっ……!」
「そして、俺にとって怖いのは、その薙刀だけだ」
だが、その別の攻撃手段……裏拳による殴打はナルの肩を打ったが、ナルは小揺るぎもせず、それどころかトモエに返ってきたのは、まるで巨大な樹に攻撃を仕掛けたような感覚。
そして、次の瞬間には返礼と言わんばかりにナルの左手がトモエの脇腹を捉え、更には殴りつける瞬間に盾を出現させると言う小技で以って硬い縁の部分が叩き込まれて、吹き飛ばされる。
「ガンガン行くぞ!!」
「くっ!?」
吹き飛んだトモエをナルが追いかけて、追撃を仕掛ける。
その攻撃手段は素手での殴打。
余裕があれば盾によって攻撃を仕掛けてくることもあるが、基本的にはそのままで殴ってくる。
威力はナルの側が素手で、トモエの側が当世具足を身に付けているために大したものでは無いが、一発一発が弱くても、トモエの体には着実にダメージが積み重なっていた。
対するトモエもナルへの反撃を試みる。
その攻撃手段は炎を纏った薙刀を主体にしつつも、拳での殴打、蹴りやタックルによるものなど、多種多様だ。
だが通じない。
炎を纏っただけの薙刀では、ナルの盾によって防がれてしまう。
ただの体術では、ナルは気にもせず、牽制にもならない。
そして『バーティカルダウン』を仕掛けようとすれば……スキルを発動しようとした瞬間にはもう攻撃が届かない位置に居る。
「攻撃が……効いてない!」
「別に効いてない訳じゃない。治ってるだけだ!」
至近距離での切り合い、殴り合い、そうであるのに、傷が積み重なっていくのは一方だけと言う奇妙な状況が出来上がっていた。
トモエの甲冑には少しずつ汚れや凹みが出来ていて、動きも僅かながらに鈍っている。
対するナルも盾は傷つき、肌や制服も時折は切り裂かれているのだが、何秒も経たない内に元通りになっている。
もちろんこれは見た目の話であり、マスカレイドを維持するのに魔力の消費が欠かせない以上、実際の有利不利は残っている魔力の量で判断するべきなのだろう。
だが、そこで判断するならば、待っているのは更なる絶望である。
現時点でナルとトモエの決闘が始まってから数分が経っていて、既に魔力量乙判定の人間ならば棒立ちでも魔力が尽きているぐらいには時間が過ぎている。
その間ずっと激しく動き回り、スキルの使用もしていたトモエの魔力量は既に全快時から見て半分以下。
だがナルは……未だに全快時から見て七割以上は優に残しており、おまけにトモエが少しでも攻めあぐねれば、回復していくと言う状態にあった。
トモエはそれを正確に理解していたわけではない。
けれど、何かしら方法で大ダメージを、出来れば一撃で倒せるような攻撃を当て無ければ、自身に勝ち目が無いことは悟っていた。
だから、賭けに出ることにした。
「ナルキッソス!」
薙刀の炎が再び消えると共に、トモエは距離を取り、ナルの仮面体の名前を呼ぶ。
「私の夫になる気があるのであれば……正面から受け止めてみなさい! 『エンチャントフレイム』!」
卑怯と罵られようともなんて考えはトモエの心中には無かった。
勝てる可能性が他にないと言う思いはあった。
後には引けないと覚悟を決めるためのものではあった。
そして……心の何処かで、ナルならば、これを真正面から受け止めてみせてくれるのではないか、そんな期待があった。
「そこまで言われたら、退くわけにはいかないな。来いよ、受け止めてやる」
マスカレイドに対して心理学方面からのアプローチは様々である。
ただ、とある学説として、マスカレイド発動中は超自我よりもエゴが優先されるのではないか、と言うものがある。
そうであるが故に、マスカレイド発動中は時に勝利よりも別の何かを優先してしまうのではないか、と言う話だ。
それが真実であるかは分からないが、今のナルとトモエの状況は正にそれであった。
このまま戦いが続けばナルが勝つことは必定。
だが、トモエはナルに自分の攻撃を受け止める事を要求し、ナルはそれに応じることにした。
不合理であれど、決闘の勝敗以上に譲れない何か……決闘までにあったやり取りも影響した、何かであった。
「何時でも来い。トモエ」
ナルの盾に目に見えるほどの魔力が注ぎ込まれ、その密度を増していく。
「では、遠慮なく」
トモエの薙刀にも、残された魔力の大半が注ぎ込まれていき、纏う炎の勢いは俄かに増していく。
「「「……」」」
観客たちは思いもよらぬ状況に、ざわめき一つ上げることなく、固唾を飲んでいる。
「『バーティカルダウン』!」
トモエは舞台の上を駆け、ナルに向かって全力で薙刀を振り下ろす。
それは『バーティカルダウン』による動作固定だけでなく、トモエ自身の裂帛の気合も込められた一撃。
直撃したならば、現役プロの決闘者でも大抵のものは耐えられないであろう、渾身の一撃だった。
「!」
「!?」
だがそれを、それほどの一撃をナルの盾は止めていた。
半ばまで斬られてはいても、その刃はナルの体にまでは届いていなかった。
熱によって溶かされた盾の魔力が、まるで粘液のようにトモエの薙刀の刃を包み込み、その動きを鈍らせ、終いには止めてしまったのだ。
「ふんっ!」
「っ!?」
そしてナルは盾を投げるような動作で以って動かすことで、トモエの薙刀をその手から奪い取り、遠くまで飛ばす。
飛んだ先で直ぐにナルの盾は消え去ったため、トモエが薙刀を拾ってまだ戦うことは出来るだろう。
しかし、渾身の一撃を止められたことでトモエは既に半ば戦意喪失状態となっていて、直ぐに動く事が出来なかった。
もしもこの時、トモエがすぐに降参を申し出ていれば、この後の悲劇は起こらなかった事だろう。
だがそれはもしもの話だ。
決闘はまだ続いていた。
ナルはそれを理解していて、確実に……薙刀を取らせず、スキルも使わせず、反撃も出来るだけ受けずにトモエを倒すためにはどうすればいいかを考え、思いついた。
そして、思いついたそれを……。
「わた……」
「うん、こうだな」
「むぐぅ!?」
トモエの頭を掴み、自身の仮面体が持つ豊満にして柔らかな胸へと口と鼻が埋まるように押し当てて、窒息させると言う手段を実行した。
「くぁwせdrftgyふじこlp!?」
「暴れたければ好きなだけ暴れろ。放さないけどな」
ナルの身長は185cmで、トモエの身長は160cm。
どちらも人型であるため、筋力差は体格と残された魔力量の差がほぼ適用されると言ってもよく、そのどちらもナルの方が上であった。
おまけにトモエの体が舞台の床へ着く事が反撃の起点となる事を危惧したのだろう。
ナルは立ち上がり、もう片方の手でトモエの足を掴んで、ナルの体以外に掴むものが無い状態にしていた。
「服が邪魔。キャストオフ!」
「ーーーーー#$%&+*}{<>¥=!?」
少しでも呼吸できる隙間を減らそうと、ナルの服がナル自身の意思に依って弾け飛び、見えてはならないところが『P・Un白光』によって生じた光によって隠される。
トモエは必死に暴れていた。
直前まで抱いていた感傷など完全に消え失せて、全力で暴れていた。
シンプルに息が出来なくて辛いと言うのもあったが、それ以上に理解不能な辱めに自分が巻き込まれている事が直感的に理解できてしまったからである。
「……」
「お、そろそろか」
だが悲しいかな。
万全の状態ならばまだしも、既に精魂尽き果てていたトモエと、未だに生き生きと……否、下手をすれば、服を脱いだことによって決闘が始まった当初よりも、元気になっているナルでは、どうしようもないほどに差が生じていた。
「……」
「よし、勝ったな」
結果。
窒息状態を補うべくトモエの残った魔力はあっという間に吸い出され、マスカレイドを維持できなくなり、仮面体の解除と同時に舞台の上から安全な場所まで転移させられたのだった。
ナルキッソスの勝利である。
なお、おっぱい固めによって窒息させられると言う、あまりの惨状に観客の誰も声の一つも上げられなかったのは言うまでもない。
プロット通りだな、ヨシッ!
08/18誤字訂正




